4.『試し』・2
ポロの指先からファイアアローが放たれたとき、アリスの中で時間が止まったような気がした。
何が来ても真正面から叩き潰す。
そう思っていた。
だが、襲い掛かってきたのは、超々高密度のファイアアロー。
ついさっき、応接室で浴びたマーリン様の殺気とは違う。本物の死の気配だ。命の危機に、脳がフル回転していた。
咄嗟にアリスは目の前に氷の盾を全力で展開した。
「アイスシールド!」
炎の矢と氷の盾がぶつかり、轟音を奏でる。しかし、炎の矢の勢いはそがれない。氷の盾を徐々に溶かし、貫こうとしていた。
「くっ……。やあああああああああああああああ!」
叫びながら、氷の盾を傾ける。それは間一髪の判断だった。炎の矢は盾を貫いたが、アリスが傾けたために、軌道は逸れて、彼女の背後の魔鉄木を貫いた。
「お、お嬢様! 大丈夫ですか!?」
サンドラが心配してアリスのもとに駆け寄る。しかし、アリスはそれどころではなかった。
貫かれた魔鉄木を見てアリスはただただ目を剥いていた。
嘘でしょ? 魔法耐性のある魔鉄木を貫くなんて、そんなこと可能なの?
当たっていたら、確実に死んでいた。いや、避けれたのも奇跡と言っていい。
何ものなの? この子。
「だ、大丈夫か!?」
ふと、ポロのほうに視線を戻すと、彼は青い顔をして慌てふためいていた。
「良かった。無事か。すまん、やりすぎた」
「やりすぎた? 勝負なのに、やりすぎたもなにも無いでしょ」
強がって見せたが、声の震えを抑えるので精一杯だった。足は小さく震えていた。
「い、いや。今のだと、『試し』が出来ないだろ? じいとやる時と同じ感覚でいたぜ。そうだよな、じいじゃないんだから、もっと威力落とさないとな」
そこで、ようやくアリスは彼の言っている『試し』と自分の言う『手合わせ』が違うことに気が付く。
「……ねえ、試しって何?」
「はあ? お前がやろうって言ってきたんだろ? お互いに、同じ威力の魔法を打ち合って対処しあって、対応しきれなくなった方の負け。魔法の戦術を『試す』のが『試し』だろ?」
「……なるほど。手合わせとは決定的に違うのね」
「いや、『試し』=『手合わせ』じゃねえの? えっと、これくらいか」ともう一度、ポロはアリスに指を向けた。
アリスは思わず身構えた。
「ドン!」
再度飛んでくる炎の矢。それは、何段階も威力が落とされたものだった。
「アイスシールド!」
アリスが氷の盾を展開すると、今度は問題なく防げる。
それを見て、ポロは嬉しそうに笑った。
「よし。これくらいの威力だな。じゃあ、やろうぜ、『試し』」
その時、アリスは怒りに震えていた。舐められてる……。いや、彼にそんな気は無いかもしれない。だが、こうも堂々と手加減してやる宣言をされるなど、これまで味わったことのない屈辱だった。
「ふ、ふふふ」怒りに自然と笑みがこぼれる。「いいわ……。コテンパンにしてあげる」
「おう。そうこなくちゃな」
「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」とサンドラが聞く。
「ええ。下がっていてちょうだい。こうまで舐められてて引き下がれないわ」
二人は向かい合い、集中力を高めた。
「次はそっちが、いつでもどうぞ」とポロが言った。
ふぅ、と息を履いて、アリスはポロを睨んだ。
「後悔させてあげる」
アリスを中心に、冷気が渦巻いた。周囲の温度が、数度下がったのを、ポロはその肌で感じ取る。
まるで空気が凍り付いて実体化するかのように、アリスの周囲に氷の棘がいくつも浮かび上がる。
「アイスショット!」
氷の棘は、一斉にポロに向かって飛んできた。その一つ一つに対して、ポロは炎の矢を放ち撃ち落としていく。
負けじと、棘を追加するアリスだが、それも撃ち落とされる。しかも、余裕の表情で。正確無比に。
(うそでしょ? そんな正確に魔法使えるなんて、どんな精度してるの? いや、相手はマーリン様の弟子、か。舐めてたわ。撃ち合いしててもしょうがない。なら、ちょっと卑怯だけど)
撃ち合いながら、アリスは足元に魔力を流す。そして、それをポロの足元までつなげた。
「上がれ!」
叫び、ポロの足元から氷柱が昇り、彼を襲い、勝負は決着する。
と、アリスは思っていた。
だが、何も起きない。
「なんで!」
思わず叫ぶ。
「足元対策はしてるっしょ!」
炎の矢を撃ちながらも、ポロはそう答えた。
彼の足元を見れば、確かにそこには、岩が張っていた。
(いつの間に!?)
だが、驚く暇も無い。その岩から、角のような物が形成されていることに気が付いたからだ。
その角は、勢いよくアリスに向かって射出された。
「くっ……。アイスシールド!」
氷の盾を斜めに構え、沿わせるようにして岩の角を弾く。
生半可なやり方じゃ、この子に勝てない。マーリン様を連れていくためにも負けるわけにはいかないのだ。
「仕方ないわね。団長には、禁止されてるんだけど……」
アリスの頭上に、巨大な氷塊が浮かぶ。
「わお」と感嘆をこぼすポロ。
「本気で行くわ。悪く思わないでね」
「もちろん。それでこそ『試し』」
アリスは氷塊を勢いよくポロに振り下ろした。ポロの表情から余裕が消える。彼が展開したのは、炎の槍を五つ。
それを氷塊に向かって放つ。本来は、それでどうにかなるような魔法ではない。そうアリスは自負していた。だが、相手はマーリン様の弟子だ。もう油断はない。
一本の炎槍が、氷塊ぶつかる。威力はそがれるものの、破壊されるほどではない。だが、二本三本と、一本目がぶつかった場所と寸分たがわない場所にぶつけられる。
そして、四本目で、ひびが入った。
「まじ? いや、そうよね」とアリスは驚きの中で納得する。
「ふん!」
五本目の炎槍をポロが放つと、氷塊は空中で弾けるように砕けた。
「まだまだ!」
アリスが空中に手をかざすと、四方八方に砕けた氷が、一斉にポロの方に向かって落ちていく。
「一方向からじゃなくて、全方向からならどうするの?」
「なっ?」
その時、ポロは本当に驚いたような顔をしていた。だが、すぐに彼は自分を中心に守るように球体状に炎の膜を作った。
氷はその膜にぶつかると溶けていく。
その間に、アリスは走っていた。
「そうよね。全方向から攻撃されれば、全方向から守ればいい。だけど、じゃあ、そこに一点突破の攻撃ならどう!?」
その手には、巨大な氷の槌が握られていた。
「アイス、ハンマー!」
槌は、炎の膜を破り、少年の顔に叩き込まれようとした。
ポロは即座に、炎の槍を作り出し、ハンマーに打ち付ける。
衝突した二つの魔法は互いに砕け散り、氷の破片が宙を舞った。
アリスは咄嗟に、氷の槌が砕けて出来た氷の破片に、また手をかざした。
「あ。そっか」とポロが呟いた。
その時には、ポロの周囲を、氷の破片が囲んでいた。
氷塊を壊した時とは違う。
もっと近くに、その氷の破片たちは漂っていた。ポロが何かをするよりも早く、アリスはその氷でポロを切り刻むことができる。実践なら、間違いなく勝てる場面だ。
「はぁ、はぁ。……降参?」
ポロはあきらめ両手を上げた。
「降参。まいったよ。そうだよな、破壊した氷も操れるんだもんな」
その言葉に、アリスは笑みを浮かべた。そして、飛び跳ねて言った。
「や、やったーー! やりましたよ、サンドラ。私の勝ちです! これで、マーリン様の協力を得られます!」
「え、ええ。そうですね、お嬢様」とサンドラは少し困惑したように言った。
「じいの協力? そういや、あんたたち誰?」とポロが聞いた。
「そういえば、私たちのことを話してませんでしたね。帰りながら、説明させていただきます」とサンドラが言った。「では行きましょう、お嬢様」
そう言ってサンドラは歩き出す。
それをアリスが慌てて追いかけた。そのあとを、ポロもついて来る。
「サンドラ? 何を急いでるの?」
「いえ……。それより、気付きましたか?」
「え、何に?」とアリスが言った。
「あのポロと言う少年、さっきの戦いで、一歩も動いていません」
「え?」
確かに、思い返せば、彼は一歩も動いていない。もっと避けたり、距離をとったり、とにかく位置を変えながら戦えばもっと有利に立ち回れたはずだ。
「それに、お忘れですか、お嬢様。彼の最初のファイアアローの威力を」
「あー……。それは……」
かんっぜんに忘れていた。もしも、終始、あの威力で来られていたら……。まあ、控えめに言って死んでた。
「一体、彼は何者なの?」とアリス。
「さあ、マーリン様の弟子だからと言って、あれほどの威力の魔法を放てるようになるのでしょうか?」
しかし、そのことは一旦忘れることとした。
「とにかく、勝ちは勝ちです。マーリン様の所に戻りましょう」