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No.006 宿借
『宿借』
この家の玄関はいつも開けっ放しだ。
朝も昼も夜も、真夜中でさえも。
通勤途中にある家で、通りがかる度に中を覗いてしまう。
とは言ってもいつも真っ暗なのだ。
もしかすると、誰も住んでいないのかもしれない。
まるでヤドカリが抜け出した後の殻のように思えた。
残業で深夜まで会社に残った日があった。
件の家は今日も空いている。
「何覗いてんだよ」
意味がよく分からなかった。
「そこで待ってろ」
ドタドタとこちらに近づいてくる音がする。
状況を理解すると同時に私は逃げた。
後ろを振り返る余裕もなく走り続けた。
足音は聞こえない。
振り切ったのだろうか。
とにかく早く家に着きたい。
何でこんなことになったのだろう。
すぐに謝っておけばよかった。
考えても仕方のないことばかりが頭を過ぎる。
息も絶え絶えに、
辿り着いた、
私の家の玄関は、
開けっ放しだった。




