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騒がしい同居人  作者: 小桃 綾


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14/18

帰路

 あの夜から一週間が過ぎた。

 朝、アパートの前に止まるパトカーにお辞儀をして、職場に徒歩で向かう。


 職場に着くと、上司だけが席に座って仕事をしている。毎日始業一時間には出勤する、真面目な上司だ。

 

「おはようございます。一週間も休んでしまってすみませんでした」


「おはよう。電話でも言ったけど、ちゃんと口裏合わせてくれよ?」


「はい。あの……ありがとうございます」


 今日から出勤することは昨日上司に電話で話した。そのときに言われたのが……

『職場の皆にはインフルエンザに罹ったことにしてある』


 上司には元カレに襲われたことを話していた。

 でもそれを職場の皆にまで知らせる必要はない、それが上司の対応でした。


「体調に気を付けてもらうのは当然だけど、もし本当に罹ったら『違うタイプのインフルエンザに罹った』って言えば良いからな? お、この話は終わり」


「えっ? あ……」


 他の従業員たちが出勤してきて私に声をかけてくれる。


「最近流行り始めてるよね」

「無理しなくてもいいからね」

「今日は定時で終われるように頑張るよ!」


 皆がそれぞれの持ち場に散っていく。上司に頭を下げてから、私も自席に戻った。


 皆の優しさに泣きそうになるのを必死に堪える。これから仕事が始まるのに。


  ▼


 夕方、定時を報せる音楽が流れる。

 まだ繁忙期の最中なのに、今日の業務は全て終わった。終わるとは思っていなかった。

 一週間ぶりの職場はなんだか休む前と雰囲気が違った。

 従業員同士が頻繁に会話している。それは雑談ではなく、手が空いたからと言って仕事をフォローし合う会話。

 私も声を掛けられた。事務作業をやったことのない人だったので、ホチキス留めや封筒詰めをお願いした。簡単な雑務だけど、その時間私は違う作業を進めることが出来た。


 それは、職場が一つになっている雰囲気。


 休んでる間に何があったんだろう。そう思いながら帰り支度をしていると、上司に声を掛けられた。


「休んでたときの業務で引継ぎしたい内容があるんだけど、少しだけいいかな?」


 返事をして上司の席に向かうと、パソコンの画面を指差していた。


『皆が帰るまで、少し待ってくれ』


 文字を読んで、無言で上司に頷く。


 これは、このあと皆に聞かれたくない話をするということ。

 何を言われるのか分からないまま、帰宅する従業員たちに挨拶をしていた。



 職場に残るのが私と上司だけになり、上司のデスクの横に椅子を持ってきて座った。


「まずは、復帰してくれてありがとう。キミが居ると仕事の安心感が全然違うんだ。この一週間ずっと不安だったよ」


 いきなりの言葉に驚いた。まさかそんなことを言ってもらえるなんて。すごく嬉しかった。

 ……これは持ち上げてから落とすやつか。まだ安心してはいけない。


「いえ、私の方こそ、ありがとうございました。あ……休んでる間に何かありましたか?」


「仕事に関しては何もなかったよ。職場に関しては、まぁ、少しな」


 今日感じたあの雰囲気のことだ。一体何があったのか……


「キミが休んだ初日に朝礼で言ったんだ。『僕自身にも言うことだ。誰か一人に頼り過ぎるな。この職場は僕のものじゃないし誰かのものでもない。皆の職場だ』ってな」


 …………


「今までキミに頼りすぎていた。職場全体も仲は悪くないが繋がりが弱い。それをどうにかしたくってな」


「……そうですね。今までずっと『そういうもの』って思ってましたし、麻痺してたのかもしれません」


「この職場の中で、僕はキミを半身だと思ってる。そのくらい頼りにしてる。まぁそれも良くないんだけどな」


 ……何というか、すごく、ムズムズする。嬉しいけど、逃げたくなるくらい恥ずかしい。


「私が出来ることなら全力でやりますし、大丈夫ですよ。頼ってください。あ、無理なときはちゃんと断ります」


「ははっ。ありがとう、そうさせてもらうよ。それでな……」


 うっ、いよいよメインが来る。かなり持ち上げられたから落下ダメージすごいかも。


「今日から、帰宅するときは僕がキミを自宅まで送ろうと思ってる。迷惑なら断ってくれ」


 …………え?

 真下に落ちると思ったら変な方に飛ばされた。なにこれ?


「あ、あの……それはすごく申し訳なくて……」


「気を悪くしたりしないから嫌なら断ってくれ。でも遠慮なら、僕はキミを送る」


 実際、夜の帰宅が怖かった。

 警官のパトロールが増えたといっても、いきなり物陰からってこともありえるから。

 上司の言葉に感謝しながら、送ってもらうことをお願いした。


 上司の住まいは職場を挟んで私のアパートとは正反対の場所、そしてお互いに徒歩通勤。また同じ道を戻らせることになるのが、本当に申し訳ない。でも、私のアパートの場所を知っていて、それでも『送る』と強く言ってくれた。断る方が悪い気がした。



 二人で職場を出て歩き始める。アパートが近くなって、その前に停まるパトカーも見えた。

 上司はパトカーに近づくと、名刺を取り出しながら中の警官に声を掛けた。


「こんばんは。私はこの子と同じ職場の者です。帰宅は私が家まで送るようにしますので、今後よろしくお願いします」


 そうか、顔合わせしておかないと上司が不審者と思われかねないからか。よく気付くなぁ。


 警官との挨拶を終えた上司は、私の部屋のドアが見えるところまで一緒に来てくれた。


「それじゃ。お疲れ様」


「はい、ありがとうございました。お疲れ様です」


 上司は挨拶を交わすと、私が玄関に入るのを見ずにすぐ帰った。人が居ると不安にさせると思ったからかな。本当に、よく気付く人だ。

 胸が温かくなるのを感じながら玄関に入り、ドアクローザーに任せて閉める。



 ドアノブを掴んで閉めることは、まだ出来ない。

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― 新着の感想 ―
へ~、いい感じの上司さん……………。 気も遣えるし空気も読める。状況判断もちゃんとしている。 トラウマが残っているそれのフォローしている。 人生経験が長いだけの人じゃないよ、これ。
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