表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騒がしい同居人  作者: 小桃 綾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/18

同居生活

<夏>

  はんかほしい


「………何これ」


 朝起きてパソコンを見ると、メモ画面に文字が残されていた。

 窓際で雀を見ている幽子さんを見ると、顔を赤くして消える。もう一度パソコンに残された文字を見て意味を考えた。

 ……あ、分かった! そうだよね、探してみる!


 猛暑の中お店をハシゴしても見つからず、作ってもらうことにしました。

 数日後、出来上がったものを受け取ってウキウキしながら帰宅しました。


「幽子さん買ってきたよ! 珍しいから出来合いのものはなくって、特注だからね!」


 鞄から取り出してお供え用のテーブルに置きました。

 『幽子』と刻まれた可愛らしいネーム印を。


 喜んで姿を見せてくれた幽子さんは──


 微妙な顔をしてまた消えていった。


「……えっ、なんでなんで!? これが欲しかったんでしょ! 自分の名前の判子って嬉しいよね? ……違った?」


 暫くして、パソコンに文字が打たれました。


  たくてんとはんたくてんおしえて


 あ、覚えてくれるの? 良かった、これで読みやすく………あ、半濁点も句点とどっちか分からなかったんだね。


 隣に現れてくれた幽子さんに入力方法を教えました。濁点と半濁点を打つ文字のところで助けを求めるみたいに私を見る。可愛いなぁ。

 キーを一文字ずつ確かめながら打ち込んで、入力されたメモ画面に残されていたのは──


  ぱんがほしい


 ……あ、そっちがご所望でしたか。でも、実は喜んでない?


 お供え物を置くテーブルに敷いた意思疎通用の紙。その隅っこに三つ押された『幽子』の印章を見てから幽子さんを見ると──


 顔を赤くしてまた姿を消した。


 宙に浮かんだままのネーム印。なんだか大事に抱きしめてるみたいです。



<秋>

 コンビニで買い物をして帰宅した。

 いつもは帰宅してお供え物を置いてからシャワーや晩ご飯の支度を始めるが、今日のお供えは後回しにする。


 シャワーを済ませ、晩ご飯も少な目にして食べ終わると、お湯を沸かして紅茶を二杯淹れる。

 コンビニで買ったものを冷蔵庫から持ってきて、紅茶と一緒にお供え用のテーブルと自分用のテーブルに置いた。

 湯気が上がる紅茶の横に置いたのは、小さなケーキ。


「今日、私の誕生日なの。一緒に食べて」


 食べようと思ってフォークを手にしたとき、急に部屋の照明が消えた。


「えっ、停電?」


 消えたのは照明だけ。横に置いてあるノートパソコンを見ると画面は明るいまま、内蔵バッテリーではなく通電で起動していた。


 前から音がしたと思ったら、ライターが点いて、線香に火をつけるための蝋燭に火が灯る。

 キーボードを叩く音も聞こえ、画面に残る文字を見た。


  おめでとう


 蝋燭の火とノートパソコンの明るさに照らされる薄暗い部屋。甘い匂いと暖かい空気に包まれながらケーキを食べた。


 ありがとう。

 さっきの見たら自分で線香も点けられそうだけど、線香は私の役目だからね。



<冬>

 クシュン!


 くしゃみで目が覚めた。寒すぎる。

 エアコンのスイッチを入れてまた毛布に潜り込む。今日が休みで良かった、部屋が暖かくなるまでのんびりしよう。


 ベッドに横になったまま窓の方を見ると、幽子さんはカーテンの前に立っていた。

 時間は6時半、カーテンの隙間から白い光が差し込んでいる。いつもなら日が昇るのと同時にカーテンを開けるのに、開けないでなんだかもにょもにょしている。どうしたんだろう。


 ……あ、昨日ニュースで言ってたっけ。もしかしたら……


 ベッドから出てフローリングに足を付けて、あまりの冷たさに驚いて足を戻した。スリッパを履いてから窓に近づいて、カーテンを開けてみた。……どおりで寒いはずだ。


 世界が白かった。


 今シーズン初めての降雪、からの積雪。いつも見る景色が白一色に染まって様変わりしていた。

 空は曇り空、雨天ではないもののベランダに雀の姿はなく、雀が日向ぼっこする柵には雪が積もっていた。


「すごい。真っ白だね」


 雪景色を一緒に眺めながら、隣にいる幽子さんを見る。白い死装束を纏って真っ白な世界を見るその姿に、一瞬昔話を思い出した。


 雪に触ってみようと思って窓を開きかけて、やめた。

 暖かい空気が逃げるからじゃなくて。

 幽子さんの白が、外の白に溶けそうな気がしたから。


「寒くないの?」


 そう聞くと、幽子さんは首を傾げた。


 夏、暑さは感じないと教えてもらった。冬の寒さも多分感じてない。暑さも寒さも、季節も、彼女には触れていないのかもしれない。

 それでも、今こうして一緒に景色を見ている。


 雪が降り続ける。

 ようやくエアコンで暖かくなってきた部屋の中で、年中ずっと薄い死装束の姿が心に残った。


 何か一枚、掛けてあげたい。

 そんなことを、ぼんやり思った。



<春>

 クシュン!


 くしゃみで目が覚めた。寒さが落ち着いて暖かい日が続くようになってきた。そして……


 クシュン! クシュン! ックシュン!


 窓を見ると、幽子さんがベランダの雀を見ていた。窓を開けて。


 昨夜薬を飲み忘れた。空きっ腹で飲むのは良くないから急いで点鼻薬で応急処置をする。この季節は面倒臭い。その名前を出すのもイヤになる。


 窓の外を見ると、柵の上の雀が足を畳んで体を下ろしてへちょっとしている。ホッコリするなぁ。

 もっと近くで見たいけど、くしゃみしたらきっと逃げる。そして幽子さんに睨まれる。しょうがない我慢しよう。


 出勤の準備をしようと立ち上がったとき、ベランダの柵越しに向こうが見えた。


 ピンク色に色付き始めた、桜の木。


 そういえば、この部屋に住んだ人はみんなすぐ引っ越したって聞いた。だから、きっと誰もやってないはずだ。


 ニュースを見ると来週まで保つらしい。今週末にやることを考えながら、私は出勤準備を始めた。


  ▼


 週末。雀が飛び立つのを見送って消えようとする幽子さんに声をかけた。


「消えるのもうちょっと待って」


 幽子さんが振り向いて首を傾げる。

 私はグラス二つと冷蔵庫から取り出した缶ビールを持ってベランダに出た。


「ここから見えるから、お花見しよう?」


 お供え用のテーブルも窓の近くに持ってきて、グラスにビールを注ぐ。幽子さんがお酒を呑むかは聞いたことなかったけど、こういうのは気分を味わうものだもんね。


 私が持つグラスをテーブルに置かれたままのグラスに軽く当てて、少し多めに一口呑む。程よい苦味と炭酸が喉を過ぎて一息つくと、身体の中の悪いものも吐息と一緒に抜ける気がした。

 横に視線を移すと、幽子さんはなんだかニコニコしている。


 ベランダから見える桜の木は遠くて、春の風が花びらを舞わせてもここまで運んではもらえない。それでも良かった。


 いつもと違う味わい。

 それはきっと、誰かと一緒に桜を見ながら呑むから…………


 うん、朝から呑むビールって美味しい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
微笑ましい関係になってきた同居人。 同居してから、早一年。 この同居人にも扶養手当が出たら良かったのになあ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ