「魔力ゼロの無能」と婚約破棄されたので、義理の妹に全て譲って差し上げます。〜実は私が貴方の魔力暴走を抑えていたなんて、今更言われても知りませんが?〜
「リリアーナ・ベルンシュタイン! 貴様のような魔力ゼロの無能女との婚約は、今この時を持って破棄する!」
学園の卒業記念パーティー。
華やかな音楽がかき消され、張り上げた男の声がホールに響き渡った。
声の主は、この国の第二王子であるクレイス殿下。
金髪を派手に逆立て、自信に満ちた笑みを浮かべている彼は、私の婚約者だ。
いや、「元」婚約者、と言うべきか。
殿下の隣には、小柄で可愛らしい男爵令嬢、マリエ様が寄り添っている。 彼女は勝ち誇ったような瞳で私を見下ろし、わざとらしく殿下の腕にしがみついた。
「クレイス様ぁ、リリアーナ様が怖いですぅ……」
「案ずるなマリエ。僕が君を守る。この女がいかに性悪で、無能であるか、ここにいる全員が知ることになるのだからな!」
周囲の貴族たちから、私へ突き刺さる嘲笑と蔑みの視線。
「あーあ、やっぱり捨てられた」
「魔力を持たない『石ころ令嬢』だものね」
「マリエ様をいじめていたらしいわよ」
「王家の面汚しめ」
ヒソヒソと交わされる悪意の声。
本来なら、ここで私は泣き崩れるか、無実を訴えて縋り付くのが正解なのだろう。
あるいは、絶望のあまりその場に崩れ落ちるか。
けれど。
(──ああ、やっと終わった)
私の胸に去来したのは、深い深い安堵だった。
湧き上がりそうになる歓喜を必死に噛み殺し、私は表情筋を総動員して「悲痛な面持ち」を作る。
そして、静かにカーテシーをした。
「……謹んで、お受けいたします」 「は……?」
私の即答に、クレイス殿下が間の抜けた声を上げる。 私は顔を上げ、淀みなく続けた。
「殿下のご意志とあらば、私ごときが異を唱えることなどできません。婚約破棄の件、承知いたしました。今までありがとうございました」
「お、おい待て! 貴様、悔しくないのか!? 次期王妃の座を追われるのだぞ!?」
「私の能力不足ゆえの結果です。マリエ様のような素晴らしい魔力をお持ちの方が、殿下にはふさわしいかと」
淡々と告げる私に、殿下は顔を赤くして地団駄を踏んだ。 彼が期待していたのは、私が泣いて許しを請う姿だったのだろう。自尊心を満たすための生贄が、勝手に退場しようとするのが気に入らないのだ。
「ふ、ふん! 強がりを! どうせ心の中では泣いているのだろう! だがもう遅い! 貴様がマリエの教科書を破り、ドレスにワインをかけた罪は消えん!」
「……身に覚えのないことですが、殿下がそうおっしゃるなら、弁明はいたしません」
反論しても無駄だ。
教科書を破ったのはマリエ様自身だし、ドレスの件に至っては、彼女が自分で転んだだけだ。
だが、今の私にとって、そんな汚名はどうでもよかった。
重要なのは、「婚約破棄が成立した」という事実。
そして、「私が王子の側を離れる正当な理由ができた」こと。
私はドレスのポケットから、一冊の小さな手帳を取り出した。 黒革の、なんの変哲もない手帳だ。
「これは?」
「……私が殿下のお側にいた三年間、記録していた『管理日誌』です。もう不要になりますので、お返しいたします」
「はんっ! 無能な女の書いた日記など、ゴミ同然だ!」
殿下は手帳を乱暴に払い落とした。 バサリ、と手帳が床に落ちる。
(──ああ、捨てた)
私は心の中で、冷ややかに線引きをした。 これで、全ての条件は満たされた。
「それでは、私はこれで失礼いたします。……殿下、どうぞお体をお大事に。貴方様の魔力は、とても『活発』ですから」
最後通告はした。
私は踵を返し、出口へと歩き出す。
背後で、マリエ様が「きゃはは、逃げたー!」と笑う声が聞こえた。
一歩、また一歩。
殿下との距離が開くたびに、私の体は軽くなっていく。
まるで、鉛の重りが取れたかのようだ。
(……ごめんなさい、お父様。でも、私はもう限界でした)
私の名前はリリアーナ。
生まれつき魔力を一切持たない『無能』として、家でも学園でも冷遇されてきた。
だが、真実は違う。
私は『魔力がない』のではなく、『魔力を喰らう』特異体質──『呪い喰らい(カース・イーター)』だった。
周囲の魔力を無意識に吸収し、無効化してしまう体質。
魔力検査の水晶に触れても反応しないのは、注がれた魔力を一瞬で吸い尽くしてしまうからだ。
そして、クレイス殿下。
彼は『歴代最高の魔力量』と称えられていたが、その実は『制御不能の欠陥品』だった。
感情が高ぶると魔力が垂れ流しになり、周囲を破壊してしまう。
幼い頃、初めて出会った彼が癇癪を起こして暴走しかけた時、私が側に寄るとピタリと収まった。
それに気づいた国王陛下が、私を彼の『安全装置』として婚約者に据えたのだ。
それから三年間。
私は片時も殿下の側を離れず、彼が垂れ流す過剰な魔力を吸い取り続けてきた。
それは、汚水を飲み続けるような苦行だった。
殿下の魔力は、傲慢さと加虐性に満ちていて、吸い取るたびに私の内側が焼けるように痛んだ。
それでも、「将来の国のため」と耐えてきた。
『無能』と罵られても、何も言い返さずに。
けれど、彼が選んだのは、私を追放することだった。
安全装置を、自らの手で外したのだ。
(もう、私の責任じゃない)
出口の扉が見えてくる。 その時だった。
ピリッ、と空気が震えた。
「……っ、なんだ?」
「きゃっ、なに? 静電気が……」
背後で、ざわめきが起こる。
私は足を止めずに歩き続けた。
分かっている。
私が殿下から五メートル以上離れた。
『吸収』の範囲外に出たのだ。
「おい、待てリリアーナ! まだ話は終わって……ぐっ!?」
「クレイス様? お顔が赤いですわ」 「う、るさい! なんだ、体が……熱い……!」
殿下の怒声が、苦悶の声に混じる。
今まで私が吸い取っていた分の魔力が、行き場を失って彼の体内で暴れ始めたのだ。
だが、彼はまだ気づかない。自分の力が暴走しているなんて、夢にも思っていないだろう。
私は扉に手をかけた。
その手を、誰かに上から押さえられた。
「──待ちたまえ」
低く、どこまでも凛とした声。
心臓が跳ねた。
恐る恐る顔を上げると、そこには、銀色の髪に氷のような青い瞳を持つ、長身の男性が立っていた。
「……グレン、公爵様?」
この国の宰相であり、筆頭魔導師。
『氷の貴公子』と恐れられる、グレン・アークライト公爵。
パーティーの間中、壁の花と化していた彼が、なぜ私を?
「行かせないよ」
「え……?」
「やっと、その男から離れてくれた。この機を逃すほど、私は愚かではない」
グレン様は、凍えるほど冷たい手で、私の手を包み込んだ。
その瞬間。 彼の指先から、冷気がふわりと溶けていくのを私は感じた。
(……美味しい)
思わず、そんな感想が浮かんだ。
殿下のドロドロとした熱い魔力とは違う。
グレン様の魔力は、澄み切った清流のように冷たく、私の乾いた魂を潤していくようだった。
「……っ」
グレン様が、小さく息を呑んだ。
いつも無表情なその瞳が、驚きに見開かれ、次いで熱っぽい色を帯びていく。
「まさか……触れただけで、これほどとは」
「あ、あの、グレン様? 手を離していただき……」
「駄目だ。もう二度と離さない」
彼は強く、けれど壊れ物を扱うように優しく、私を引き寄せた。 至近距離で青い瞳が私を射抜く。
「リリアーナ嬢。君はずっと耐えていたね。あの愚か者の汚い魔力を、一人で処理し続けていた」
「……知って、いらしたのですか?」
「ああ。だが、君は王命による婚約者だ。私が介入する隙はなかった。……今までは」
グレン様は、ホールの中央で顔を真っ赤にして呻いているクレイス殿下に、冷ややかな視線を投げた。
「だが、契約は破棄された。君は自由だ。……ならば、私が貰っても文句はあるまい?」
「えっ、も、貰うって……」
「リリアーナ。私の屋敷に来てほしい。君がいないと、私はもう、眠ることさえできないのだ」
それは、国一番の英雄からの、まさかの求愛だった。
その時。 パリンッ!! 会場のシャンデリアが、突然砕け散った。
「う、うわああああああ!」
クレイス殿下が絶叫する。 彼を中心に、赤黒い魔力の奔流が渦を巻き、周囲のテーブルを吹き飛ばした。
「きゃあああ! クレイス様が!」
「ま、魔力暴走だ! 逃げろ!」
「おい、誰か止めろ! 衛兵!」
パーティー会場は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
マリエ様はとっくに殿下を突き飛ばし、必死の形相で逃げ出している。
「あ、熱い、熱いぃぃぃ! リリアーナ! どこだ、リリアーナぁぁぁ!」
理性を失いかけた殿下が、血走った目で私を探している。 本能で理解したのだろう。 自分が助かる唯一の方法は、私という『ゴミ箱』を再び手元に置くことだと。
私は恐怖に体を強張らせた。 だが、その視線を遮るように、グレン様が私の前に立った。
「見苦しいぞ、クレイス殿下」
グレン様が片手を軽く振る。
それだけで、殿下の足元から巨大な氷柱が出現し、彼を腰まで氷漬けにした。
「がっ……!? つ、冷た……!」
「君が捨てたのだ。今更どの面を下げて、彼女を呼ぶ?」
グレン様は冷徹に言い放つと、腰を抜かしている私を、軽々と横抱きにした。 いわゆる、お姫様抱っこだ。
「きゃっ!?」
「しっかり掴まっていて。……汚いものを見せてすまない。すぐにここを出よう」
間近にある美しい顔。
先ほどまでの冷徹さが嘘のように、私に向けられる瞳は甘く、蕩けるように優しい。
周囲ではまだ悲鳴が上がっているけれど、グレン様の腕の中だけは、信じられないほど静かで、心地よかった。
(──ああ、この人は)
私は直感した。 この人は、私の『食事』だ。
そして私は、この人の『薬』なのだ。
パズルのピースがカチリとハマるような、運命的な音が聞こえた気がした。
◇
その直後。 会場の入り口付近が慌ただしく開き、重々しい足音が響いた。
現れたのは、近衛騎士団を引き連れた国王陛下その人だった。
「──控えよ! 国王陛下の御成である!」
騎士団長の怒鳴り声に、逃げ惑っていた貴族たちが一斉に平伏する。
だが、唯一人、氷漬けにされたクレイス殿下だけが、半狂乱で叫び続けていた。
「父上! 父上ぇぇ! 助けてください! グレンが、この無礼者が私を氷漬けに!」
「……黙れ、愚か者」
陛下の一喝は、物理的な重圧となって場を制圧した。
赤ら顔で喚く息子を、陛下はゴミを見るような目で見下ろしている。
「国王陛下」
私を抱きかかえたまま、グレン様が優雅に頭を下げる。
その腕から降りようともがいたが、「危ないから」と更に強く抱き締められてしまった。
「遅くなり申し訳ありません。暴れ回る猿を一匹、捕獲しておきました」
「うむ。ご苦労だった、アークライト公爵」
「さ、猿ぅ!? 父上、なぜこやつの暴挙を許すのですか! 私は次期国王だぞ!?」
「『次期』ではない。『元』だ」 「は……?」
陛下の冷淡な言葉に、クレイス殿下の動きが止まる。
陛下は溜息をつき、騎士の一人に目配せをした。
騎士が恭しく差し出したのは、先ほど殿下が放り投げた、私の『管理日誌』だった。
「リリアーナ嬢」
「は、はい……!」
「これを書いたのはそなただな?」
「はい。……殿下の体調と魔力変動を記録し、万が一の暴走に備えるためのものでした」
陛下はパラパラとページを捲り、読み上げた。
「『四月五日、夕食時の癇癪により魔力漏出。吸収量・中。目眩あり』」
「『五月十二日、マリエ嬢との面会後、興奮による魔力波乱。吸収量・大。吐き気と微熱あり』」 「『六月一日、公務放棄によるストレス発散の暴走。吸収量・極大。……三日間、寝込む』」
読み上げられるたび、会場の空気が凍りついていく。
貴族たちは、真っ青な顔で殿下と私を交互に見ていた。
これが意味すること。
それは、殿下が『自制心ゼロの欠陥品』であり、私が『命を削って尻拭いをしていた犠牲者』だという事実の露呈だ。
「そ、そんな……嘘だ! それはその女のでっち上げだ!」
「黙れ! 王宮医務室のカルテとも照合済みだ!」
陛下の雷が落ちた。
ビクリと肩を震わせる殿下に、陛下は失望の色を隠さず告げる。
「余は、そなたにチャンスを与えたのだ。『リリアーナ嬢を大切にせよ』と何度も忠告したはずだ。彼女がいなければ、そなたはまともに息もできない未熟者なのだから」
「そ、そんな馬鹿な……私は天才で、選ばれた王で……」
「選ばれていたのはリリアーナ嬢だ! そなたではない!」
陛下は私の方を向き、深く頭を下げた。
国王が、一介の伯爵令嬢に頭を下げるなど、前代未聞だ。
「すまなかった、リリアーナ嬢。我が王家の恥を、そなた一人に背負わせてしまった。……三年間、よく耐えてくれた」
「へ、陛下、お顔を上げてください! 私は、ただ役目を果たしただけで……」
「その役目は、今日この時を持って終了とする。……クレイス」
陛下は冷酷に息子を見据えた。
「そなたが宣言した通り、リリアーナ嬢との婚約は破棄とする」
「あ……ああ、そうだ! そうだ父上! 俺はマリエと結婚するんだ! マリエ、マリエはどこだ!」
殿下が必死に首を巡らせる。
だが、愛しい恋人の姿はどこにもなかった。
代わりに進み出た騎士が、無情な報告をする。
「マリエ・ローズ男爵令嬢なら、混乱に乗じて会場から逃亡を図りましたが、先ほど裏庭で捕縛しました。『あんな化け物、こっちから願い下げよ!』と叫んでおりましたが」
「な……?」
殿下の顔が、絶望に染まる。
信じていた愛も、自身の才能も、全てが偽りだったと突きつけられた瞬間だった。
「ま、待ってくれ……嘘だ……俺は……」
「クレイス、そなたの王位継承権を剥奪する。魔力を制御できない者に国は任せられん。……北の塔へ幽閉し、魔力封じの首輪をつけよ。一生、そこで己の愚かさを悔いるがいい」
「いやだぁぁぁ! 父上ぇぇ! リリアーナ! リリアーナ助けてくれぇぇ! やり直そう! な!?」
氷漬けのまま騎士たちに引きずられていく殿下が、なりふり構わず私に手を伸ばす。 その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、かつての傲慢な美貌の面影はない。
私はグレン様の腕の中で、静かに彼を見つめ返した。
不思議と、何の感情も湧かなかった。
怒りも、悲しみも、同情さえも。
ただ、「ああ、終わったんだ」という、乾いた事実があるだけ。
「さようなら、クレイス殿下」
私の呟きは、彼の絶叫にかき消された。 扉が閉まり、騒音が消えると、会場には静寂が戻った。
「……さて」 グレン様が、陛下に向き直る。
「陛下。後始末はお任せしても?」
「うむ。……アークライト公爵、そなたの『呪い』の件も、それで解決するのか?」
「ええ。最高の特効薬を見つけましたので」
グレン様は私を見て、艶然と微笑んだ。
その笑顔の破壊力に、周囲の令嬢たちがバタバタと倒れる気配がする。
「リリアーナ嬢は私が責任を持って保護します。……誰にも渡しませんよ?」
「ふん。好きにするがよい。王家としては、これ以上ない恩返しだ」
陛下公認。
その事実に、私は顔から火が出る思いだった。
グレン様は満足げに頷くと、堂々と歩き出した。
出口へ向かうその背中に、もはや誰も嘲笑を浴びせる者はいなかった。
あるのは、圧倒的な強者への畏怖と、選ばれた私への羨望の眼差しだけだった。
◇
公爵家の馬車に乗り込むと、グレン様はやっと私を膝の上から……降ろしてくれなかった。
広々とした座席があるのに、なぜか私は彼の膝の上に抱え込まれ、背中からすっぽりと包み込まれている。
「あ、あの、グレン様? もう誰も見ていませんから、降ろしていただいても……」
「駄目だ。魔力が切れかけている」 「え?」
見上げると、グレン様の端正な顔が少し青ざめ、苦しげに歪んでいた。
彼の体から、凄まじい冷気が溢れ出している。
車内の窓ガラスが、ピキピキと音を立てて凍りつき始めた。
「ぐ……っ、すまない。普段は制御しているのだが、君に触れて……理性が揺らいでしまった」
「り、理性?」
「私の魔力は強大すぎる。常に自分自身を内側から凍らせているようなものだ。……寒くて、痛くて、眠ることもままならない」
彼は私の首筋に顔を埋め、震える声で言った。
『氷の宰相』。
その異名の裏に、こんな苦痛が隠されていたなんて。
「だが、君がいると……氷が溶ける。暖かいんだ」
「っ!」
首筋に熱い吐息がかかる。
同時に、彼の体から溢れる膨大な魔力が、私の体へと流れ込んできた。
(冷たい……でも、優しい)
クレイス殿下の時は泥水を飲まされるようだったけれど、グレン様の魔力は最高級のワインのようだ。
澄んでいて、甘やかで、私の『呪い喰らい』としての飢餓感を満たしていく。
私は無意識に、彼にしがみついた。
もっと欲しい。もっと吸い取りたい。
「……ふっ、いい子だ。もっと吸ってくれ」 「んっ……ぁ……」
ゾクリとするような甘い声。
グレン様の手が私の腰を撫で上げ、背中に回る。
吸収の効率を上げるため、接触面積を増やそうとしているのだ。
密着した体温。鼓動の音。
「リリアーナ。愛している」
突然の言葉に、私は目を見開いた。
「わ、私は、無能と言われた女ですよ? 家柄だって、公爵家には釣り合いませんし……」
「無能? 君は私の命を救える唯一の女性だ。家柄など、私がねじ伏せる」
「で、でも、今日初めて言葉を交わしたばかりで……」
「私はずっと見ていたよ。君が一人で耐えている姿も、その強さも。……ずっと、焦がれていた」
グレン様が私の顎をすくい上げ、強引に視線を合わせる。 その瞳は、氷のような青ではなく、情熱的な深い海の色をしていた。
「これからは、私のためにその力を使ってほしい。……その代わり、私の全てを君に捧げる。地位も、財産も、この命も」
「グレン、様……」
「返事は?」
断れるはずがなかった。
いいえ、断りたくなかった。
こんなに必要とされたのは初めてだ。
こんなに大切にされたのは初めてだ。
「……はい。私でよろしければ、お傍にいさせてください」
私が答えた瞬間、グレン様の顔がパッと輝いた。
まるで氷原に春が来たような、とびきりの笑顔。
「ありがとう、リリアーナ。……覚悟しておいてくれ。今まで我慢していた分、たっぷりと愛させてもらうからね」
言うが早いか、彼の唇が私の唇を塞いだ。
優しくて、でも貪るような口づけ。
私の口内へ、甘い冷気が注ぎ込まれ、私の体も熱く溶けていく。
窓の外では、雪が降り始めていたかもしれない。
けれど、この馬車の中は、世界で一番熱くて、甘い場所だった。
無能と蔑まれた私が、『氷の宰相』を溶かす唯一の愛妻になる。
そんな未来が始まるのは、もう間もなくのことだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
無能扱いからの逆転、そして氷の公爵様による溺愛、楽しんでいただけましたでしょうか? ざまぁされた王子とマリエはこの後、極寒の塔で仲良く(?)喧嘩し続ける日々を送るそうです。 リリアーナは毎晩、公爵様の「魔力供給」という名の甘い夜に付き合わされて、幸せな寝不足になる予定です(笑)。
「スカッとした!」「公爵様最高!」と思っていただけたら、 下にある☆☆☆☆☆を【★★★★★】にして応援していただけると、泣いて喜びます! 感想やブクマも励みになります!




