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騒がしい同居人  作者: 小桃 綾


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15/18

この人には

 手首を握られる感覚。


 身体に伸し掛かる重さ。


 耳の奥にこびりついた荒い息遣い。



 目を開けると真っ暗。動悸と息切れで頭がぐるぐるする。これが寝起きのせいか、目眩のせいか分からない。

 横を見ると、ぼんやりと光る幽子さんと目が合う。右手を握って心配そうに私を見ている。


「……ありがとう。幽子さん」


 朝4時。出勤で起きる時間ではないし、日の出の時間でもない。

 以前なら間違いなく起床時間まで寝直す時間に、身体を起こしてベッドから降りる。


 寝汗でびしょ濡れの身体を流すために浴室へ向かい、途中にある洗濯機にパジャマと下着を放り込む。隣室に音が響きにくい造りのアパートだけど、スイッチは日が昇ってから入れる。

 シャワーを浴びる。軽く洗えば済むのに、皮膚に何かが残っている気がして、少し長く流す。浴室から出て、ベッドに腰掛けながらタオルで髪の水気を取る。ドライヤーを使いたいけど音が大きいからまだ出来ない。


 そろそろ日が昇るのか、幽子さんがカーテンを開けて窓辺に座る。その姿を、タオルで髪を乾かしながら眺める。

 これがここ最近の朝。

 準備は終わる。けれど、この朝はこれからも続くのかもしれない。明日も、明後日も。


 余計なことを考えないように、今日の仕事を頭に並べる。出勤の準備を始めた。


  ▼


 今日の仕事は全員で三十分ほど残業して終わった。

 従業員の一人が「キリのいいところまで片付けて皆で帰ろう」と言っていた。職場の空気は『早く帰りたい』から『皆で終わらせよう』に変わっていた。


 上司を横目で見ると、パソコンを見たままだが口元がにこやかに見える。こういう職場の雰囲気は、きっと上司が求めていたものなんだろうな。



 他の従業員が帰ったあと、上司に声を掛けた。


「明日は出勤ですか?」


「いや、急ぎの仕事は片付いたし、本当に(・・・)休むよ。……よし、そろそろ帰ろうか」


 休日も出勤して仕事するほど真面目な上司。倒れられたら困るし、ちゃんと休んでくれるなら安心だ。


「あ、あの……少しお話してもいいですか?」


 立ち上がった上司が、また椅子に座り直す。


「うん、いいよ。どうした?」


 今まで誰にも話さなかった部屋(・・)のこと。言う必要のないことなのに、なぜかこの人には聞いてほしかった。


 私は引っ越してから頃のこと、そして、あの夜のことを話した。



「あのとき私は、元カレが、その、えっと……行為に、至る前に、一緒に住んでる幽霊に助けられたんです」


 最初の方は淡々と言えた。でも口に出すのが恥ずかしい内容になったら、俯きながら話した。上司は何も言わず、相槌を打ちながら聞いていた。


「頭がおかしくなったと思われるかもしれませんが」


「……うん、たしかに、信じにくいな。でもな」


 ?


「キミはいま、前と同じように働いてくれている。それが事実だ。キミが居てくれるから、僕は安心して仕事が出来るし、それで給料が貰えている。幽霊が助けたのはキミだけじゃないって、そう思うよ」


 聞いてくれた上司にお辞儀をする。

 ……本当にこの上司は。

 どこまで広い視野を持ってるのか。


 上司の懐の広さを感じながら、二人で帰路についた。帰り道は、私が幽子さんのことを話し続けて。



「あ、ちょっと待ってて」


 上司は途中のコンビニに寄ると、一分ほどで出てきた。


「これ、幽子さんのお供え用な」


 小さな饅頭と羊羹を手渡された。

 和菓子が好きだと言ったばかりなのに。本当に、優しい上司だ。


 家まであと数分の距離を、笑いながら二人で歩いた。

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― 新着の感想 ―
トラウマがぁ~。 毎朝こんな起き方だと体を壊しそうだな(・_・;) 大丈夫か、キミ。 うわ~、なんて出来た上司なんだ(≧▽≦) ここでお供え。 幽子さんの好感度もUpだ!
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