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幸せを呼ぶハーモニカ

作者: 月石 靡樹

 その音色は聞いた人すべての心清め、悪い人もいい人に変え、耳の垢まで落とすような素敵な音色でした。その音色の主は、ぼろぼろの服につば広の帽子、使い古されところどころ小さな穴が開いているバッグを持ってこの町にやってきた旅人でした。

 その旅人はいつも見晴らしのいい丘に横になって身体をくすぐる草と戯れ、穏やかな風を受け、太陽が山から顔を出す時と太陽が一番高いところにのぼったときと、太陽が沈んだときにハーモニカを吹くのでした。町の人は彼が吹くハーモニカを時計代わりにしたものです。

 そんな旅人を兄と慕う一人の少年がいました。旅人はすぐに少年と仲良くなり、二人はよく遊びました。旅人が奏でる音楽に合わせて少年が歌を歌ったり、少年がハーモニカを吹いたり朝から晩まで、時々旅人は少年の夕飯に招待されることもありました。そんなときは今までの旅の話を子守唄代わりに少年に聞かせてあげたのです。

 ある日、少年は旅人にこう言いました。

 「旅人さんはいつまでここにいてくれるの?」

 その顔にはずっとこの町にいて欲しいという思いが滲み出ていました。

 するとその旅人は少年のそんな思いを知ってか笑顔でこう言いました。

 「君が幸せになって僕が誰からも必要とされなくなったらまた旅立つよ」

 すると少年はこう言いました。

 「お兄ちゃんと一緒にいるときが僕は一番幸せだよ」

 旅人はそう言ってくれた少年の頭を撫でると、布を丸めて作られたボールをどっちが遠くまで飛ばせるか勝負しました。そして二人はどっちが足が速いのか競争しました。少年は旅人よりも遠くにボールを飛ばすことができましたし、旅人よりも早く走ることができました。少年はこの町で一番運動が得意な少年だったのです。

 そんなある日、少年が病気にかかってしまいました。最初のうちはなんでもなかったのですが次第に歩くことができなくなり、ついには寝たきりで言葉を発することもできなくなってしまいました。

 町のお医者さんも隣町のお医者さんもみんな首を傾げては帰っていくばかりで一向に良くはなりません。どうしたものかと困り果てた頃、少年は静かに息を引き取りました。そしてその姿はあまりにかわいそうなものでした。全身がげっそりとやせ細っていたのです。

 誰より早く走れた足にお母さんは泣きながら抱きつきました。するとその足はまるで木の枝のようにぽきっと折れてしまったのです。お母さんはさらに大きな声を出してなきました。

 誰よりも遠くにボールを投げれた腕をお父さんはつかみました。「もう朝だぞ、ご飯だからおきなさい」といいながら、するとお父さんのつかんだ腕はその瞬間、灰のようになってしまい腕から肩にかけて消えてしまいました。お父さんは「これは夢だ」とうわごとのように繰り返すばかりでした。

 町の人は少年がそうなったのを旅人のせいにしました。平和な町に悪魔がやってきた、とみんな旅人を悪く言いました。旅人はそれを聞いてか聞かずか静かに町を去っていきました。去っていく旅人に町の子供たちは「この悪魔、お前なんかしんじゃえ」と石を投げつけ旅人を追い出しました。そのときは誰も彼が持ってきたバックが大きく膨らんでいることなんて気にもしませんでした。

 旅人はしばらく歩くと町のほうを振り返り小さくつぶやきました。

 「幸せだったかい? 君はみんなにあんなに心配されたんだよ」

 バックをおろすとそこの中から少年がひょっこりと顔を出しました。

 「お兄ちゃんのハーモニカのおかげでみんな幸せになれたけど、僕はもうあんな町にはいたくないよ。お兄ちゃんのハーモニカがみんなの心を穏やかにしてくれる前の町は真っ赤な血と鉄砲の音しかしなかったもん・・・」

 そう言う少年の目には涙が浮かんでいました。大人たちは旅人が来る少し前に些細なけんかをして町を二つに分ける大喧嘩へと発展したのです。偶然通りかかった旅人に少年がお願いしてようやくけんかは収まりました。でも少年の友達をたくさん失った悲しみは大人たちには理解してもらえなかったのです。

 そしてみんなから争いをやめる心や人を疑う心をハーモニカの魔法で人々から消していたはずなのにみんな少年が死んだことを旅人のせいにして、石を投げました。もう、ハーモニカの魔法は解けかかっていたのです。

 「ごめんね、お兄ちゃん。あんな役やらせちゃって・・・お兄ちゃんの魔法も解けちゃうくらいみんなけんかが好きなのかな?」

 すると旅人はいつものように少年の頭を撫でてあげました。

 「そろそろ行こうか。ハーモニカの魔法が切れて、また大けんかが始まってしまうよ」

 「うん・・・」

 綺麗な音色が聞こえました。

 それは幸せを運んでくるはずの優しい音色。

 争いなんてなくなってしまえばいいのにという、切ない叫び・・・

 

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― 新着の感想 ―
[一言]  童話のようなお話で、文章も読みやすく最後の切ない終わりかたといい、子供に読ませてあげると良い作品です。
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