調書に書けないこと
女性警官は悩んでいた。
昨夜通報があった件、被害者と加害者の供述は一致した。
乱暴な雰囲気の加害者は最初『怪我を負わせられたから訴える』と喚いていたが、貴方が逮捕される側だと言ったら素直に自供した。
で、被害女性は襲われているところをフライパンで殴って反撃、と。
……抱きつかれた瞬間、真横のガスコンロにフライパンが乗っていたなら手も届くし掴んで反撃することも出来るだろう。
玄関から少し奥のシンクの上に、S字フックで綺麗に並んで吊るされたまな板や鍋、おろし金とピーラーがあった。その中に一本だけ何も吊るされていないS字フックがあったのが気になるが。
一番問題なのは──
『玄関ドアにもたれ掛かる加害者をフライパンで殴りながら、4.8メートル奥の炊飯器から白米を素手で掴んで加害者の頭に押し付けた』
両者の供述を聞く限り、それらは別々の行動ではなく同時に行われている。
絶対に手が届かない距離にも関わらずだ。被害者の他に何者かが存在した可能性がある。
そして、100度近く、少なくとも80度以上はあったはずの熱い白米を素手で掬った形跡があった。
被害女性の手指に火傷の形跡はなく、やはり何者かが存在した可能性が高い。
……素手でそれを掴もうと思いつくかは分からないが。
反撃に使われたフライパンと炊飯機のボタン、部屋のいたるところからも、被害女性の指紋しか検出されなかった。
ここまで別の指紋が出ないとなると、他の人物はいなかったと考える方が自然になる。
……被害女性は『幽霊と一緒に住んでいる』と言っているが、こんなことを調書に書けるわけがない。
幽霊がいることはあの部屋を管理する不動産屋が知っているらしいが、それで裏が取れても書くことはできない。
『幽霊が被害女性を助けた』
公的文書に書いてみたい気もする。同じ女性として夢のある話だ。
でも、警察官として現実的な仕事をしなければいけない。どうしたものか……
ボールペンを持ったまま動けない。
一呼吸した後。
書けない一文を胸の奥にしまい、彼女は事実だけを書き始めた。




