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【3】独りではないということ

オールキャスト?です。健司は中山道を歩き始めました。歳の近い沖田や藤堂と一緒です。

歩きながら考える。

何故、どうして。

前兆?

いくら考えても、何も思い当たらない。

ごく普通の生活。

ありきたりの日常。

大した事なんてありはしない。

俺は、ただ歩く。

単調な作業が、俺の肉体を疲労させてゆく。

けれど、思考は深淵までには及ばない。

せせらぐ浅瀬に身を任せる魚影のように、ただゆらゆらとあるだけだ。

うつむいて乾いた地面ばかり見て歩いている。

いきなり鼻先に、こんがりと焼き色のついた団子を 突き出された。

焦げた醤油の香りが鼻をくすぐる。

そういえば、朝に味噌汁をかけた飯を掻き込んだだけだっけ。

「食えよ。もたねえぜ。」

沖田総司だった。

香りに胃がキュッと縮まる。

思わず団子を頬張る。

ーああ、んめえ!

息もつかず貪る。

頬がゆるむ。

総司は団子を食べ終え、醤油の付いた指を舐めていた。

「これも食うか?」

後ろから走ってきた藤堂平助が、懐から饅頭を差し出した。

「俺には?」

総司がいたずらっぽく笑って言う。

「総司は、さっき私の団子食ったでしょ。饅頭はやらない。」

平介は俺に無理やり饅頭を握らせた。

「気にせず食え。」

「あ、ありがとう。」

餡が甘しょっぱい。

塩饅頭だ。

沁みるなあ。

緊張していた体の筋肉が、やんわりほどけて行くようだ。

上尾の宿を通り過ぎる時に、買い込んだのだろう。途中でエネルギーを補給しながらでないと、へばってしまう。

俺には考えがそこまで届かない。

頭の中がナゼの言葉で埋め尽くされているからだ。

「何か、心配事でも抱えている顔だぜ。」

「そんなところっす。」

口やかましいおふくろ。

長い単身赴任生活で存在感の薄い親父。

俺に輪をかけてアホな弟。

今ごろみんなどうしているだろうか。

俺はうなだれて溜め息をついた。

総司と平助が顔を見合わせた。

総司が俺の肩を叩く。

「総司って呼んでくれ。」

「俺も平助でいいぞ。」

「俺、健司。よろしく。」

「しょぼくれた顔して歩いてないで、なあ、先は長いしさ。仲良くやろうぜ。」

そう言って、総司は俺の隣りを歩き始めた。

「ナッナッ、芹沢先生て、恐いか?」

「さあ、そうでもないかな。」

健司は首をかしげた。センセイとは出会って二日目だ。

全然解らない。

そうだ。

尻を蹴飛ばされた事を思いだした。

「やっぱ、恐いかも。」

「なんだ、はっきりしねえな。」

総司に背中を小突かれた。

胸につかえていた塩饅頭の餡が、ストンと胃に落ちた。

甘さが広がる。

たちまち胸焼けした。

小豆餡は苦手だったのを 今、思い出した。

平助は甘党に違いない。

俺の後ろを歩きながら、ふたつめの饅頭を頬張り、口をもそもそ動かしている。

「やっぱし懐に持ってやがった。」

「へへっ、残念でした。食っちゃった。」

ふたりのやりとりを 聞いていると、俺が友達としゃべっているのとあまり変わらない。

尊王だ攘夷だと、政治の事を議論ばかりしているのかと思っていた。

俺は正直ホッとした。

「芹沢先生の事が気になるのか。」

「あったりまえだろ。俺たちの頭だぜ。面倒は起こさない方がいいに決まってるさ。」

俺から情報を仕入れて、センセイとの間合いを計ろうという魂胆だ。

「巧く泳いでいかねえとさ。」

「その通り。」

「平助、おまえが言う?不器用なくせして。真面目だけで、世の中渡っちゃ行けねえよ。藤堂大先生。」

総司がおもいっきり平助をからかう。

「またそれを言う。私だって好き好んで、こんな質に生まれついたんじゃないんだから。もう。」

平助が、悔しがる。

総司が笑いながら小走りに先へ行く。

「総司は、いつもあんな感じなのか?」

控え目に呼び捨てにしてみる。

とがめられない。

よっしゃあ!

気持ちでガッツポーズだ。

「そうだね。あんな感じだね。稽古以外で真面目なのは、見た事ないなあ。」

「剣術は強いの?」


「強いよ。でも私の方が強い。総司のは、そうだな・・・強いというより恐い。」

「恐いって?」

「気迫だな。凄いよ。」

「おい、また自分の方が強いなんて言ってんじゃないだろうな。承知しねえぞ。平助の馬鹿野郎。ぶっ殺す。」

総司が拾った枯れ枝を振り回して、平助を追い回している。

元気だ。

あのテンションには付いて行けねえ。

それに思ったよりガキだし。

「くそガキだな。」

後ろで声がした。

イケメン土方さんだ。

「野口君だったな。あいつらとつるんでると、道中疲れて大変だぜ。ほどほどにしときなよ。」

切れ長の目が、涼しげに笑った。

格好よすぎて思わずみとれる。

この人は、自分が格好いいのを充分知っている。

立ち居振る舞いに無意識の意識が働いている。

無意識なんだから厭味がない。

男だなあ。と、関心する。

芹沢先生は、少し先を悠然と歩いて行く。

デカイから人より頭半分抜き出ている。

体格もいい。

良くも悪くも目立つ。

皆が怖がるのも無理はない。

センセイは、おそらく知っててそれを利用している。

京へ付いて行くと言った俺の顔を じっと見つめ、

「ならば、一緒に行こう。」

そう言ってくれたセンセイの笑顔が、俺にはうれしかった。

皆が噂するほど、むやみやたらに怖い人じゃない。

俺はそう思う。

センセイは、時おり振り返って俺の様子を 窺っている。

視線が暖かい。

その視線に、俺は守られている。

だから、なんとか皆に付いて行ける。

「物見遊山だな。あいつら。」

三番隊の三人の頭の一人、新見錦が言う。

言葉がチクチクと痛い。

新見野郎は同じ水戸藩の人間らしい。

センセイの片腕だと平間のオッサンが言っていた。

俺はどうも苦手だ。

「先生から、くれぐれも頼むと言われているんだ。あいつらと一緒になって、羽目を外すんじゃないぞ。いいな。」

お前のお守りなんかしてられるか、迷惑だと言わんばかりに俺をにらみ付ける。

互いに反目しあうほどの因縁はないはずだ。こいつは何をそんなにイラついているんだか。

ったく。誰かに当たり散らしたいのは、こっちの方だって。

「やられたな、健司。新見君は、先生が自分と同じ三番隊の組頭に甘んじているのが、気に入らないのだ。ずっと機嫌が悪い。」

キャプテン平山が俺に話かける。

眼帯を見るたびフック船長を思い出す。

だから、キャプテン平山と呼ぼう。

俺が気にくわないわけじゃないんだ。そういうことならナットクしてやる。

「先生がいいんだから、それでいいではないか。あいつはなんでも自分の尺で計りたがっていけない。己に厳しく人にも厳しい。息が詰まる。な、健司。」

どうもキャプテン平山も、新見野郎の事が苦手らしい。

「健司よ。新見は堅物なだけだ。あまり嫌うな。悪い男ではないよ。」

センセイは、湯にほてって赤くなった体を拭いながら言った。

湯に浸かりながら、そう言われてもと俺は思う。

下駄履いて風呂へ入るなんて初めてだ。

足元の板が、浮いて来るようで、なんか落ち着かない。

それでも、疲れは湯に滲んで溶けてゆく。

昨日はざっと計算して三十キロ近くを歩いた。

三十キロだぜ。

今日は少し楽だ。

陽の高いうちに大宮の宿に着いた。

昨日と三里は違うとオッサンが言っていた。

そのぶん、明日は四十キロ歩くらしい。

一里がだいたい三キロだっけ。

筆算で計算した。

マジかよ〜。

力が抜ける。

この湯に溶けて無くなってしまいたい。

でも、待てよ。

四十キロといえばフルマラソンだ。

走ってなんぼの距離だ。

楽勝じゃん。

俺は、疲労というものが、身体に沈殿していくものだということにまだ気付いていない。

それに、俺がマラソン選手でないことも。

ああ、髪を洗いてえなあ。

江戸時代は、やっぱ不便だ。

俺は脳天気にそんなことを考えていた。

「下帯洗っておけよ。」

センセイは、俺がこの時代のことを何も知らないことに勘づいている。

細かいところに適切な助言をくれる。

平間のオッサンも、先生に言い含められているらしい。

なにかと面倒をみてくれる。

不便だと、不平を感じるのは、俺が便利さにどっぷり浸って生きてきたからにほかならない。

何とか歩いている。

ひとりで歩いているんじゃない。

守られて歩いている。

情けないけど、何一つ自分ひとりではできないのだから。

雄鶏の鳴く声が聞こえて目が覚める。

夜明けがまだ青い。

修学旅行、見知らぬ土地で、興奮の朝を迎える。

そんなデジャヴに、俺は違和感を感じる。

まだ明けやらぬ往来を馬の蹄と鈴の音が軽やかに過ぎて往く。

今朝も抜け出せなかった。

この時代から。

慌ただしく朝飯を掻き込んで、出立の準備をする。

新しい足袋に新しい草鞋。

古い時代のうねりの中で、俺の新しい一日が始まる。

晴れた空。

俺は深呼吸をして、歩き出した。


読みやすいようにと、試行錯誤です。ご意見ありましたらよろしくお願いします。

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