この世界がひっくり返る前の話
哲学的な彼女を書こうとして……な話。
「――例えば仮に明日、私が死ぬとしてそれで私の価値が変わるのかな?」
ぼくはさあ、と首を傾げて見せた。
彼女は昨日やっていたテレビを見たらしい、題材は余命半年の……まあ、そこは重要じゃないか、とにかく人の寿命に関して思うことがあったらしい。
彼女はぼくの返答を気にした様子もない、たいして答えなど期待していなかったのだろう、彼女は言葉をなお続ける。
「別に人生に不満があるわけじゃない、私はよくやっているほうだと思う」
「そうかもね」
「それでも、こうして死ぬことについて考えてしまう私は異常なのかな?」
「どうだろう?」
ぼくは明確に答えなど出さない。ぼくの答えはぼくのもので、彼女の答えは彼女のものだ。
そこに他人の(例えばぼくの)考えや言葉などと言う不純物は一切、必要ない。もし、そこになにかが混じってしまえば、それは美しくないように思う。
「私は思うんだけど、常に人間は明日死ぬかもしれないわけでしょう? 病気や事故、殺人やテロ。想像も予想もしてないだけで、ありえないわけじゃない」
「それはそのとおりだね」
「私達は知らないだけで、半年後には死ぬのかもしれない。運命なんて信じてないけど、そう決まっているって言う可能性はありえないことじゃない。なら、私とあの人達はなにが違うの?」
「……さて。……その、そう運命って奴を知っているか、どうかかな」
「私もそう思う、でも人の命の重さって言うのは予定が明確かどうかで決まるものなの? その人の人生の重みってそんなものなの?」
「さあ」
「人は誰でも死ぬし、死ぬかもしれないんだよ。そこには差はないでしょ。でも必死に生きているかどうかは人によるでしょう。なら、みんなそこに注目するべきなんじゃないの? そんな特定の人に目を向けて、可哀想だとか、頑張ってるだとか、感動したとか、生きる力を貰ったとかはその人がこれから死ぬんだから、って哀れんでるだけなんじゃないのかな、それってすごく……」
彼女はそこで言葉を止めた。が、言いたいことはわからなくもなかった。
「……ねえ、あなたはどう思う?」
ぼくは答える。彼女の考えが決まったのなら、ぼくと言う不純物は入らないだろうから。
「例えば仮に明日、きみが死ぬとしたら。それできみの価値は変わらないと思うよ。もしも変わるものがあるのなら、それはきみじゃなくて、周囲の人間の価値観だよ」
「私は嫌だ、私は私だ。たとえ死ぬんだとしても、そうじゃなくても、ずっと必死に生きてるし頑張ってるんだよ? それでまるで私の価値が上がったみたいに見て欲しくない」
「……そう」
でも、思う。もし、明日彼女が死ぬのならぼくの価値観は大きく変わるだろう、と。それこそ、この世界がひっくり返ってしまうくらいに。
きっと、彼女はそれを理解できないだろう。ぼくは未だにその理由を伝えられずにいる。