エピローグ
あの日からティケの目に、俺の姿が映らなくなった。
それは、ティケが大人になってしまい、もう俺が必要でなくなった証拠だった。
(想像よりはずっと長く一緒に居られたけれど、それでもやっぱり早かったな)
眼下で内緒話をしている二人を見つめ、俺はため息をついた。もうあの輪に入れないと思うと、少しだけ悲しかった。
そんな二人を眺めていると、俺の中に眠る遠い記憶が呼び起された。
ティケは、かつては俺の妻だった。もう気が遠くなるほど昔の話だ。
小さな村の小さな家で、二人で細々と暮らしていた。子供はいない。決して裕福ではなかったが、俺たちはとても幸せだった。
ある日、村に大きな嵐がやってきた。
その年は国全土が大きな災害に見舞われ、どこもかしこも壊滅状態だった。王都でさえその被害は甚大で、地方にまで手が回らず、誰にも知られることなく消えた村がいくつもあった。
俺たちの村も例外ではなく、俺とティケはその災害で命を落としたのだ。村は激しい落雷の末、業火に飲まれてあっけなく焼失した。
不幸中の幸いだったのは、最後の瞬間まで二人で一緒に居られたことだ。
だけど、俺が今の姿になったのはこれからずっと後のことだった。
*
俺にはティケと二人、業火に焼かれて死んだ記憶があったし、その自覚もあった。だから豪奢なベッドの上で目を覚ましたとき、とても驚いた。
俺は伯爵家の令息になっていたのだ。いわゆる転生というやつなのだろう。その時の俺は、屋敷の階段から落ちたとかで意識を失っていたらしい。その衝撃で前世の記憶を取り戻したようだった。
もしかしたらティケもこの世界にいるのかもしれない。そう考え、何年も何年もティケを探したが、それらしい人には出会えないまま、タイムリミットの十八歳を迎えた。
両親との約束で十八歳までに自分で相手を見つけられなければ、ずっと婚約を保留にしていた四歳下の子爵家令嬢との縁談を進めることになっていた。
十年近く待たせてしまった子爵家には本当に申し訳ないことをしたと思う。もちろん万が一婚約が駄目になった際の補償や代替は用意していたけれど、本来ならもっと早くに子爵家から見限られる可能性だってあったのだ。
ここまで待ってくれた子爵家に俺は感謝し、俺はその日、彼女との婚約を決めた。
それから数年、俺と彼女は関係を深め、二十歳の時に結婚した。まもなく一男一女を儲け、平和に暮らしていた。
娘が五歳の時に、友人として隣の領地の子爵家令嬢を家に招いた。その時、たどたどしくカーテシーを披露した少女が、俺がずっと探していたティケだった。なぜだかわからないが一目見て、彼女がティケだとわかってしまった。
俺とティケの輪廻の輪はズレているのだ。
それから幾度となく輪廻転生を繰り返したが、俺とティケの輪廻の輪が合うことはなかったし、ティケは一度も俺のことを思い出さなかった。気が遠くなるくらい輪廻を繰り返し、俺が魔導士として生まれた世界線のとき、俺は初めて輪廻の輪から降りることにした。天才魔導士と言われた俺ならきっとできる気がしたのだ。そこで初めて俺は実体を持たない存在である幽霊(厳密には幽霊ではないが)としてティケの輪廻を見守ることに決めたのだった。
「……だれ、あなた……」
「俺の名前はビイェ。幽霊、だよ」
ティケが恋を知って大人になると俺の姿は見えなくなるけど、それでも彼女を静かに見守っていられるのならそれでよかった。ティケが幸せになることだけを俺はもうずっと願っている。
何年も、何百年も、何千年も、ティケを見送り続ける。その覚悟はもうとっくにできている。
「いつだって、俺は君の幸せを祈っているよ、ティケ」
もう少細かく説明した話を書くか書かないかで葛藤していますが、一応これで終わりです。
ビイェの輪廻の旅はもう少し続くかもしれないし、これで終わりかもしれない。
シリウスとフォルトゥーナはこの後もずっと仲良しかもしれないし、そうでもないかもしれない。
でもきっとみんな幸せになれると思います。




