No.019 手紙
『手紙』
〜白〜
「はぁ…かっこよかったな、あのヤギさん」
私はふと数時間前の出来事を思い出していました。
「いいじゃんちょっとぐらいさ〜!」
「やめて!離してください!」
「新鮮な紙が食べられる店知ってるからさ〜!」
「これ以上しつこくしたら警察呼びますから!」
「この女!下手に出てれば調子に乗りやがって!」
「きゃー!」
悪ヤギさんが私に殴りかかろうとしたその時でした。
「その辺にしとけよ」
「な…どうしてお前がこんなところに!?」
「お喋りしてる暇はない。
この場から消えるか、消されるか、どっちがいい?」
悪ヤギさんは血相を変えて逃げていきました。
「あなたは…?」
「言っただろ、お喋りしてる暇はないと」
私を助けてくれた黒ヤギさんもどこへ行ってしまいました。
〜黒〜
どうして、あの子を助けてしまったんだ。
こんなことをしてしまったら、
もうあの子を殺すことなんて出来ない。
〜白〜
翌朝。
「何だろうこの黒い手紙…差出人の名前が書いてない…」
君は狙われている。
誰にも見つからないようにどこか遠くへ逃げるんだ。
「何これ…気持ち悪い…」
その手紙は読んだ後にすぐ食べました。
〜黒〜
俺はターゲットを殺る前に相手を観察することにしている。
どんな奴も三日もあれば何かしらの非道徳な行動を取る。
ポイ捨て、信号無視、どんな小さなことでもいい。
それさえ確認できれば、俺は引き金を引くことができる。
でも今回は駄目だった。
あの子は誰かのためになるようなことばかりしている。
そういう奴は殺せない。
殺したく、ない。
〜白〜
その日は雨が降っていました。
「やだもう、雨降るなんて聞いてないよ!」
私は傘を持っていなかったので家まで全力疾走です。
「待て!君の家には近づくな!」
「え…」
振り返ると、あの時に助けてくれた黒ヤギさんがいました。
「黒い手紙を送ったのは俺だ!ここから早く逃げろ!」
「意味がよく分かりません!ちゃんと説明してください!」
「そんな時間はない!とにかく駅まで走れ!」
黒ヤギさんが私の手を掴んで引っ張ろうとしたその時でした。
「ちょっと…!」
銃声のような音が聞こえたと思ったら。
「いいから死にたくなかったら走…」
目の前で、黒ヤギさんが、倒れたのは。
〜黒〜
その日は雨が降っていた。
「最近の天気予報は当たらないな」
などとぼやいていると携帯が鳴った。
同業者の青ヤギさんからだった。
「ずいぶんのんびりと仕事をしているようですね」
「お前には関係ないだろ」
「いやー実はですね…」
誤算だった。
まさか契約期間中に別のやつにも殺しの依頼をするなんて。
しかもよりにもよって青ヤギさんとは。
おそらく青ヤギさんはあの子の家で待ち伏せするだろう。
あの子が家に帰る前に、俺があの子を見つけないと。
〜白〜
一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。
でもすぐに黒ヤギさんが撃たれたのだと理解しました。
「黒ヤギさん…!」
すると知らない青ヤギさんがこちらに近づいてきました。
銃であろうものをこちらに向けながら。
「困りますよ黒ヤギさん。獲物を逃がそうとするなんて」
「獲物…?」
「そうですよ。あなたは私たちから命を狙われています」
「私たち…?」
「私と、この、黒ヤギさんからです」
え…黒ヤギさんは私を助けようとしてくれたんじゃ…。
「いや…いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は逃げました。
「背中を向けるなんていい的ですよ」
パンッ。
そして今日二度目の銃声を聞きました。
〜黒〜
まさか自分が撃たれる側になるなんてな。
激痛で今にも意識が飛びそうだ。
「いや…いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あの子の声が聞こえる。
そうだ、まだ、死ぬわけにはいかない。
パンッ。
俺は薄れゆく意識の中で青ヤギさんの背中を撃った。
「な…まだ意識があったんですか…!」
「背中を向けるなんて…いい的だな…」
俺にはもう、痒いところを掻くことすらできない。
「さっさとくたばってくださいよ!」
青ヤギさんが俺の頭に銃口を定めている。
それが俺の最後に見た光景だった。
〜青〜
私は黒ヤギさんの頭に銃口を定めていた。
こいつを始末した後すぐにあの小娘を追う算段をつけていた。
私の仕事は完璧だ。失敗などあり得ない。
裏切り者を始末するのに躊躇なく引き金を引いた。
はずなのに、記憶が、ない。
それどころか何故、私は刑務所にいるのでしょうか?
〜白〜
私は恩人を見捨てようとしています。
黒ヤギさんは私を殺そうとしていたのかもしれません。
でも、命を張って私を守ってくれようとした。
それが私の見た、私の感じた、真実です。
その真実を無視するわけには…いきません!
えいっ!
大きめの石で青ヤギさんに一発おみまいしてやりました。
気絶かな…?気絶だよね…?そう!気絶です!
その後すぐに警察と救急車を呼びました。
〜黒〜
俺は病院のベッドの上にいる。
青ヤギさんは気を失ったまま警察へ連行されたらしい。
あの子は警察に保護され、安全な生活を送っていると聞いた。
あぁ、そういえばポケットにあの子からの手紙が入っていた。
この手紙を読むべきか、未だに迷っている。
俺は殺し屋だ。
これ以上あの子と関わるわけにはいかない。
手紙を読んでしまったら、決意が鈍るかもしれない。
いっそ読まずに食べてしまおうか。
〜白〜
今日は黒ヤギさんとの面会を特別に許可してもらいました。
ちゃんとあの手紙読んでくれたかな…。
でも恥ずかしいな…。
あぁもう!考えたってしょうがない!
私は黒ヤギさんの病室の扉を開けました。
〜黒〜
まさか面会に来るとは予想できなかった。
警察の粋な計らいということらしい。
余計なことをしてくれたもんだ。
「黒ヤギさん!お体の調子はどうですか?」
「だいぶ良くなったな」
「よかった!順調に回復してるみたいですね!」
「お陰様で」
「あ、あのー…」
「どうした?」
「手紙は読んでくれましたか!?」
「…」
「黒ヤギさん…?」
「読まずに食べちまった」
「え…えぇぇぇぇ!食べちゃったんですか!?」
「あまりにも美味しそうだったからな」
「もう…恥ずかしがって損しました…」
「でもあの手紙より美味しい紙がある店、俺知ってるんだよ」
「…あ!黒ヤギさん意地悪すぎますよ!」
その時俺は、久しぶりに笑っていた気がする。
〜白〜
黒ヤギさんへ。
私のことを二度も助けてくれてありがとうございます。
P.S.
刑務所から出られたら、ご一緒にお食事どうですか?




