2.アリスとサンドラ
じいと呼ばれていた老人が、町に帰ると、一人の衛兵が迎えてくれた。
「マーリン様。お疲れ様です。グランドオーガは無事に?」
「おう。ポロが一撃でな」
「そうでしたか」と衛兵は辺りを見回した。「で、そのポロは?」
「ほっほっほ。わしに喧嘩を売ってきよったから返り討ちにしてやったわ」
「へえ。ポロでも、流石にまだマーリン様には勝てねえか」
それにマーリンは何も答えず、横を通り過ぎようとした。
「ああ、待ってください。あなたにお客人が来ています」
「客?」
「ええ。王都から来たそうで、正式な書状も持っていましたので、町長の屋敷の応接室に通しましたが、お会いになられますか? 追い返してもいいですが」
「いや、書状を持っていたのならあったほうがよかろう。あとで何を言われるかわからんしの。他に、何かあるか?」
衛兵は首を横に振った。
「いえ、ありません」
「うむ。では行くとするか」
それからマーリンはゆっくりと、町長の屋敷に向かった。
屋敷に入るとメイドが迎えてくれて、応接室に案内してくれた。
そこで待っていたのは、二人の女性だった。
一人は、メイド服を着ていたが、さっき案内してくれたメイドとはまた違ったメイド服だ。ツインテールに、優し気な顔だち。それから、なにより豊満な胸に、引き締まったウエストに目がいった。
眼福じゃのお、とマーリンは心の中で鼻の下を伸ばす。
もう一人は、王都の魔法騎士の制服を着ていた。金髪のショートカットと凛とした顔だちに、その制服はとても似合っていた。またスリムで無駄のない洗練された体つきをしていて、それは洗練された調度品のように、見るものに感嘆の息をつかせた。
彼女はマーリンを見ると立ち上がり、最も丁寧なお辞儀をした。
「初めまして。魔法騎士団に所属しております。アリス・フロストと申します。あなたがマーリン様でございますか?」
「うむ。そうじゃよ。初めまして。フロスト家のご息女がこんなおいぼれになんの御用かな」
「そんなおいぼれなどと。かの大賢者はご健在でしょう? こうして目の前にして、衰えが全くないと分かります」
「世辞はよいよ。用だけ頼もう。老人の身体をいたわっておくれ」
アリスはマーリンに一枚の紙を渡した。
「最近、各地で特殊個体の魔物が数多く確認されるようになりました。今はまだ、現地だけで対処できていますが、この調子で特殊個体が増えていくと、対応できない地域も出始めてきます。そうなる前に、まずは王都周辺だけでも特殊個体の対応を終わらせ、原因の解明を急ぐこととなりました。つきましては、マーリン様に、王都に出向いてもらい特殊個体討伐のお手伝いをしてもらえれば、と騎士団長より仰せつかってまいりました」
「ふむ。まあ、簡単に言えば、王都まで出て魔物を討伐しろ、とそういうことじゃな」
「はい」
とアリスが頷くが、マーリンは考えることもしなかった。
「断る」
「な、なぜでしょうか?」
「わしはもう疲れた。ここで余生をゆっくり過ごしたいのじゃよ」
「な……。そんな身勝手な理由で。国の危機なのですよ?」
「しらん。それに、わしは若いころにやることはやったわい。それとも、なにか? わしを引きずってでも連れていくかな?」
その瞬間、アリスは恐ろしいほどの殺気を肌で感じた。思わず、生唾を呑み込み、拳を強く握りしめた。
横に立っていたメイドも、アリスの身を守るように彼女の前に手を出した。
マーリンが笑うと同時に、殺気は消え失せた。
「ほっほっほ。冗談じゃ、冗談。お前らをどうこうするつもりはないよ」
アリスは緊張が解けないままに聞いた。
「しかし、来てはくれないのですよね?」
「そうじゃのお……。では、一つ、条件を出そう」
「本当ですか? マーリン様が来てくださるなら、どんな条件でも」
「そうかそうか。では、今、魔鉄木の森にお前と同じ年頃の、わしの弟子がおるのじゃがな。そいつと腕試しをしてこい」
「で、弟子ですか?」
「うむ。お前が、わしの弟子よりも強ければ、一緒に王都にいってやろう。じゃが、もし、お前がわしの弟子より弱いなら、わしではなく弟子を王都に行かせる。どうじゃ?」
ニヤリと笑うマーリンとは対照的に、アリスは真剣な顔つきになっていった。
「それは、本気でやってもいいのでしょうか?」
「うむ。もちろん」
「怪我をさせてしまうかもしれませんよ?」
「いい薬じゃ」
その返事を聞いて、アリスは内心で笑った。きっと、このご老人は私の実力を勘違いしている。これでも、国一番の魔法学校を首席で卒業している。自慢するわけではないが、騎士団の中でも、かなり実力があるほうだ。
相手を直接見てないから何とも言えないが、かの大賢者の弟子とはいえ、勝率は五分くらいはあるのではないだろうか?
ならばやってやろう。
「そのお言葉、忘れないでくださいね」
「うむ。忘れんよ」
「行きましょう、サンドラ」
アリスがメイド、サンドラに言った。
「いいのですか? お嬢様」
「仕方ありません。それとも、あなたはあの大賢者を、力尽くで動かせると思いますか?」
「いえ、それは……。ですが、それだとお嬢様のお立場が……」
心配するサンドラを横に、アリスは安心させるために笑って見せた。
「大丈夫です。私の実力を証明すればいいだけですから」
「……分かりました。お嬢様」
そうして、二人は出て行った。
一人になった部屋で、マーリンは笑う。
「ほっほっほ。やはり、若者はあれくらい威勢が良くないとな。ポロの奴が良い影響を受けるといいんじゃがな」