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カツ丼くん

掲載日:2026/04/23

毎日昼休みになると学校近くのコンビニへ向かう。


成長期の男子高校生にとって、昼ごはんにお弁当1つでは到底足りない。

本当なら弁当を二つ買いたいところだけれど、最近の物価高ではそうもいかない。

結局いつも、値段より量で選ぶことになる。


今日はカツ丼だな――。


そう決めて棚から手に取り、レジへ向かおうとした時だった。


背後の誰かとぶつかりそうになり、私は慌てて身を引いた。


「すいませんっ!」


反射的に謝ると、相手はやわらかく言った。


「大丈夫ですよ」


顔を上げると、そこにいたのは女子高生だった。


手にはサンドイッチ。

すれ違った瞬間、ふわりと甘い香りがした。


「……」


思わず固まってしまう。


彼女はそんな私を気にする様子もなく、少し微笑んだ。


私は慌てて手を差し出した。


「お先にどうぞ」


彼女が先にレジへ向かう。


私の前に立つその後ろ姿は、やけに眩しかった。


私は女子と接する機会なんてほとんどない。


それだけで、胸の鼓動がうるさいくらい早くなる。


会計を終えた彼女は、店を出る前にこちらを振り返り、小さくペコリと会釈した。


その仕草だけで、胸がまた跳ねた。


「次の方どうぞー」


店員の声が聞こえる。


「次の……方どうぞー」


……聞こえていなかった。


ぼんやり立ち尽くしている私の背後から、別の客の声が飛ぶ。


「お兄さん、レジだよ!」


「あ、す、すみません!」


慌ててレジへ向かう。


買った金額も、どうやって財布からお金を出したのかも、まったく覚えていない。


気づけば私は、コンビニの外で、手のひらいっぱいの小銭を握りしめていた。


「カツ丼、温めてもらうの忘れた……」


教室に戻ってふたを開けてから気づいた。


冷めたままのカツ丼を口に運びながら、

さっきの出来事を思い返す。


不思議と、妙にうまかった。


――明日も、あのコンビニで買おうかな。



翌日も昨日のコンビニの前に自転車を停めた。


何台か並ぶ自転車を見ながら、


「あの娘のもあったりして」


そんな期待を胸に、店内へ入る。


普段なら真っすぐ弁当コーナーへ向かうのに、今日はなぜか足が飲料コーナーへ向いていた。


水筒を持ってきているから、飲み物なんて買わないのに。


選ぶふりをしながら、ちらちら弁当売り場を見る。


――なんだ、いないじゃん。


「何やってんだ、オレ」


苦笑しながら弁当コーナーへ向かった、その時だった。


レジ前を横切り、弁当売り場へ向かう彼女と目が合った。


彼女はふっと笑って、片手を軽く上げた。


――オレに?


胸が跳ねた。


慌てながらも、私も手を上げて挨拶を返した。


弁当コーナーを見ると、今日は種類が少なかった。


迷った末、結局手に取ったのは、またカツ丼だった。


レジに並ぼうとした時、後ろから声がした。


「今日もカツ丼なの?」


振り返ると、彼女が立っていた。


「うん」


「好きなの?」


彼女がくすっと笑う。


「……うん」


それしか言えなかった。


「そっか」


また、笑う。


ちょうどレジが自分の番になり、慌てて会計を済ませた。


店を出ようとすると、彼女が近づいてきて、


「じゃーね」


と笑顔で言った。


私は少し遅れて、


「……じゃーね」


なんとか返すことができた。


昨日もカツ丼を買ったこと、彼女は覚えていた。


そんなことが、妙に嬉しかった。


……でも、ふと思う。


彼女は、何を買っていたんだろう。


サンドイッチだったか、

おにぎりだったか、

まるで思い出せない。


そんなことを考えながら、私は自転車を漕いでいた。



次の日、彼女はコンビニに現れなかった。


少し寂しかったけれど、

会える約束なんてしていない。


――何を期待してるんだ、オレ。


そんなふうに自分に言い聞かせながら、店を出た。


その次の日は、母が弁当を作ってくれた。


「なんてことしてくれてんだよ……」


心の中で文句を言いながらも、もちろん口には出せない。


そんな日が何日か続き、

久しぶりに彼女に会えたのは、夏休みに入る直前だった。


「あれ? 今日もカツ丼? 好きだねー」


「違うんだよ、今日はたまたまで……久しぶりなんだ、カツ丼」


彼女は笑う。


「はいはい、わかったよ」


そしてふと、私の制服を見て言った。


「あれ? 同じ学校じゃん。何年?」


「……2年」


「2年か。私3年」


少しだけ驚いてから、彼女はいつもの調子で笑った。


「よろしくね。じゃーね」


その言葉を残して、夏休みが始まった。



夏休みに入ってから、あのコンビニには行っていない。


もちろん、彼女と会うこともなかった。


同じ学校だと分かっても、

三年の誰なのかまでは知らない。


名前も、住んでいる場所も、何も知らない。


夏休みに入ったばかりの頃は、そんなことばかり考えていた。


けれど、夏も半ばを過ぎる頃には、

私はもう、彼女のことをすっかり思い出さなくなっていた。



夏休みも終わりが近づいたある日、

友達のシュウマが言った。


「宿題、ショッピングモールのフードコートでやろうぜ」


「外暑いし、ヤダ」


断っても聞かない。


「たこ焼き奢るから!」


その一言に負けて、私はしぶしぶ付き合うことにした。


たこ焼きを買って、シュウマと食べていると、

ふいに、どこかで聞いたことのある声がした。


「あ、カツ丼くん!」


振り返る。


――彼女だった。


「カツ丼くん? なにそれ」


思わず笑うと、彼女もくすっと笑った。


彼女の隣には、同じくらいの年頃の女性が立っていた。


すると、その女性が突然、シュウマを見て目を丸くした。


「シュウマ! あんた、こんなところで遊んでていいわけ?」


「ねーちゃん! お母さんには秘密にしててよ!」


私は思わずシュウマを見る。


――ねーちゃん?


つまり、彼女の友達はシュウマの姉だった。


「ユキちゃん、久しぶりー」


シュウマが彼女に声をかける。


「シュウマくん、前よりカッコよくなってない?」


ユキが笑う。


私は黙ったまま、そのやりとりを見ていた。


「カツ丼くんって、シュウマくんの友達だったんだ。世の中狭いね」


「ねえユキ、トオルくん知ってるの? なんでカツ丼くんなの?」


トモミが不思議そうに聞く。


「まあ、これには色々あって……」


ユキが笑いながら説明すると、


「なんだ! ユキもトオルくん知ってたんだ」


トモミが面白そうに笑う。


急な展開についていけず、

私はただ下を向くしかなかった。


その様子を見たトモミが、ふっとシュウマを見た。


「シュウマ! お母さんに怒られるから帰るよ!」


「えーっ、ねーちゃん待ってよ!」


「ユキ、じゃーねー」


そう言って二人は去っていった。


気づけば――

そこに残されたのは、私とユキだけだった。


「トモミ、また後でねー」


そう言って手を振ったユキが、私を見た。


「座っていい?」


「うん」


ユキは向かいの席に腰かける。


「久しぶりだね。どっか行った?」


「ううん。どこも行ってない」


夏休みの間、会えなかった時間のことを少し話したけれど、私は何を話したのか、ほとんど覚えていない。


すると突然、ユキが声を上げた。


「そうだ!」


周りが少し振り向く。


「今日の夕方、ひま?」


「え? 特に用はないけど……」


「じゃあさ、お祭り行かない?」


「え、お祭り?」


「心配すんなって。トモミも来るし、シュウマくんも呼ぶから」


宿題をしに来ただけだったのに、なぜか夕方からユキと祭りへ行くことになった。


「じゃ、私いったん帰るね。じゃーね!」


そう言うとユキは、風みたいに去っていった。


フードコートに、一人残された。


まだ熱いたこ焼きを口に運びながら、

私はぼんやり考える。


――ヤバい。


「ユキさんと、お祭りに行ける。」


どうしよう。あははは。


不安もあるのに、

また会える約束ができたことの方が、ずっと胸を高鳴らせていた。


それに――


「今日見たユキさんの私服姿、可愛かったな。」


気づけば、フードコートで一人考え込んでいるうちに夕方になっていた。


――待ち合わせ、どこだ?


慌ててシュウマにLINEを送る。


返ってきたのは、

「神社集合!」


「今から行きます!」


そう返すと、私は慌てて自転車に飛び乗った。


神社まで全力で漕げば、十分で着く。


いつもより、ペダルが軽かった。


「キィーッ!」


急ブレーキで自転車を止め、

そのまま階段を駆け上がる。


今日は、階段がいつもより長く感じた。


頂上が見えた時、三人の姿が見えた。


「遅いぞー!」


ユキの声。


「はぁ、はぁ……す、すいません、遅れました」


顔を上げて、トオルはユキを見る。


――その瞬間、息が止まりそうになった。


ユキは浴衣姿だった。


全身が痺れるくらい、可愛かった。


「トオルくん、ユキの浴衣見たら惚れちゃうだろー?」


トモミが笑う。


「はぁ……」


言葉が出ない。


「トオル、顔真っ赤だぞ!」


シュウマがからかう。


「うるせー!」


「まあまあ、みんなで縁日行こうよ」


ユキが笑って間に入る。


「トオルくん、ユキと歩きなよ」


トモミに背中を押され、

トオルはユキの隣に並んだ。


二人で並んで、祭りの灯りの中へ歩き出した。


何か話さなきゃ――。


そう思うのに、何を話せばいいのか分からない。


気まずさに耐えきれず、

私は後ろを振り返った。


……あれ?


さっきまで後ろにいたはずのトモミとシュウマがいない。


人混みの中を見回しても、

もうどこにも見つからなかった。


その様子に気づいたユキが、顔をのぞき込む。


「どうしたの? 縁日、嫌い?」


「いや……シュウマがいないから」


「いいじゃん。二人で行こうよ」


「は、はい」


胸が変なふうに跳ねた。


ユキが笑って言う。


「トオルくん、私、射的したい!」


そして、いたずらっぽく続けた。


「勝負しようよ」


「……はい!」


射的には、思ったより長い列ができていた。


順番を待ちながら、ユキが景品棚を指差す。


「狙うのは、あのキャラクターね」


「え? どれ?あの変なやつ」


「変なのって何よ!」


ユキが笑う。


「可愛いじゃん」


「あれ、可愛いの?」


ユキがじっと私を見る。


「トオルくん、あれ可愛くない?」


「……いや、可愛いです」


「よろしい!」


満足そうに笑うユキを見て、

私もつられて笑ってしまう。


列に並んでいる間、

なんだか会話が、いつもよりずっと自然だった。


二人の順番が回ってきた。


「よーし! 真剣勝負だからね!」


「オッケーです」


弾を込める。


「よーい、どん!」


ユキが狙いを定める。


――ポンッ!


「カチャーン!」


「当たりー!」


「やったー!」


ユキが大喜びする。


……けれど、落ちたのは狙っていたキャラクターの隣のお菓子だった。


「隣に当たってんじゃん!」


思わず笑ってしまう。


「うるさい!」


ユキが頬をふくらませる。


「次は当てるよ!」


その後も真剣な顔で狙うのに、

なぜか全部、隣ばかり。


その姿が可愛すぎて、

私はまともに狙えなかった。


結果――


トオル、ゼロ。

ユキ、一応一点。


「私の勝ちー!」


「いやいや、ドローですよ!」


「だって私は当てたし」


「違うのじゃん」


言い合いながら、

気づけば二人とも笑っていた。


そしてユキが、小さくつぶやく。


「でも……あのキャラクター、欲しかったな」


「え?」


「なんでもないよ。焼きそば食べない?」


そう言うと、ユキは小走りで先へ行ってしまう。


見失わないよう、私は慌てて追いかけた。


祭りの人出は、ますます増えていた。


「おじさん、焼きそば二つねー!」


「はいよっ!」


ユキが笑顔で頼む。


「サービスで大盛りだ!」


「ありがとー!」


ユキから焼きそばを受け取る。


「食べようか。いただきまーす」


「いただきます」


「トオルくん、紅生姜好き? 私キライ。あげるね」


「まだ答えてないんですけど」


二人で笑いながら食べた。


大盛りだったのに、夢中で食べきってしまう。


「ふぅー、お腹いっぱい」


満足そうに笑うユキを見て、

私はようやく、ちゃんと顔を見られるようになっていた。


ふと、目が合う。


慌てて目をそらす。


「トオルくん、私さ―」


ユキが何か言いかけた、その時だった。


「あれ? トオルじゃん!」


クラスメイトの声が飛び込んできた。


「あれ?デート中?隣の娘、誰だよ?」


「えっ?まぁ、それは…」


ユキさんの方を見るとユキさんも女性達に話しかけられていた。


「ユキさんのクラスメイトかな?」と思うと、


「デートじゃないなら、久しぶりにみんなで遊ぼうぜ!」


「いや、ちょっと一緒にきてる人が居るから」


「どこにいるんだよ?」


周りを見渡すとユキさんが居ない。

周辺を探すもユキさんの姿が見えない。


色々と探すとトモミさんとシュウマに会う。


「ユキさん見ませんでした?」


「ユキ、友達と帰ったみたいよ。なんかあった?」


「帰ったんですか?もしかして、怒ってました?」


「おこられることしたの?」


「してないですよー!」


ユキは友達と帰ってしまったようだ。

なんで帰ったのか凄く気になった。


絶対にクラスメイトのせいだ!怒りが込み上げてきた。


クラスメイトが誘ってきたから、

「お前らのせいだぞー」って、

叫びながら神社を後にしてダッシュで家に帰った。



気がつくと、私はベッドで眠っていた。


時計を見ると、もう昼過ぎだった。


スマホには、何件かLINEが入っている。


クラスメイトからは、

「昨日どうしたー?」

そんな軽いメッセージばかりだった。


シュウマからのLINEを開く。


――お姉ちゃんから聞いたんだけど、

ユキさん、9月からアメリカ行くんだって。


「え……マジか」


昨日までの楽しさが、

クラスメイトの乱入から全部崩れていった気がした。


私はそのまま、ぼんやり天井を見つめた。


その時、スマホが鳴る。


「もしもし」


シュウマかと思った。


でも、聞こえてきたのはトモミの声だった。


「トオルくん、ユキね、今日アメリカ行っちゃったよ」


胸が止まりそうになる。


「ユキから聞いてたでしょ? お見送り来るかと思ってた」


――もう、日本にはいない。


「トオルくん、今日もお祭り行くの?」


そう聞かれたけれど、

私は何て答えたのか、覚えていなかった。


正直言って動けなかった。


「トオル!ごはんは?」

母親が叫ぶ。


「いらないよー!」


食欲なんかなかった。もう日本にユキは居ない。絶望的だった。布団を被り泣こうとしたけど泣けなかった。


「なんで言ってくれなかったんだろう?」そう思うと、あの一言を思い出す。


「トオルくん、私さー」


あれだ!


あのときに言おうとしたんだ!


クラスメイトが邪魔したせいで。。


もう呆然だった。


時計を見ると夕方が過ぎていた。スマホが鳴る。


「もしもし、トオル?」

シュウマからだった。


「お祭りいこうぜ!」

「うん、わかったよ」


シュウマは気にして誘ってくれてました。


神社へ行くとトモミとシュウマが待っていてくれた。


2人は気を遣っているせいか、あまり話しかけてこなかった。


「シュウマ、射的で勝負しようぜ!」


シュウマと射的することにした。

それは昨日の楽しさを再確認したかったかもしれない。


「負けたら焼きそば奢りね」


的はあのキャラクター。


「よーいどん!」


2人は真剣にあのキャラクターを狙う」


「パンっ!」


トオルの会心の一撃が見事にヒット!


トオルの勝ちだった。


シュウマに焼きそばを奢ってもらい、2人で焼きそばをたべた。


昨日より薄く感じた。あの会話も思い出した。紅生姜が好物になった。


今日は思ったより人が少なかった。少し早いが帰ることにした。


ゆっくり自転車を漕いで、家に帰った。


風呂に入りながら、昨日のことを思い出す。


もう、全部洗い流すしかなかった。


部屋に戻り、ズボンのポケットに手を入れる。


指先に触れたのは、あのキャラクターだった。


「これ、キーホルダーになるんだ……」


小さくつぶやく。


いつも一緒にいたくて、

私はそれを学校のカバンにつけることにした。


夏休みが終わる。


また、いつもの毎日が始まる。


久しぶりに立ち寄ったコンビニ。


片手にはカツ丼。


もう片方の手には、

あのキャラクターのキーホルダーが揺れていた。


お読みいただきありがとうございました。

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