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7

 帰り道は、まだ帰宅ラッシュの前で、道はやや空いていた。

 就妖社に着くと、燎火は慣れた様子で車を車庫に入れて、私たちは一緒に裏口から社屋に入る。


「お疲れ、有栖。よくやったな。近いうちに、進捗確認の聞き取りをして進めていこうぜ。赤原さんがノッてくれれば、意外に早く就職決まるかもしれねえぞ」


「うううう」


 事務所まで続く廊下に、私のうめき声が響いた。


「……なんだよ」


「誠実って、なに? ……私なんか凄く偉そうじゃない? 人に向かって、誠実であれなんて言ったことないのに……ちょっと前に、燎火が粕村さんに言ってたから、耳に残っちゃってて……そうだな、誠実って大事だな、って思ってたから……」


「いいじゃねえか。その通りだろ」


 燎火の呆れたような声を聴きながら、額に手を当てる。


「偉そうな人間の言葉なんて、聞いてくれるのかなあ……言葉選び、気をつけないと……。最後のほう変なスイッチ入って、なんか知ったふうなことまくし立てちゃったし」


「そうか? おれは、いいこと言うなあと思ったぜ。あれだけ真剣に言えば、ちゃんと受け止めてもらえるさ。後は熱いうちに早く鉄を打つことだ。せっかくの演説が無駄にならねえようにな」


 恥ずかしさに、小さく歯ぎしりしながら赤面しつつ事務所に入る。

 デスクに着いてパソコンをスリープから起こしていると、燎火が「コーヒー入れてやろうか?」と訊いてきた。


「いいってば、そういうのは。あ、燎火が飲むからついでにってこと?」


「いや、有栖は少し休憩してな。おれは、日が暮れる前にもうひと仕事だ」


「燎火だけ? 私にできることがあればやるよ。運転もずっと燎火だったじゃない」


「なに、すぐ済むさ。……車を入れる時、やつの姿がちらっと見えたからな」


「やつ?」


 ぐるるる、と燎火が喉の奥でうなり声をあげた。

 金色の瞳が、ひときわ鋭利な光を放つ。


「有栖。今日これから、来客があるか? たとえば、訓練の卒業生とか」


「うん。生島さん、就職決まったんだって! 今日、報告書持ってきてくれるんだよ」


「そうか、あの親父がな……じゃあおそらく、その生島さんが狙われてるな」


「狙い? ……なにが?


 音も立てずに、燎火が床を蹴った。

 人のまばらな事務所の中を一足飛びに駆けて、窓にとりつく。

 素早く窓を開け、燎火はそのまま外へ飛び出した。

 相変わらず、そこには、何体かの妖怪がそぞろ歩いていた。


 その中の一体を、燎火が襟首を捕まえる。

 和服姿のおじいさんのような妖怪だった。

 ……あれ。この人、最近よく見かけたような……。


 捕まった妖怪はじたばたとあがくけど、燎火の手はびくともしない。


「よおし、動くなよ。特別サービスで、社内にご招待だ」


「は、放せ、犬っころが。わしにこんなことをして、ただで済むと思うのか」


「へえ、どうなるんですかねえ。そっちこそ、ずいぶんうちの生徒にちょっかい出してくれたみたいだけどなあ」


 燎火が、窓からではなく、玄関の自動ドアを開けて社内に戻ってきた。

 空いていた小会議室の中に、おじいさん妖怪と一緒に入っていくので、私も続く。


「あれ、来たのか有栖。休憩してろって言ったのに」


「で、できないよねこの状況で休憩は。この妖怪、どうしたの? うちの生徒にちょっかいって、なに?」


 燎火が、指先を揃えておじいさん妖怪を指し示す。

 その眼には黒目がなく、ピンポン玉のように真っ白だった。


「ああ。こちらのお方はな、呼び方はいろいろで、だらり坊とか、根腐りとか、うじんぼとか」


「なんだかあんまりよくない響きに聞こえるけど。特に前半」


「心配するな、非常に分かりやすい呼び名がある」


「そうなんだ。なんて言うの?」


 燎火が、嘆息して言った。


「怠け神」



 怠け神。

 その名前の通り、人間を怠けさせる。

 なかなか怠けない人間には、直接的に邪魔をする。

 たとえば受験勉強をしている人の部屋の外から、騒音や叫び声を鳴らしたり。

 そうして二三度邪魔をすれば、たいていの人間は集中力を乱されて、やるべきことをやらなくなってしまう。

 さらには人の夢の中に入ることができ、安眠を妨害する。

 これでさらにぼんやりしてしまう人間は、どんどん怠け者になっていく。

 ……そういう神様。


 燎火に、そんな説明をされてから。

 小会議室の中で、椅子の上に胡坐をかいてふてくされたおじいさんを、私は見つめた。


「それって神様というか……妖怪とかお化けなんじゃ……なんの意味があってそんなことを……?」


「日本でいう神は、西洋なんかの唯一神やその眷属とは違う。いわゆる八百万だからな。自然現象みたいなもんで、意味なんかねえよ。街角でつむじ風が巻いた時、なんの意味があるんだと風に問いかけても意味がねえのと同じだ」


 怠け神については分かったけど。


「で、でも、なんで捕まえちゃったの?」


「言ったろ。うちの生徒に、ちょっかい出したからだよ。道理で、いくらなんでも卒業生の就活が鈍過ぎると思ったんだよな。まじないのせいで校内には入れないから、下校後を狙ったわけだ。せせこましいというか、いじましいというか」


 ちょっかい……怠けさせる神様……


「えっ!? じゃ、じゃあ、パソコンコースのみんなの就活が全然進まなかったのって!? 妖怪が、妖怪にとり憑いてたの!?」


「まさしくこちらの神様の御仕業(おんしわざ)だ。だよなあ? 考えてみりゃ、受験生と並んで、就活生なんて怠け神にとっちゃ魚満杯の釣り堀みたいなもんだ。……だがな、ここで怠けたことが、今後の一生にかかわる人間だっているんだぜ」


 燎火がすごむ。

 けれど。


「ふんっ。お前が言うたんじゃろ、わしらは意味があって何事かを成すわけじゃないわい。知ったことじゃないな、人間にかぶれたやつらの行く末なんぞ。妖怪とは思えんほど隙だらけで、とり憑きやすかったわい」


「野郎……」


「ま、待って燎火。それじゃ、甲野さんや柴方さん、小田さんなんかも……」


「ああ。四の五の言って結局就活してない連中は、こいつのせいで怠けちまってたんだな。赤原さんもそうだろう。今日直に会って分かったが、怠け神特有の妖気の残滓が肩のあたりに残ってたぜ」


 燎火がじろりと怠け神をにらむ。


「ふへへ、わしを見くびるなよ。誰誰さん誰誰さんなんぞと選んじゃおらんわ、人のなりをしてるやつにもしてないやつにも、全員にとり憑いてやったわい」


 次々に、卒業生のみんなの顔が頭に浮かんでいく。


「……ガタロさんや塗密さんの就職が上手くいかなかったのも……」


「がははあ、そうよ! 河童の野郎の応募先の会社には、代わりに水鬼を推挙してやったのよ! 河童より強くて頼れますよってな! それに椀男のほうは、わしがこしらえた偽物の不採用通知を届けてやったら、簡単に騙されよった!」


 唖然とした後に、ふつふつと、怒りが込み上げてきた。

 なんてこと。

 なんてことを、するんだ。許せない。


「どうして……どうしてそんな、ひどいことができるんですか……人の気持ちを、ないがしろにして……」


 現世のハローワークで、待合室にひしめきながら、一生懸命に仕事を探す人たちを見てきた。

 私だって、再就職するまで、不安でたまらなかった。

 私を雇ってくれる会社がなかったらどうしよう。採用されたとしても、私の力不足で、期待外れだと失望されたらどうしよう。

 そんな思いをしながら就活している人たちに、なんてことを。


「ふん、大げさじゃのう! 働き口なんぞ、気楽に探せばよかろう! わしはむしろ、気負わずに生きていけるよう手助けしてやってるとも言えるんじゃぞ!」


「気楽……?」


 そう言ったきり、私の口からは言葉が出てこなくなった。

 求職活動は、珍しいことではない。必要があれば誰でも――今勤め先がある人だって――できるし、自分で自分を追い詰めてやることでもない。

 連続で不採用になれば誰でも落ち込むし、時には自分が誰からも必要とされない存在のように思えてしまうことはあるけど、本来、そこまで追い込まれるべきものではないはずだ。

 冷静に活動を進めるためにも、どこかに気楽さはあったほうがいい。

 でも、だからといって、他人が気楽に求職者の気持ちと活動を踏みにじっていいはずがない。


 そう、説き伏せてやりたかった。

 でもそれを伝えて、この怠け神が分かってくれるとは思えない。


 すると燎火が、怠け神の頭をわしづかみにした。


「ほーお。で、塗密さんに企業から送られて来た、本物の通知はどうしたんだ?」


「はっはあ、当然やつのねぐら近くで待ち伏せて、届くなりこっそり盗んで破いて捨ててやったわ!」


 燎火の目が、すうっと細くなる。


「お前本当に、人を怠けさせるためなら努力を怠らねえな。で、塗密さんは、審査は通っていたのか?」


「知らんのう! 中身まで見とらんからのう! だいたい妖怪が人間とともに働こうなんざ、片腹痛いわ! 人は人、妖怪は妖怪の分というものがあろう! 貴様ら貧乏くさい犬コロにちんくしゃの小娘、それもわきまえず――あたたたたた!?」


 見ると、燎火の指が、怠け神の頭に食い込んでいた。このままでは、潰してしまいそうだ。


「りょ、燎火!」


「生殺与奪を他人に握られてる時は、もう少し態度に気をつけたほうがいいぜ。……それになんだ、人と妖怪が共に働いちゃおかしいか。お前がそう思うなら、そっとしとけ。願い、望むもののために汗水たらしてるやつらの足を、引っ張るな」


「あだだだだ! わ、分かった、分かったああああ!」


「いいや、分かってねえなあ。このままお前を調伏してやってもいいんだぜ? 妖怪は人間みたいに死ぬことはねえが、死ぬほどの苦痛ってのはあるからなあ。まあ粉々になるまでぶちのめしても、どっかその辺で生き返るのが妖怪だけどよ」


 めりめり、と鳴る乾いた音を他人事のようにして、燎火の指にさらに力が込められる。


「分かった、わがりまじだあ! もうじばぜん! 悪いごどじばぜん! だがら、だがら痛あああああ!」


「燎火っ!」


 燎火が、ようやく手を離した。

 怠け神が、椅子からずり落ちて床にくずおれる。


「安心しろ、ここで木っ端みじんにしたりはしねえよ。なにしろお前には、悪事の実行犯として、支店長じきじきに取り調べとお仕置きしていただくことになるからな」


「お、おお……お仕置きだあ……?」


 息も絶え絶えの怠け神が、そう言った後、ぱっと目を見開いた。


「ま、待てや! ここの支店長って、大天狗の黒芙蓉じゃろうが!? じょ、冗談じゃない、あいつの仕置きなんて受けてたまるかい!」


「世の中、なかなか因果応報とはいかなくてなあ。悪党は要領よく罰を免れて、楽しく生きて行っちまうのが常ってもんだ。だが今回は、ちゃんと自業自得の目に遭わせてやれそうで、久々に溜飲が下がりそうだぜ」


「た、頼むわい! わしが悪かった! あ、あいつに追い込まれたら、わしなんぞ消えちまう! 消えてなくなっちまうよ! 助けてくれ犬コロ! 小娘ええええ!」


 まだ食い下がる怠け神を置いて、私たちは小会議室を出た。

 燎火が呪符を使って扉に封印を施すと、妖怪には中から開けられなくなる。


「ま、一度痛い目見れば、少しは心を入れ替えるだろ」


「うん……黒芙蓉支店長って、なんだか凄いんだね……」


 怠け神の怯えように一抹の動揺を抱えつつ、私は事務所へ戻った。

 そうかあ……黒芙蓉支店長は、怒らせないほうがいいんだな……。


 すると、事務所の窓から、見知ったシルエットが歩いてくるのが見えた。

 生島さんだ。


 さっきの小会議室とは別の小部屋を用意してあったので、手早く空調の入り具合などを確認していると、自動ドアが開いた。

 葵さんが、生島さんを私のほうへ案内してくれる。紙袋を手に下げた生島さんが、私に会釈した。


「生島さん、就職おめでとうございます! では、こちらへどうぞ」


「ああ、どうも。しかし就活ってのは時間のかかるもんだね、結局卒業から一ヶ月以上経っちまったよ」


 就職報告に必要な書類を書いてもらい、確認を済ませてから、なにげなく訊いてみた。


「生島さん、就活していて、なにかおかしなこととかありませんでしたか?」


「おかしなこと? そうだなあ、家で履歴書書いてたら、近くで祭りなんてしてないのに花火の音が聞こえたり、最近とんと聞かなくなった石焼き芋の声がしたり、なんだか賑やかだったな。あと、普段読まない小説やら雑誌がやたら気になって、手が伸びたりしたね」


 ……それらのうちのいくつか――もしかしたらほとんど――が、怠け神のせいだったのか……。


「それでもしっかり期間内に就職を決めて、ご立派です!」


「へへ、ありがとよ。古兎さんと燎火さんには、いいところ見せたかったからね。……あと、さ。燎火さん、いるかね?」


 書類が終わった後にあいさつするため、事務所に控えていたため、燎火はすぐに来た。


「お呼びでしょうか?」


 生島さんが、紙袋の中から、一回り小さい白い紙袋を出す。


「ああ、あのさ、……これ、信州にあるおれの故郷近くの和菓子屋のお菓子。『飯田庵』っていうんだ。こういっちゃなんだけど、デパートに店出してる一流店に勝るとも劣らない味だって、昔から思ってんだよね。こいつを――」


 おずおずと、生島さんが私たちに包みを差し出す。


「――こいつを、もらってくれないかな。二人にはお世話になったから、……受け取ってもらいたいんだ」


 贈り物を受け取る受け取らない、という話が生島さんとのトラブルだったことを思い出す。

 あの時は拒否した。

 でもこれは、あの時とは全くの別物だ。


「いただきます。いいよね、燎火?」


「むろんです。生島さん、ありがとう。大切にいただきます」


 生島さんは、照れくさそうにそそくさと荷物をまとめると、「それじゃ、ほんとに、お世話になりました」と頭を下げてきた。


 生島さんの再就職先は、今まで就いていた仕事の同業他社で、生島さんの経験を純粋に評価してくれ、相思相愛状態らしい。


 部屋を出て、自動ドアを出ていく生島さんを、燎火と一緒にお辞儀しながら見送った。


「生島さん、いい転職ができて本当によかったな……」


 そうつぶやいた時、後ろから声が聞こえてきた。


「生島って言ったなあ!? あの狸親父かあ! くそっ!」


 怠け神の声だ。小会議室から出られなくても、声はやたら大きくて、廊下中に響く。


「えっ? い、今の私の声が聞こえてたの?」


「怠け神は地獄耳だし、どうせ外の様子を伺ってたんだろ。ったく、やかましいな」


 燎火が、つかつかと小会議室に向かう。静かにするよう、注意しに行くのだろう。

 その間にも、怠け神の声は聞こえてくる。


「くそっ、くそっ! あの親父め、就職なんかしやがって! さんざんわしが邪魔してやったのに!」


 そういえば、そうだ。

 生島さんは、パソコンコース十名の卒業生の中で、唯一今日までに仕事を決めている。

 怠け神に打ち勝った、唯一の卒業生なんだ。


「くそう、お前らだよなあ、古兎とやらに犬神の燎火! わしはこの一月、何度となくあいつの夢の中に入って、就職なんかやめちまえと毎晩言ってやったんだぞ! なのにあいつときたら、寝不足のくせに毎日毎日なんかしら、なんとか書やらなんたらカードやらせこせこ書いて、働くための作業をしてやがった!」


 名乗った覚えがないのに、いきなり私たちの名前が出たので、びっくりした。

 そういえばさっき、何度か燎火の名前を私が口にしたけど。でも今の口ぶりだと、前から知っていたような?


 小会議室の前に着いた燎火が、低くうなって、ドアを閉じたまま室内に向かって言う。


「それは、生島さんは立派だったな。で? おれや有栖が、なんだってんだ?」


「ほかでもないわ、あの生島とかいう親父、夢の中であの手この手とわしが誘惑してやったというに! やれ『古兎さんに恥はかかせられん』やら『ここで怠けとったら燎火さんに合わす顔がねえ』やら、働く働くの一点張りよ! とんだ徒労だったわい!」


 小会議室の前、燎火に追いついた私は、金色の瞳と目を見合わせた。

 燎火が笑う。藪にらみになると少しおっかない金色の目は、けれど笑顔になると、ひまわりみたいにあどけなくなる。


 私はくるりと振り返り、足早に玄関の自動ドアへ向かった。

 ドアが左右に開くのももどかしく、まだそこに見えている生島さんの背中に向かって叫ぶ。


「生島さん、本当にお疲れ様でしたー!」


 ぎょっとした生島さんが振り返り、それから笑って手を振ってくれた。


「生島さんにいい就職が決まってよかったですー! ますますのご多幸とご発展を、お祈りしていまあす!」


 まるでメールの定型文のような、でもそれ以外に表現のしようがない気持ちを込めて、そう言った。

 そして、お互いに会釈しあって、生島さんは現世へ向かう道へと消えていった。

 小会議室の前に戻ると、燎火がドアに呪符を貼りつけ、防音の術を施しているところだった。


「有栖もなかなか、いい声が出るじゃねえか。ばっちりここまで聞こえてたぞ」


「えへへ、ここ一番ではね」


 それから私たちは一緒に給湯室に入り、お互いの紅茶を入れて乾杯した。

 なんとなく、今の華やいだ気分には、熱いダージリンがぴったりだと思った。


 事務所に戻ると、ちょうど、外出していた黒芙蓉支店長が戻ってきた。

 なぜか眉をVの字にして顔をしかめている支店長に、燎火が手短に顛末を離し、私が細かいところを補足する。


「なんと……怠け神とは。わたくしたちの天敵みたいなものではないかね……しかもすでに生徒が毒牙に……由々しき事態だ……二度とそんな真似ができんよう、支店長として、断固たる措置を取らねば……多少過激であってもやむを得まいな……」


 真面目な顔でそう言う支店長の右手がついと伸び、獲物を手に取る。

 木製の、硬そうなハリセン……確か、斬鉄丸っていったっけ。


「やつへの仕置きはほどほどにしといてくれよ。まだ聞きたいことあるから、存在ごと消し飛ばされでもしたら困るんだ」


「あい分かった。燎火、古兎さん、後のことはわたくしに任せまくりたまえ……絶対の改善を約束しよう……わたくしは楽観的に過ぎたかもしれないな、やはり迷惑妖怪には、予防だけではなく先制攻撃を……ククク」


 だんだん発言が物騒になっていく支店長に、燎火が


「なんで最後笑ったんだ」


 と突っ込む。


 それに答えずに、支店長が小会議室に向かうのを横目で見ながら。

 とりあえずみんなの就活状況は好転しそうだと、私と燎火はうなずき合った。


「そういや、黒芙蓉支店長の今日の外出な。派遣業のほうが全社的に上半期の売上目標に届かなさそうで、全支店長が強制的に本社に集められたらしい。偉いさんから直々に喝入れられたんじゃねえかな」


「それであのテンションなら……怠け神には、とばっちりなんじゃ……」


「一応釘は差しといたし、あんまり無茶なことはしないんじゃねえかな。たぶんだけど」


 支店長が小会議室に入った。

 そこでなにが起きたのかは、防音が施されていたので、私たちには分からない。



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