200匹のヒント
住んでいるマンションの部屋の前で鍵を開けている最中も、ユキは律儀に待ってくれていた。
鍵穴に差し込み鍵を回す
「君なら扉なんか介さなくても部屋の中に入れるでしょ」
幽霊なんだから
ユキはあごの下に人差し指を当てて、
「うーん、気分の問題?」
と小首を傾げた。何故疑問形。
「てか、高校生で一人暮らしって頑張るねー。あ、お邪魔しまーす」
すいすい、と部屋の中に入っていく。変なとこで律儀だったのに、家主より平気で先に上がるのか。うーん……
その突如、部屋の奥から悲鳴が上がった。
「きゃああああああ!」
逆走して外に出て来た。ものの数秒でドア付近の僕の元まで返ってきた。
「ななななな、なんてもの見せるのよ!」
どうやらユキは僕の机の上に広げっぱなしだったとある類の本を見て悲鳴を上げたらしい。そう、劣情を催すような、アレだ。
「一人暮らしだから親が掃除に来て見つかる等のアクシデントもないし。忘れてたなー」
「なんで平気な面してるのよっ!?」
ドアを閉めて、僕も我が家に上がる。ユキは一歩遅れて僕に付いてくる。ビシっと人を指差して。
「片づけて!知り合って間もない女の子に自分の性癖晒しといて恥ずかしくないの!?」
「特には」
本棚の奥に戻す。
部屋に上がった直後から爆弾に直面したからか、ユキは妙に警戒したようにキョロキョロと部屋を見回してた。
「もう何も変なものはないよ」
安心させてあげるつもりだったのに、じとっとした視線が飛んできた。
「……どーだか」
信頼ないな、僕。
「で、君はどうして幽霊やってるの?」
ソファに腰かけた僕は、目の前でふわふわ浮いてる少女にずっと訊きたかったことを尋ねる。
「幽霊やってるって?」
「どうして死んだのかってことだよ」
ユキはお茶を出す必要がなくて楽だ。僕の質問をきくと彼女の表情が引きつった。
「随分直球だねー……そこ、もう少し配慮する所じゃない?」
「そういうの、面倒」
「私、付いてくる人間間違えたかなー……」
ぼそぼそとした呟き。おい、聞こえてるぞ。
「まあそうやって気兼ねなくしてくれた方が楽だしね。いいよ、教えたげる。実は私ももう、生前のこと覚えてないんだよね。どうして死んだのか、どのくらい漂ってたかの時間感覚すらあやふや」
開き直って肩を竦めている。僕はちょっと戦慄した。
「それって、とてつもなく長い時間漂ってたってこと?君、何時代の人間?江戸?室町?」
「そうじゃない!」
目の前で、恐らく生きてたら唾を飛ばしてきただろう距離に詰め寄ってくる。
「じゃ、どういうことなんだよ」
「私は自分がいつ死んだのかも分からない。3年前のような気もするし、10年前かも。もしかしたら3週間前かな?生前のことだって霞がかかったようにしか思い出せないの」
それはそれで恐ろしい。
「でも、人としゃべるのは久しぶりだって、さっき言ってたじゃん」
こくんと頷く。
「そう。だからもしかしたら一人ぼっちの期間は10年間だったかもしれないし、3週間かもしれない。よく分からない。ただはっきりしてる物的証拠は、私は高校生の時に死んだってことだけ」
高校生の時か。ちょっと考える。
すると、ユキは唐突にいつものにへらっとした笑顔に戻った。
「だから言ったじゃん、迂闊にきかない方がいいよって。とても重い過去が出るかもしれないのにー」
部屋の中でぐるぐる飛び回る浮遊霊。君、過去のこと全然覚えてないって言ってたよね。
「別に、僕は興味ないんだけどね」
すると、部屋の中を天井低しと飛んでいたユキが再びぐぐっと詰め寄ってきた。
「なにそれ!バカにしてるの?」
ぐぐっと顔を近づけられ、接するわけでもないのに僕は思わず顔を背けてしまった。
苦し紛れに呟く。
「ポケットモン●ターの数は?」
「知らない、200匹くらいじゃないの。と言うか誤魔化さないでよ!」
誤魔化したわけじゃない。200匹か、いい答えだよ。
「明日は学校がある。君は?」
「勿論行くわよ!君と一緒に過ごせなかった青春をエンジョイするんだから!」
また破顔する。本当に単純な子だ。まあ立場にそぐわない明るさも、生前や死の記憶がないのなら合点が行く。
僕はソファから立って自分の分だけの飲み物を取りに行った。




