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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

異世界転生禁止令~令和8年:発令~現:令和12年6月6日 

作者: 流山忠勝
掲載日:2025/10/16

死ぬな。生きろ。

よろしくお願いします。



「とうとう昨日で3500万人を超えたらしい」

「何がだ?」

「察しはつくだろ?日本人の累計異世界転生者数だ」

「…それは、自殺者数の間違いじゃないの?」

「そうとも言えるな」

都会のあるボロアパートの一室で、二人の大学生、ヒロとユウキが会話を弾ませていた。

昔ながらのちゃぶ台でビールを片手に向かい合い、柿の種といったおつまみと昨今の話題を肴にありのままに語り明かす、それが彼らの日課だった。


某有名国立大学の研究チームとアメリカの専門グループは、「日本人限定で死後に魂は異世界に転生、もしくは、転移する」という、一見ばかげた中二病臭い論文を発表するに至ったのは、令和8年のことだった。


これまでのオカルトや神話を基に理化学的調査を実施し、科学的技術を使った異世界交信に成功したことが、その証明となった。

はじめの頃は誰も相手にしようとしなかったが、発表から2週間後に関係者を集めた実証実験が行われ、世界的科学雑誌に載せられたことから注目が集まるようになった。



だが、問題となったのはそれを知った日本国民の対応・行動であった。

昨今の世界的かつ社会的な情勢・背景に伴い、様々な生活上の不満を抱えていた者たちのとる行動は意外にも迅速だった。日本国内では異世界転生を目的とした自殺者が相次ぐようになった。

政府が急速に一丸となってこれを止めようと動き出したが、法案が緊急で可決される頃には数百万を優に超える骸が日本中に発生するというこの世の地獄が生まれていた。


自殺できなかった人が重い障害や精神病を患ったり、宗教上の問題から海外へ逃亡したり、残虐な事件が複数同時に起こったりと、世界トップクラスだったはずの日本の治安率や死亡率は格段に跳ね上がった。

今でこそ自殺対策課による国民全員のGPS搭載の義務化、ドローンや監視カメラによる統制、24時間体制による最新式緊急救護サービスの設置、ベーシックインカム制度の拡充といった政策により、当初よりは抑えられてはいるものの、未だに深刻な社会問題として根付いていたのである。


「なあ、ヒロ。なーんか、今でもバタバタ人が死んでいくよな。毎日毎日、ネットで見るニュースにうんざりしちゃうよ。暗いことしか出て来ない」

「昔よりはこれでも減ったさ。けど、今はどこも大変なんだよ。慢性的な人手不足と急速に減る人口。それによる個人に求められる負担の高さ…そりゃあ、一時の迷いだったとしても、死ぬことを選ぶ奴は大勢いるんだろう。ここにいるよりも、異世界でチヤホヤされたいんだろうな」

ヒロはビールを一口飲むと、テーブルの上にあった柿の種をいくつか手に取り、口に放り投げた。バリバリと心地の良い音が鳴り、また一口ビールを飲んでみる。これでようやく生きているような気がする、そんな快感に身を委ねながら、ふと思う。


「ところでさ、異世界っていうのにはこの缶ビールよりうまい酒があるのか?」

「さあ、知らない。そもそもビールのような酒あるのかも分からないし、ウイスキーや日本酒だってないかもよ?」

パシュと缶ビールをまた一つ開ける。

「日本酒はぜってーないだろうな」

「そうだね。でも、研究チームが言うには、異世界に転生した奴らは全員もれなくチートスキルってのが与えられるらしいよ。それで無双して金貰えたら、一生酒が飲めるかも」

「だとしてもこれじゃなきゃ意味ねーよ。結局、この缶ビールが一番美味いんだ」

喉をひんやりとした黄金の液体が通り、口から自然と歓喜の声が漏れる。

「ぷはぁ!うめぇ。これで十分俺は天国へ行けるぜ!」

「一時的だけどね。でも、確かに、異世界ってたくさん種類があるみたいなんだけどさー」

ユウキが饒舌に語り始める。

九羽の鴉が電線に着陸する。

「王道の剣と魔法を中心として、俺TUEEE、悪役令嬢もの、SFチックな近未来、ざまぁ系のような成り上がり、前世と同じ姿で転移のような種類もあるし、アンチや努力でのチート、恋愛主軸もあるらしい。もちろん、ハーレムとやらも」

「へぇ」

ヒロはダルそうに肴に手を伸ばしながら、「けどさ」と言葉を続ける。

「こっちの帰還方法とかはないんだろ?」

「えっと、稀にある人もいるらしいけど、本当にごく少数だよ。大半は二度とこっちには帰れない」

「じゃあ、やっぱ俺は無理だな」


天井を見上げながらヒロはまたビールを口に運ぶ。近くで子供が遊んでいるのだろう。楽しそうな声が聞こえる。

「家族にも会えねぇ。こっちみたいに必ずしも平穏とは限らねぇ。再現できるかどうかはさておき、うまい日本の飯もねぇ。ゲーム、小説、漫画、映画、イラストだってねぇ。もう日本やこの世界中の美しい景色だって見れねぇだろ。最悪、別の転生者との競争に負けるかもしれねーし。現地で返り討ちに合う可能性も零じゃねぇ。人じゃなくなって最悪な気分後悔する奴もいるだろうし、人を殺しまくる奴もわんさかいるだろう。それで病むやつだっているはずだ。結局、俺たちは故郷を見てないようで意外と見ている。思い出だって残ってる」

鴉が全羽飛び立ち、静寂が電線を包む。

「必ずしも転生したって全員が幸福になるとは限らねぇし、こっちだって行動すれば変えられる人だっていたかもしれねぇんだ。俺は今幸せさ。生きて酒が飲めるんだからよぉ。何かしら楽しみだってあるんだしな」

「まあ、今すぐ満たされたい人だっているとは思うけど…」

「それでも、こっちで頑張るしかねぇんだ。歯ァ食いしばってよぉ、毎日毎日考えて、行動して、滅茶苦茶少なくても希望を見つけて、自分をしっかり受け入れてよぉ、自分の理想の日常イメージ現実リアルにするしかねぇだろうが。茨の道でも、道なんだから踏み潰して進めばいい」

ヒロはすべてを悟った知識人かのように振る舞い、赤くなった顔のまま、ユウキを見つめる。


「まあ、俺個人がギャーギャー言えることじゃねぇんだけどさ」

「ハハハ。けど、ヒロらしいよ。なんか少しはマシになった気がする」

「そりゃどーも」

「ところで、今度の研究レポートはできた?」

「あっやべ、やってねぇ」

「えっ!?締め切り来週の月曜日だぞ!?今、土曜日…」

「あー、やっぱ転生してぇ」

「急に寝返んな!」


二人はそう叫び散らしながら、全く分からない未来など考えずにはしゃいだ。

真っ暗に染まっていく世界を背景に、部屋の窓から綺羅やかな光が放たれていた。





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