『婚約はオーダーミス』と酔い潰れた令嬢へ、オレから特大のメインディッシュを
結構繁盛する酒場だが、さすがに看板近い時間になると客も減ってくるな。
相席になったアンナと名乗るその女が語ったのは、少々変わった例えだった。
「ねえジョン。婚約って、料理屋でオーダー入れた状態に似てない?」
ちょっとなるほどと思った。
オレは婚約の経験なんてない。
が、料理が出てくるまでの期待感とか早くしろよと苛立つ気持ちとか、似ている部分があるのかもしれない。
「面白い視点だな。似ているかも」
「でしょう? 私今日、お前と婚約してるなんて知らなかったって、婚約者と思ってた令息に言われちゃったの」
「えっ?」
「入ってると思ったオーダーが入ってなかった状態よ」
婚約してたつもりが実はしてなかったなんてことある?
アンナは笑ってるけど心が泣いてることはわかる。
アンナが何者かって?
知らん。
何せ今日初めて会ったんだからな。
最初はアンナも大人しく飲んでたんだ。
喋ってたら意外と気が合うことがわかって。
オレも酒場で商売女じゃない女性と盛り上がるなんて、今日はいい日だと楽しんでた。
そうしたらいい男がお上品に飲んでるんじゃないわよと、いきなり絡まれたんだ。
いや、アンナのピッチ早いなとは感じていたんだが。
アンナは小洒落た美人だ。
着ているものの質がいいから、貴族か富裕層の令嬢だろうとは思う。
こんな酒場では存在が浮いてる。
しかし酔っているせいか粗野なところがあるし、従者も連れていないんで、完全に場違いとまでは言えないな。
「本当かよ? ひどい話だな」
「でしょう? 私も呆然としちゃって」
「で、酒場にふらふらと迷い込んだってわけかい?」
「よく知っている店だから迷い込んだわけではないけれど」
「ん? どういうことだ? アンナはいいとこのお嬢なんだろう?」
ナチュラルに身の上を聞ける展開になった。
オレもこの変わった女に興味あるからな。
「いいとこのお嬢ね。私がペイトン男爵家の娘なのはその通りだわ。でも庶子なのよ。母が平民なの」
「ははあ、下町育ちなのか」
「そう。母が亡くなってペイトン男爵家に引き取られたのが五年前。ペイトン家に子は異母弟が一人いるだけだから、わたしをどこかに嫁がせたい気が父にはあったのだと思うわ」
「アンナ美人だものな」
「アハハ、ありがとうジョン。引き取られてからは必死に令嬢っぽくしてるのよ。義母の目も厳しいしね」
アンナが下町の店に慣れているのもどこか粗野なのも説明がつくな。
ペイトン男爵家か。
どこかで聞いた家だが……。
「しかし婚約が無視されるというのはどういうことだ? 相手も貴族なんだろう?」
婚約は契約だ。
家と家の思惑なら、婚約が反故にされるのはおかしい。
庶民ならともかく、貴族の婚約が勘違いなんてことがあるわけない。
「父が急に亡くなってしまって……」
「あっ……」
「それから婚約者(?)との関係がうまくなかったの」
そうだ、ペイトン男爵家の当主が亡くなったと、二ヶ月ほど前に聞いた。
これまでの話からすると、跡を継ぐのは異母弟か。
まだ未成年だろうから、正式に男爵になるのは時間がかかりそう。
婚約相手の貴族家としては、頼りにならんし婚約までして組むメリットがガクンと減ったということだな?
当主の急死なんて縁起が悪い。
大体家勢も衰えるものだ。
その辺を嫌がられて、婚約なんかしてたっけとしらばっくれられてるんだろう。
当主がこの世にいないならゴリ押せると思われてるのでは?
「婚約者(?)とはうまくやれていると思ってたんだけどね」
「運がなかったな。運で片付けていいかわからんが」
「私が縋るのも何か違う気がするし」
「やめたほうがいいな。ハッキリ婚約を破棄されたなんてことになると、傷物と言われる分だけ令嬢側が損だ。ということに相手側が配慮して、婚約なんかしていなかったことにしてくれているのかもしれん」
「そうよね……でも父がいない家内は、私の味方がいないのよ」
「本妻と異母弟ではな。きつく当たられるのか?」
「まあ。妾の子で想像できるくらいの扱いね」
まだ少し残ってるグラスをゆらゆらと振るアンナ。
頭もカクンカクンしている。
相当酔ってるな?
「どうしたらいいんだか……」
「もう飲むのはそれくらいにしとけ」
「ありがとう。ジョンは優しいわね」
「貴族の令嬢が危なっかしいんだよ」
「アハハ、貴族の令嬢なんて……」
おい、突然寝てしまったぞ。
しょうがないな。
……いい夢くらい見られるといいが。
「ジョンの旦那」
「ああ、看板か。すまなかったな」
この店のマスターだ。
彼はオレの正体を知っている。
にも拘らず大して気も使わず、気持ちよく飲ませてくれる。
料理も美味いし、いい店だな。
王都に来て以来、ずっとこの店を贔屓にしている理由だ。
「看板もそうなんですけれども、アンナのことで」
「おう」
「母親がうちのホステスだったんですよ。気立てのいい女でした」
「なるほどな。平民向けの店にしては案外客層が悪くない気がしていたんだ。ペイトン家の男爵も常連だったのか?」
「さようです」
「だからアンナの母親は男爵といい仲になった、か」
「はい。アンナもいい子でしてね。昔はうちが忙しい時、給仕を手伝ったりしてくれたんですよ」
ペイトン男爵家に引き取られる前の話か。
「貴族令嬢になってからもたまに遊びに来てくれてたんですよ。お嬢さんになるのは大変だってぼやいてました」
「まあ平民育ちが貴族のマナーを覚えるのはなあ」
「旦那も似た苦労をしているんでしょう?」
「男は少々雑でも許されるからな」
オレもまたアンナに似た境遇と言える。
オレはイーグルスクラン辺境伯家の庶子なんだ。
父の正室に兄が二人いたので、オレが家を継ぐ目はなかった。
だから冒険者になろうと思ったのさ。
辺境伯家領には魔物が多かったから、魔物を狩るのは世のため人のため自分のためだった。
魔物ハントに関しては、結構自慢できる腕になったんだよ。
ところが魔物の大発生と流行り病で、父親と二人の兄が次々と亡くなった。
あれよあれよという間にオレは辺境伯様になってしまったんだ。
父の正室との関係はいいんで、そちらは問題ないんだけどな。
「アンナは普段酒なんか飲まないんですよ」
「えっ? 意外だな。いや、自分の酒量をわきまえていない感はあったか」
「家の中に身の置き所がない上に、婚約がパーでしょう? どうしようかと考えた末にうちへ来たのだと思います」
雇ってくれってことか、居づらい家を出る覚悟で。
ありそうだな。
マスターとしても貴族の品と平民の親しみやすさの両方を備えた娘なんて願ったりかなったりだろう。
アンナは美人だし、すぐ人気になるに違いない。
しかし……。
「アンナが不憫でしょう?」
「だからオレと合席にしたのか」
オレは嫁に来てくれる令嬢がいなくて苦戦してるんだ。
イーグルスクラン辺境伯家が大貴族であるというのは掛け値のない事実。
ただし魔物の多い領ということで、令嬢方には敬遠されてしまう。
確かに魔物が危険なことは疑いようがないが……。
また冒険者になるつもりでギルドに入り浸りだったオレも、貴族らしいところがあるなんて言えないしな。
王都のアカデミーで学んでいるわけでもないから人脈もないし。
ただ冒険者として実地で鍛えたオレは陛下には気に入られていて、同時に心配もかけている。
領地が重要な地点だから、早く身を固めて欲しいって。
本当に申し訳ない。
「アンナはアカデミー高等部で四年間学んでいるんですよ」
「ほう?」
「今日の様子を見ていますと、旦那とは気がねなく話せるようじゃないですか」
「そうだな」
「アンナをもらってやってくれませんか? いい子ですよ」
努力して貴族になったアンナが報われないのは可哀そうだと考えているのか。
自分の店にはアンナがいたほうがいいんだろうに。
マスターも気持ちのいい男だな。
アカデミー生だった令嬢というのも、オレにとっては何げにありがたいポイントだ。
「やはり家格差が問題になりますか?」
「いや、オレも実は貴族の令嬢なんてのはピンと来ないから、家格差なんてどうでもいいんだ。平民でも全然構わないくらいなんだが……」
「大貴族ともなるとそうもいかないと」
「ああ」
王家に挨拶する機会もあるしな。
陛下を不快にさせるのはよろしくないから、最低限貴族の令嬢らしくあるのは必要なのだ。
アンナなら全然オーケー。
「アンナは如才ないですが、旦那のお気には召しませんか?」
「いや、オレに合っている令嬢だと思う。しかし……」
「何か問題が?」
「辺境伯家領には魔物が多いんだ。魔物が怖いというのは、オレの結婚がうまくいかないことの大きな理由の一つでな」
「ああ、アンナは魔物なんか全然平気ですよ」
「何故わかる?」
「幼い頃から魔物退治ごっこだと、男の子に混じって棒を振り回していましたから」
お転婆な少女時代だったのだな。
想像できてクスリとなる。
「魔物肉を食べてみたいとも言っていましたし」
「おう、そうか!」
辺境伯家領だけではないが、魔物の多い地方ではその肉が出回るのだ。
ところが魔物肉を食べるなんて野蛮だと、これは男女関係なく忌避する者が多い。
美味いのだがなあ。
しかし魔物肉を食べてみたいと言うくらいなら、全然大丈夫だな。
「マスター、わざわざアンナのことを教えてくれてすまんな」
「いえいえ。では?」
「アンナに求婚することにする」
ヒューと口笛を鳴らすマスター。
「おめでとうございます」
「……よく寝ているな。アンナをペイトン男爵家邸に送り届けるとしよう」
「えっ……アンナは家族との折り合いがかなり悪いのですよ」
「かもな。大通りにうちの馬車が待たせてあるんだ。デカい紋章の入ったやつがな」
「その馬車で男爵家邸に乗りつけ、家人に伝えるという算段ですか? アンナと結婚したいと」
「ちょっとしたイベントだと思わないか?」
アンナの前の婚約がどうなったか、家で言っているかいないかは知らないが、大貴族家の当主が夜にアポなしで訪れ、結婚の申し込みをしていく。
当のアンナはベロベロに酔って寝ている上、事情を何も知らない。
愉快な設定のでき上がりだ。
想像しただけで笑えてくるじゃないか。
何だかんだでイーグルスクラン辺境伯家の当主であるオレは大貴族には違いない。
そのオレが結婚どうこうと言っているなら、ペイトン男爵家もアンナを粗末にできまい。
結構なサプライズのプレゼントだ。
「いや、面白いことになったな」
「神様も粋なことしてくれますな」
「おっ、マスターは自分を神になぞらえているのか?」
アハハと笑い合う。
いつかマスターと酒を酌み交わしたいものだ。
辺境伯家領には珍しいいい酒があるから土産に持ってこよう。
その時はアンナとともに……。
「オーダーミスだなんてとんでもない。これは最高の運命のようだな」
「まずは婚約という名の特大のオーダーを叩きつけに行ってらっしゃいませ」
気持ちよさげなアンナの寝顔を見て、マスターと再び笑い合った。
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