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権利あげます

陰の忠心(本物)【続編】

作者: ひかめさん
掲載日:2026/01/31

あまり深く考えてはいけません。

最後まで読んで頂きありがとうございます!

 

 キイィンッ

 

 鋭い一撃を防いだイーサン・アリスドールは寝惚けた頭が覚めると、自身が暗殺されかけたのだと知り酷くショックを受けた。

 そして、暗具を見事に弾いて暗殺者に向けられていた剣を下ろして、今にも踏み出そうとしていた脚の筋肉から力を抜いた。


「……?…んん!?ハッしまった!反射で防いでしまったのか!?なんと勿体無い!!!暗殺ならば爵位返上が叶ったというのに!」


 ではなぜ護身用の剣を置いているのか。賊の襲撃に対応できるようにである。暗殺なら爵位返上だが、賊に殺されても爵位返上はされないので、襲ってきたのが賊なら普通に反撃に出る。普通なら暗殺でも爵位返上ではなく血縁者に譲渡されるのだが、数代前の当主が新たな領地を賜った際に幾度となく暗殺されかけた。

 ただでさえ忙しいのに暗殺者に構っている暇はないと領地を返還か、暗殺された場合は子孫を含め爵位返上を認める内容の契約書の作成を条件として提示し、何故か契約書の方になってしまったのである。

 ただし、『当代の当主は含まない』とされてしまった為結局当時の当主は暗殺者を叩きのめす事になったのだが。


「……お前の首をこの国の太陽が望んでいるらしいぞ」


「まるで陛下のお心を代弁しているかのような言い方だな?」


「依頼主はそう考えている」


「陛下が私の首を欲しがるとは思えないが」


「…何故だ」


「先週陛下に謁見した際に、爵位返上を申し出たのだが非常に迷惑そうな様子であったからな。私の暗殺を企てていたとは考えにくい。むろん私ごときが陛下のお考えを理解しているなどという自惚れはしないが、その場で首を斬り捨てれば済む事だ」


「…他貴族に責任を押し付ける為かもしれないぞ」


「我が家が貴族派筆頭の高位貴族で陛下に要らぬ諫言ばかりしておればそうかもしれないが、うちは子爵家で代々完全な中立派で議会にも参加しない。暗殺を企てて得する家はほぼいない。領地くらいか。むしろそれこそ爵位返上を了承すれば済む話だ。暗殺などという手間で面倒で時間と金のかかる事をする必要はない」


「……」


「となると、可能性としてはディベート侯爵家かアッシュバーン伯爵家あたりだろうか。うっかり出席してしまった建国記念パーティーで、我が家があの家らより後に呼ばれたのが気に入らんかった様子だったからなあ」


 百五十年前より当時の半数程度の貴族達の要望によりはじまった、十年に一度の建国記念パーティーでは普段は爵位の低い順から入場するのに対し歴史の浅い家から入場する。

 建国から続くアリスドール家は四代前より最後から三番目の入場となっていた。が、アリスドール家は今年出席したのが実に百四十年ぶりだった。今まではどうしていたのか?

 最初の三回は招待状に欠席の返答をしていたが、「一部の貴族から謀反を疑われて対応が面倒臭いから連続で欠席の返答をしないでくれ」と陛下から溜め息と共に言われてしまい、欠席の返信は隔回でしかできなくなった。

 では、おとなしく出席するか。しかし、建国記念パーティーはどう頑張っても入場で悪目立ちしてしまう。欠席したい。


 仕方がない、ドタキャンしよう!


 そうして、欠席の返信ができない年は数日前に何故か子爵家の馬車が全て大破したり、うっかり毒草を食べてお腹を壊したり、突然の魔物の襲撃にあって対応に追われたり(偶然)、天候が大荒れで足止めにあい間に合わなかったり(偶然)、と何かしらの理由で欠席している。欠席の連絡をする家令に詫びの品を持たせて。

 欠席すると名は呼ばれない為、アリスドール家が建国から続く家柄であると知る者は年々少なくなっていた。そんな所で出席したものだから、『爵位は低くとも歴史では勝っている。見くびるな』と解釈した家は少なくなかった。イーサンは単純に建国記念パーティーの入場順序が特殊だという事を忘れていただけだったのだが。


「はあ……よりにもよってスタンピードがアリスドール領(うち)に向かって来なければ……こんな初歩的なミスを犯さなかったであろうに」


 そう、建国記念パーティーの招待状が届いた頃スタンピードが発生したのだ。規模としては小規模の部類であったが放っておけば当然死者が出る。冒険者ギルドでSランク冒険者をしている弟を強制召喚し、辺境伯にも連絡を取りどうにか無力化に成功した。

 そして、緊迫状態から解放された矢先返信期限がギリギリに迫った招待状を発見し、断る理由を考えるのも億劫だったイーサンは参加の旨を簡潔に記して返事を出したのだった。今年は欠席の返事ができる年だったのに。


「我が家が呼ばれた時のあの空気よ……その後ランディール公爵家と王家が呼ばれるから多少は有耶無耶になるが…まあ、今年の視察について直接話せたのはよかったか」


 手紙では伝わりづらいニュアンスの確認を早めにできたのは重畳だった。今年は作物の実り方に僅かだが違和感があったのだ。もしかすると、例年とは異なる気候となるかもしれない。豊作なら良いが、不作…凶作となれば死人が出てしまう。そうなると、やることが増える。

 当主として民の生活を守らなくてはならない、という義務感もそこそこに、最低限は持ち合わせているが、イーサンは、仕事が嫌いだった。只でさえ多いのにこれ以上増やして堪るかと常々考えている。

 日に五回ある素晴らしい紅茶を堪能する時間がなければ耐えられないだろう。自分で淹れてもこの世のものとは思えぬ不味さになってしまうから、他者に頼むしかなく、皆が口を揃えて『仕事の合間や終わりだからこそこの美味しさだ』と言うから、朝食などはコーヒーやハーブティーや水にしているが…やはり朝から紅茶も素晴らしい気がするな……来世で打診してみるか。


「まあ、ともかく、他にもうちを疎んじている家はあるが、君のような真っ当な暗殺者を雇うには金と人脈が必要だからな。この二家が有力候補だ」


 護身用の剣を拾う様子もなく、無防備この上ない態度のイーサンは、恐怖も後悔も敵意もなく、むしろ期待のこもった目を暗殺者に向けた。






 なんだ真っ当な暗殺者って。暗殺が仕事な時点で真っ当な訳がないだろうが。というか、家に繋がるものは一つも持ってないのに雇い主がバレたぞ!どうなってんだよこいつやる気ない癖に頭切れすぎだろ!!!


 イーサンよりも余程真っ当な感性を持ち合わせていた暗殺者は心の中でツッコミをしていた。


「まあ何でもいい。またとないチャンスだ!さあ一思いに斬ってくれ!できれば掃除が楽になるよう返り血は少なめで頼む。君の腕なら十分可能だろう」


「……」


 まっったく殺す気が起きない。

 一度暗殺を防いだ武器を床に捨て「さあ!一思いに斬ってくれ!」と言われて殺すのはあまりにも解せない。ちょっとプライドが傷付く。


「…………金を貰っていない」


「うん?」


「依頼主はケチな奴でな。普通は前金を寄越してくるのに直前になって成功報酬に変えてきやがった。だから、最初に交わした契約は成立していない」


「随分と阿呆な事をしたのだな。その場で君に殺されても文句は言えんだろうに」


 何で依頼主じゃなくてターゲットが理解してるんだ。   

 暗殺者は頭が痛くなった。


「俺は金がいる」


「そうだろうな。生きるためには人間全てに当てはまる事だ。君の仕事は暗殺なのだから、私の首を跳ねれば金が手に入るぞ」


「……今年譲渡されたカナン領代官の後継者がまだ見つかってないらしいな?」


「ああ」


「俺を代官として雇うのはどうだ?」


「君を?」


「俺は物覚えは良い方だ。情報収集の為にある程度のマナーも身に付けているし、過去にはある貴族の執事として雇われ政務に関わった事もある。あんたが言うなら暗殺だってやってやる。どうだ?」


「暗殺はいらんな。そういうのは王族や高位貴族に必要な手段だ。我が家のようなただ続いているだけの子爵家には過ぎた力だ。過ぎた力は身を滅ぼし爵位返上に繋がるがあんまり血生臭いのはなあ。戦乱の世の中でもあるまいし」


 陛下や暗殺者に首を差し出すのは血生臭くないのか。


「それに我が家が管理する領地の代官になるとバーディ伯爵家を敵に回す事になるが良いのか?」


「……は?」


「バーディ伯爵家は王家に対する忠誠心が…イカれ…いや、尋常ではない程に高くてな。心酔していると言ってもいい。なので、代々爵位返上を申し出て、面倒な事業や研究結果などを権利事丸投げする我が家門の事を蛇蝎のごとく嫌っているのだ」


「……そのバーディ伯爵家とやらと暗殺に何の関係がある?」


「バーディ伯爵家は王家直属の暗部の締め役だろう。他にも暗部はあるのだろうが組織の締め役から嫌われたら動きにくくなるかもしれんぞ。それでも良いのか?」


 いやいやいや、何で子爵家なんかが『梟』の事知ってるんだよ!陛下お抱えの影だぞ!金がいるとかとぼけた意味ねぇじゃねぇか!!!侯爵家が報酬払わなかったのは事実だけどさ!


「先程から気になっていたんだが」


「なんだ」


「君、ルカ・バーディじゃないか?ルイズ・バーディの弟の」


「―――!?」


「どこかで会ったような気がしたんだ。これでも他者の言動を覚えるのは得意なのだが、流石はバーディ家。声も口調も仕草も違うから時間がかかった」


「いや気づくのがおかしいわ!何でわかった!?」


「……あのーアレだ、アレ……あの…名称が出てこない………君が暗器に纏わせていた」


「……魔力か?」


「それ!それだ!魔力に覚えがあってな、君がルイズ・バーディに代わって授業を受けていた時に何度か実践演習で組んだ事があるだろう?漸く思い出してな」


「……」


 ルカは絶句した。そして全ての演技やこじつけた理由が泡と化した。何より『梟』は、特殊な魔力操作技術を持っていて他人の魔力を自分の魔力と混ぜる事ができる。これにより警報魔法具(登録されていない魔力を感知して警報をならしたりする)にも引っ掛からない。授業とさっきじゃ魔力の印象操作をしているからわかるはずがない!!!それこそ、魔力の《ゆらぎ》と称される些細な変化を感じとる事ができる、優れた魔力感知能力がなければ無理だ。…………こいつに、あるのか?『梟』のメンバーだって習得するのに五年は掛かる技術を?

だが、寝ぼけた状態で暗殺を防げるくらいだからな…実力は本物か……ウォールウィリー辺境伯当主から認められているのは知っていたがこれほどとは…。


「うん?そうなると陛下が私の暗殺を望んでいないのにバーディ家の者が私を暗殺する訳がないな…結局何をしに来たんだ?まさか暗殺はフリで我が家に潜入する事が目的でもあるまい」


 そのまさかだよ!


「まあ、ちゃんと仕事をしてくれるなら雇うのは吝かでもないが」


「……は?」


「探られて痛い腹もない。我が家は代官が見つかる上に、仮に何かあれば暗殺され爵位返上が叶う!実に素晴らしいではないか!!!」

 

 連日徹夜明けの人間だって言わないようなふざけた台詞を言う奴に正体がバレたのかと暗殺者―ルカは己の未熟さが悔しくなった。


『イーサン・アリスドールは本当に本当に腹立たしい奴だが後ろ暗い所が一つもない。本当に貴族かと疑うレベルで何もない。唯一と言える陛下に対する不敬については本当に忌々しいが陛下がお赦しになっている以上我々は手出しできない。

 遺憾な事だがあいつは一撃目はほぼ間違いなく防ぐだろう。だがその後はこちらのプライドを折りに来ているとしか思えない程に潔く首を差し出してくる。それで首を斬っても喜ばせるだけだ。本当に腹立たしい!それに…………認めたくはないが、あの家が没落すると我らが陛下及び盟友であるランディール公爵家の負担が激増する……仕事はできるのだ。仕事は…何故だ……。話がそれたが、それなら依頼は失敗したと報告して侯爵を焦らせ尻尾を出させた方が陛下のお役に立てる。侯爵は自分が雇った暗殺者がバーディ家の者だとは微塵も考えておらん。あれで策士を気取っているのだから呆れるが、表面上の小細工は上手い。アリスドール家を餌に使えば釣れるだろう。ついでにアリスドール家に潜入して他家の動向を探れ。あそこは情報収集にはうってつけだ。爵位は子爵だが隣接する領地は男爵から侯爵までさまざまだからな』


 兄でありバーディ家の当主であるルイズが苦々しい表情を隠しもせずに言っていた内容を思い出す。




後日。


「ふむ、終わったか。ではこれが次の仕事だ」


 カナン領の代官―ライアンは処理済みの書類を確認して頷くと新たな山をルカのデスクに置いた。


「はあ!?どんだけあるんですか!当主様仕事してるのですか!?」


「無礼ですよ。当主様はやる気は爪の先程もありませんが、我々の倍は仕事をなさっておいでです。そもそも、ここの代官として私が任命されるまでは当主様がなさっていたのです」


「……」


 ルカは絶句した。そして少しばかり同情を覚えた。これの倍の仕事量なんて確かに爵位返上を考えたくもなるだろう、と。


 実際は貴族という立場そのものが面倒で、例え仕事量が減っても爵位返上を辞めない事をこの時のルカは知らなかった。


「当主様は貴族としての野心も向上心もプライドすらもありませんが、実に真っ当な仕事をなさっておいでです。本当に無理なら仕事量を減らして貰えるでしょう。どうしますか?」


「……無理だとは言ってません」


「そうですか。では、定時まで後三時間ありますからやれる所までやってください」


 ルカは悔しそうにしながらも再び書類に対峙した。




「中々骨のある若者ですね。鍛え甲斐があります」


「ほう、ライアンがそこまで褒めるとは将来有望だな」


 領地視察に訪れていたイーサンはライアンから報告を受け感心感心と頷きながら、紅茶を嗜む。


「ですが、暗殺者を代官として良いのですか?」


「おかしな事を言う。お前もそうだろうが」


「…気づいておいででしたか」


「父上も同じ目にあったと聞いてな。消去法でお前だ。時々足音がしないのを不思議に思っていたが合点がいった。バーディ家も人材派遣をしてくれるならもっと穏やかに書面で知らせるか、いっそのこと暗殺して乗っ取ってくれれば良いのに」


「表向きは目立たないのが信条です故」


「はあ…立場上仕方ないとはいえ定期的に没落する上に領地も持たないとはなんと羨まし……いや、だが義務や制約が多すぎるか……折角没落しても貴族として復活しなければならないなど何たる苦行…私には耐えられないな。バーディ家の者達の忠誠心や忍耐力には畏れ入る」


「……アリスドール家は専属の諜報機関を持たない筈なのですが…本当に恐ろしい事です」


 バーディ家はやや王家派よりの中立で歴史は古くもなければ浅くもなく、領地持ちでもないため『旨味もないが害もない』というのが社交界での立ち位置だ。実は名前が変わっているだけで、血筋だけは建国から続いているなど王家とランディール公爵家以外は知らない事実。たまに勘づく当主もいるが証拠までは掴ませず、のらりくらり躱していると言うのに。


「自然に没落している家を参考にしようと学んでいたら関係性に気づいただけだ。わざわざ言いふらす事はしないから安心していい」


 そこで言いふらせば暗殺されるのに、と思ったがライアンはにこりと微笑んで紅茶を注ぐ。


「相変わらずライアンが淹れる茶は至高だな!」


 何の躊躇いもなく紅茶に口を付け嬉しそう笑うイーサンにライアンはそっと肩を竦めた。




誤字報告ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
「権利あげます」からシリーズ読んで面白かったので筆者様の他の作品を読もうと思ったら、「アリスドール」の文字が見えて読んでみました。 この作品は「権利あげますシリーズ」ではなかったので見落とすところでし…
領地を切り盛り出来る人が補充されて、子爵家が存続年数ますます延びてるのが面白いです。
子爵家シリーズめっちゃ面白いのです
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