真実の裏側
考えてみれば分かる。職員室で鍵を取って行っても目立たず、3限と4限の間に行動が可能で、しかも考えられる人物。クラス内で江ノ浦さんの出席番号を知っていて、今日の突発的雨に寄り体育が中止になったことを知っている人。
そんな人は担任の先生を置いて他にいない。宵寺さんの推理は筋が通っていた。ただ、決定的に間違っていたことは僕が盗んでいなかったこと。ただそれだけ。
「な、何を言ってるんだ、文月。あまり教師をバカにすると……」
「じゃあ先生の鞄の中を見せて下さい。今日江ノ浦さんの体操着が盗まれたんですけどね。先生がシロを証明するにはその鞄の中を見せてくれればいい」
先生の顔色が青ざめる。これでは犯人だと語っているようなものだ。後ろにはユキが付いている。彼女が、放課後の先生に付きまとってずっと監視していたのだ。
「先生は恐らく、鍵を閉めないロッカーを使う生徒達への警告で盗んだんでしょう。手段は褒められないけど、行動原理はまあ、良しとします。だけどそれなら彼女のロッカーへ返すべきだった。それをせず持ち帰ってしまったら、それはアウトですよ」
あたかも万引き犯のように。ブツを隠して帰ろうとした瞬間クロが確定する。
「な!? み、見ていたのか?」
「まさか。推理しただけです。それより、江ノ浦さんの体操着を返して下さい。先生が持ち帰って何に使うかまでは知りませんが、今ならまだ引き返せます」
「……」
盗んだのも、持ち帰ろうとしたのも、全部魔が差したことだろう。直情型の先生は純情なようだから、実際彼は罪悪感に苛まされていたことだろう。
「僕は誰にも言いません。何なら誓約書を書いてもいい。ですから先生、今なら元の良い先生に戻れますから! 返してあげて下さい!」
悲痛っぽく言ってみる。これこそ不意打ちなので、先生の思考は半分停止しているだろう。でも、元が普通の先生だけに、この戦法が一番効くだろうという見立てもあった。
「ああ、そうだ。魔が差しただけでな。ほら、」
鞄から彼女の服が取り出され渡される。
「生徒に諭されるなんて、やっぱり向かなかったみたいだ。近々辞めるよ」
僕はニヤリと笑った。言質は取れた。もう体操着は戻ってきたし、遠慮することもないんじゃないかな。
「でも先生、もし僕がこれを警察に言ったら、先生は前科がつきますよね」
「なに!?」
「先生の発言もテープに録音していました」
後ろに回していた手から録音テープを取り出す。先生の顔色が、青から赤にさっと変わった。信号みたい。
「文月! お前ってやつは!!」
「僕は何もクラスメートに言わないと言っただけです。警察には言うかもしれません。先生が罪悪感に苛まされて辞めるのは構いませんが、1学期期間はどちらにしろ続けることになるでしょう」
学期の途中で辞めるのは相当なことがないと難しい。
「何が言いたいクソガキ」
もはや先生は言葉遣いをかなぐり捨てていた。いくら腹が立ったからって
僕はちょっと笑ってしまった。
「なに、独り言ですけどね。先生は確か数学の教師でしたよね。僕、数学が苦手なんです。数学の成績が5だと嬉しいですね」
この学校は5段階評価。
「脅しているのか……!?」
僕は大げさに肩を竦めて見せた。
「まさか。それは先生が自主的にすることです。これは僕の独り言です。でもまあ、苦手な数学に4とか3がついたらテープが僕の手元からとある公共機関に渡ることがあるでしょうね」
「お前って奴は……!!」
「僕は先生は基本的には良い人間だと思ってます。口頭の約束さえしてくれたら今ここでテープを渡します。口頭の約束さえ渋るようならまあ……あまり気は進みませんが」
先生は前科がつく、もしくは罰金を払うことになるだろう。評判は堕ちて。
先生はもの凄く屈辱的な表情をしていたが、ギリギリのところで理性を回復させたらしい。
「……テープを渡せ」
言われた通りにする。これで取引は成立だ。
「あ、言い忘れていましたが、江ノ浦さんには僕が盗ったことにしてありますから、そこの所は大丈夫です」
先生の表情が一瞬きょとんとしたものになるが、すぐ険しいものに戻った。
「お前は、何を考えているんだ……?」
肩を竦めてみせる。飴と鞭の原理。先生に厳しいことを言った後、甘いことを言う。鞭が強すぎて心を許してくれなかったらしいのは失敗かな。それと僕は江ノ浦さん一人の印象を悪くすることと引き換えに、数学の成績を勝ち取った、ただこれだけ。成績が良い≠頭が良いなのだ。
「これで先生としては心配はなくなったわけですね。あとは先生が自主的に僕の数学の成績をいじってくれるかどうかです。では、さようなら」
職員駐車場を後にする。これで、僕の仕事は全て終わった。やりたいことも、全部。




