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幽霊少女と憑かれた僕  作者: 如月海月
終わる、生活
21/24

大震災の爪痕

 あの事件から一週間が経った。全てが徒労に終わった少女の霊との交流は、僕の記憶の奥深くに封印されて、半ばなかったことのようになっている。一つ言えることは、事件の前の飄々とした文月翔はおらず、何に対しても無反応か踏み込んでくる者に噛みつく生気のない獣と化した僕だけが残ったということ。

 僕から見た諸悪の根源、宵寺美波に仇討をなすこともなく、また、かと言って綺麗さっぱり元の僕に戻るということもなく、白でも黒でもない灰色な人間として生きていた。


 そんな僕に、外界からの光が差し込んだ。今の僕にとって光を放つのはユキとの思い出だけであり、こんなことなら疑いもせず思いっきり彼女といちゃいちゃすればよかったなどと取るに足らない後悔を繰り返す日々。だから、その光とはユキに関係することだった。


 とある日のホームルーム、僕と取引した例の担任の先生が、一つのお知らせを配ったことに端を発する。

 今となっては僕らしくもなくクラスメートと先生を救おうとしたわけだが、結果的にはクラスメートには嫌われ、先生を脅しただけと言うしょうもない結果だけが残っている。

 前の席から配られたプリントと言うかチラシは、東日本大震災の被災地についてだった。あの地震から数年経ったわけだけど、爪痕は未だ完全には癒えていない。3.11を振り返るという講義の案内だった。

 場所はこの学校の別校舎の2階。大半の生徒はさして興味もなさそうにプリントをしまっている。中には貰った途端にくしゃっと机の上で丸めている生徒もいる。

 そうだろう。こんな何かの案内のチラシはホームルームに限らずいくらでも手渡されるが、僕だってほとんどは流している。檀上で先生がこの震災の講義について何か話していたが、別段聞き入っている生徒もいない。自由参加の講義に貴重な青春時代真っ盛りの高校生様でつまんない社会問題に真剣に取り組む人間なんてごく少数派だろう。日付も確認せず、僕もチラシを丸めた。

 ホームルームが終わったら、ごみ箱に捨てよう。他の大多数の生徒と同じようにそう考える僕だった。が、それで想わずにはいられなかった。ユキの命を潰した、あるいは流した? あるいは埋めた地震について。漫然とした何とも言えないむかつきが心の隅に居座るのだ。

 地震か。


 教室の隅にあるゴミ箱にチラシを捨てていると、肩のあたりで黒髪を揃えた無口な女生徒が僕を見咎めた。宵寺さんだ。

「あら、捨てるの」

 教室では無口なくせに、僕と会話する時にはおしゃべりな霊能力者だ。それでも、彼女から声をかけてきたのはちょっと珍しいことだった。

「なにをぬけぬけと。君の図太さには目を見張るね」

 口をついて出てくるのは恨み言。全てを諦めた風を装っていたくせに、僕自身諦めきれていないという間抜けさだった。

 それもこれも、宵寺さんが挑発するように声をかけてきたせいだ。そして、その挑発に載ってしまう辺りに、僕の獣性が見え隠れしていた。

「税理士のような職業だし、図太くなかったらやっていけないわよ」

 ポイ、と燃えるゴミへチラシを投げ入れる。教室内では放課後、帰り支度や掃除当番の掃除が目につく。

「でも、貴方は図太くないみたいね。別れた恋人との思い出を消去する傷心中の人みたい」

 そのからかったような言い方に、僕は思わず目頭がかっとなった。

「誰のせいで!」

 途端、教室が一瞬静まり返る。クラスメートの多くの目が教室の隅でやり取りをする僕と宵寺さんに集まった。好奇の目が無数に集まって来る。宵寺さんは、そんな目に晒された中でも動じないみたいだった。

「誰のせいで?」 

 クラスメートが見ていようがお構いなしだ。静まり返った教室で、僕は言葉を紡ぐことができずに拳を握った。そうだ、宵寺さんは悪くない。悪いのは、ルールを破っていたのは僕とユキの方だった。本当に税をちょろまかす個人商店と税理士みたいな関係だ。

「諦めきれてないみたいね」

 静寂の教室の中、宵寺さんは続ける。心なしか、教室の皆にも言い聞かせるように。

「誰のせいでもないわよ。強いて言えば、東北の大地震がいけないわね。でも、防ぎようがないでしょう? 私達は折り合いをつけて、時には恩恵の見返りとして自然の恐怖に晒されながらも、生きていくしかないのよ。例え理不尽でも、今日を生きれなかった彼女の為に、私達が明日を生きなければならないのよ」

 僕も黙る。静まった教室の壁に彼女の演説が染み込む。

「アフターケアはここまでよ」小さく言って、宵寺さんも僕から離れて帰り支度を始めた。戻っていく喧噪のなかで、僕は小さく唇を噛んだ。


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