お詫び
幽霊に怒鳴った翌日。
帰宅途中のホームセンターに寄って買い物をしました。
いくらなんでも怒鳴った内容が酷くて、もしかしたら元々怒ってた幽霊を更に怒らせたかもしれない。怖いけど……謝らないと。仕事でもプライベートでも、ミスしたなら怒られると分かっていても絶対に謝らなきゃいけない。怖いけど。
買い物を終えた帰り道。気持ちが落ち込んでいるせいか、買った荷物がやけに重く感じました。
自宅に着いて、シャワーや晩ご飯の支度よりも先に荷物を開ける。平たい箱から取り出したのは低くて小さな折りたたみテーブル。それを幽霊がいつも現れる部屋の隅に運んで、コップに入れたお水と、一緒に買ってきた鈴蘭の鉢植えをテーブルの上に置いた。
「昨夜は怒ってごめんなさい。仕事でムカつくことがあって……八つ当たりでした。貴女がこの部屋にいることは聞いてたけど、私が住める場所ってここしかないの。なるべく邪魔しないから、お願い。一緒に住まわせて」
返事はなく部屋は静かなまま。幽霊は深夜にならないと現れないから壁に向かって独り言を言ってるみたいになってる。でも自分が変なことをしているとは思わない。
──いるのは分かっているから。
その夜。
いつものように目が覚めて部屋の隅を見ると、幽霊が見当たらない。
……と思ったら、下の方にいました。
こちらに背を向けて、置いたテーブルの前にしゃがみ込んで、お水を入れたコップと鈴蘭の鉢植えをじっと見ているみたい。
喜んでくれるといいなぁ。
そう思いながら幽霊の背中を見ていたら、いつの間にかまた眠っていました。
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テーブルを置いて水のお供えをした日から幽霊が部屋の隅に立たなくなりました。毎晩テーブルの前にしゃがんで、コップのお水と鉢植えを見ています。
気に入って見てるならいいんだけど、『これは何?』って見てたら悲しいな。お水のお供えは仏様や亡くなった霊に対して凄いらしいんだよ? 詳しくは分かんないけど。
出掛けるときに見えた、お水の入ったコップと鉢植えだけのテーブルがなんだか寂しく見えて。その日の仕事帰りにクッキーを買って帰りました。
既製品じゃなくてケーキ屋さんで買ったクッキーだよ! きっと美味しいよ!
って、あれ……? 霊って喉が渇くからお水をお供えするんだよね。クッキーは余計に口がパサパサになっちゃう?
……いいや、こういうのは気持ちが大事っていうもんね。
クッキーをお供えしたその夜、目が覚めて部屋の隅を見ると……最初何が起きているのか分かりませんでした。
幽霊が、踊っていました。
しゃがみ込んでクッキーを眺めては、立ち上がって万歳したり手を叩いたり。着物の裾を少し持ち上げてくるくると回って、思い出したみたいにテーブルを見ては小さく跳ねて手を叩く。音も立てず、全身で嬉しさを表しているみたい。
嬉しくて、どうしていいか分からなくて、でもじっとしていられない。そんな感情がそのまま形になったような、可愛い踊り(?)でした。
踊っていた幽霊がクルっと回った瞬間、ベッドから見ている私と目が合ってしまって。こっちに背中を向けて動かなくなったと思ったら、静かに消えていきました。
うん。喜んでくれてたみたい。
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ある日、仕事中にふと思いついたことがありました。
出来るか分からないけど、試してみたい。
印刷ミスしたA4の紙の中から比較的無地っぽいものを一枚選んで、折り目が付かないようにクリアファイルに挟んで持ち帰りました。
帰宅して早々。持ち帰ったA4の紙をお供え用のテーブルに敷いて、分かれ道になるように中央に大きく Ψ を書く。右上には黒糖饅頭、左上にはチョコパイを置いて、100円ショップで買ったおはじきを一つ、真ん中の交差部分に置いた。
「好きなお菓子の方向におはじきを動かしてね。もし両方とも好きなら何もない真上、両方とも嫌いなら真下へ動かして」
照明を付けた明るい部屋で、何も見えない部屋の隅の壁に向かって話しかける。
実は真後ろにいたとかだと恥ずかしいけど見えないんだからしょうがない。きっと聞いてるだろうし、言葉もちゃんと理解してるはず。私が八つ当たりで怒鳴ったとき幽霊の視線が私の胸に落ちたのを見逃さなかったから。キーボードが打てるならおはじきも動かせるんじゃないかな。
まるで『コックリさん』と会話するみたいなやり方だけど、上手く意思疎通出来るといいな。
その日は珍しく朝まで目が覚めず、起きてベッドからテーブルの方を見ると……おはじきが真ん中辺りにあるのが見えた。
ダメかぁ、残念。
ガッカリしながら起き上がってコップのお水を替えようとしてテーブルに近づくと、なんだかおはじきの位置が……線の交差部分からほんの少しだけ黒糖饅頭の方に寄っているように見えた。
もしかして動かしてくれた? それとも夕べ置いたときからズレてた? ダメ、分かんない! よし、今夜は紙の真ん中におはじきを置く目印を書いて確かめ……あ! もうこんな時間!
おはじきの位置確認に時間をかけすぎた。大急ぎで身支度を整えて玄関のドアノブに手を置く。
「……行ってきます!」
振り返って声をかけても返事はなく、部屋は静かなまま。どうなるか分からないワクワク感を胸にしながら、私は玄関のドアを開けた。
紙に書いたのは Ψ(プサイ)。
機種依存文字かもしれないので念のため補足するとUとIを重ねたような記号です。
+ でも四択に出来ますが、『左右どっちも好き』の意味合いを強めるために左右を斜めに上げた形にしました。




