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No.005 看板

『看板』


〜小学二年生の夏〜


その頃、僕は友達がいない子どもだった。


元から暗い性格で取り柄もなかった。


親はとても厳しい人達だった。


毎日のように塾に通わされて友達と遊ぶ時間がなかった。


見たいテレビも見せてもらえず、旬な話題についていけない。


そんな状態が続けば、当然いじめの標的にもされる。


殴られたり物を盗られたりは当たり前だった。


そんな小学二年生の夏。


いつも通りの帰り道。


僕はある人と出会った。


「おい坊主!」


振り返ると、たまに見かける牛乳配達のおじさんだった。


「何ですか?」


「そのアザどうしたんだ?」


いじめっ子達から殴られた時のアザだと思った。


「転んだだけです」


「アザなんてないけどな」


「え…」


「いじめられてるんだろ?知ってるよ」


おじさんは学校にも牛乳の配達に来てて、


僕がいじめられているところを何度か見かけたらしい。


「いいのか?このままで」


「よくないよ。でも、どうしようもないんだ」


「まあ、そうだよな」


男ならやり返せとか、お前にも原因はあるとか、


そんなことを言われると思っていた僕は少し驚いて、


少し嬉しかった。


「おじさんも昔いじめられてな。どうしようもないんだよな」


「その時はおじさんもやられてるだけだったの?」


「いや、そいつらを倒すために毎日牛乳を飲んでたな」


「毎日牛乳を飲んで強くなったの?」


「ならなかった。でも骨は強くなるぞ!一本買ってくか!?」


「結局商売かよ!」


それからはおじさんと顔を合わせば話し込むようになった。


おじさんと話すのは楽しかった。


僕が人と話す楽しさを知らなかっただけかもしれないけど。


おじさんは物知りでたくさんのことを教えてくれた。


飛行機には反重力装置っていう凄い技術が使われてる話とか。


それが嘘だと気付くのはもう少し経ってから。


おじさんは自分の夢も語ってくれた。


「この牛乳を世界中に広めて、


俺をいじめたやつらを見返してやるんだ」


「僕もいつかいじめっ子達を何かで見返してやる!」


お互いに夢を叶えようと約束もした。


何もなかった毎日が、何かあるような毎日になった気がした。


こんな日々がずっと続けばいいのにと思っていた。


でも、続かなかった。


三日も会わなければ長い方だったのに、


もう一週間は会ってない。


おじさんは僕のことなんてどうでもよくなったのかな。


そう考えてしまう。考えたくなくても考えてしまう。


不安になればなるほど、不安になる。


ある日、僕は初めて塾をさぼった。


「ただいま」


「あら、今日は塾の日じゃないの?」


「休んだ」


「休んだって…体調でも悪いの?」


「今日は行きたくない」


「最近どうしちゃったのよ!成績も下がり始めてるし!」


「分かんない」


「もう変なおじさんもいなくなったんでしょ!」


「え…何でおじさんのこと知ってるんだよ」


「いや…お隣さんから聞いただけよ…」


「母さんがおじさんに何か言ったんじゃないのかよ!」


「…」


母さんは何も言わなかった。


僕はそれで全部分かった。


そのまま僕は怒りをドアに押し付けるようにして家を出た。


泣きながら、声ではない何かを喚き散らしながら、


ひたすら当てもなく走った。


いつの間にか僕は知らない公園にいた。


「どうしたんだい?」


一瞬、おじさんかと思った。


あの時のように振り返ると、知らないおじさんがいた。


それからの記憶は曖昧で後から聞いた話になるけど。


僕は誘拐されたらしい。


おじさんが助けてくれる。


何の根拠もないのに、心の中でそう信じていた。


おじさんは僕にとって、


ヒーローみたいな存在だったから。


すぐに犯人は逮捕された。


僕は怪我一つせず家に帰ることができた。


たまたま通りがかった人が警察に通報してくれたらしい。


おじさんは最後まで僕の前に現れなかった。


母さんと父さんから夜遅くまで怒られた。


この事件から僕は学んだ。


人生なんて、自分の期待した通りにはならないことを。


〜高校二年生の夏〜


俺は私立の高校に入学した。


中学の頃のことは語れない。


語るほどの出来事が何もなかったからだ。


何もない日々をただ淡々と過ごした。


この一行で済んでしまうから。


趣味は?休日何してるの?


こういう質問には答えられない。


何かに興味を持つということがよく分からなくなった。


得るべきを感情を、得るべき時に得られなかったのだろう。


運よくというか、いじめられることはなくなった。


休み時間に話せる友達も何人かできた。


でもたまにあの頃に戻りたいと思うことがある。


いや、心の底ではずっとそう感じているのかもしれない。


コンビニで買い物をしていたある日のこと。


この店でしか買えない限定商品です!


そんな売り文句で売られていた商品が目に止まった。


牛乳だった。


俺はおじさんの牛乳以外の牛乳は飲めなかった。


それでも久しぶりに飲んでみたくなった。


限定品という言葉の魔力なのかもしれない。


会計を済ませ、そのまま店の前で牛乳を飲んでみた。


俺は気づいたら涙を流していた。


飲んだことのある味。


懐かしい味。


あの頃の味。


それは紛れもなくおじさんの牛乳の味そのものだった。


何でおじさんの牛乳がここで売られているのか。


ただ味が似ているだけなのか。


頭の中の混乱を何とか落ち着かせようとしていると、


目の前の駐車場で業者の人がトラックの荷台の扉を開けた。


その中に今飲んだ牛乳が積んであった。


俺はどうしてもこの牛乳のことが気になり尋ねてみた。


「この牛乳ってどこのものなんですか?」


「〇〇ってとこだよ。昔は配達しかしてなかったみたいだね」


おじさんの牛乳だと確信した。


「どうしてこのコンビニ限定なんですか?」


「あそこに看板があるでしょ」


「牛乳瓶のですよね」


「そう、この牛乳を作ってる人との契約があるらしくてね」


「どんな契約なんですか?」


「この牛乳をこのコンビニにしか売らない代わりに、


この牛乳瓶の絵を看板にしてくれ。


それぐらいの価値はあるからって話みたいだね。


現にびっくりするくらいの売れ行きで大したもんだよ」


おじさんとの約束を思い出した。


「この牛乳を世界中に広めて、


俺をいじめたやつらを見返してやるんだ」


「僕もいつかいじめっ子達を何かで見返してやる!」


おじさんは夢を叶えるために、ずっと頑張ってたんだ!


それなのに…それなのに俺は!


おじさんがいなくなったからとか!


親からの期待が重すぎるとか!


全部周りの人のせいにして逃げてるだけだった!


その日もまたあの日ように、俺は泣きながら走り続けた。


〜大学二年生の夏〜


私は大学に入学した。


おじさんとはまだ会えていない。


牛乳の製造元を調べればすぐに会いに行くことはできる。


でも、それをまだするわけにはいかない。


私の方が約束を果たしていないから。


あれからいじめっ子達を見返すために何ができるか考えた。


色々なことに挑戦してみて、文章を書くのが一番楽しかった。


私に文才があるのかは分からないけど、


自分の書きたいものを書き続けようと思っている。


何かを頑張りながら生きられるのは幸せだ。


おじさんが教えたかったのはそういうことなのかもしれない。


もし私の書いた物語が有名になって、


たくさんの人に読んでもらうことができたなら、


おじさんに会いに行こう。


ずっとずっと先の話になるのか。


意外と近い日の話になるのか。


未来のことなんて分からないけど、


少しずつでも前へ進んでいければそれでいい。


気長に牛乳でも飲みながら。

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