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「思い出したわ。 あなたは、いつもエリカにくっついていた訓練生ね」
「だから見覚えがあったのか」
中国のヒトとラテン系の人が、ボクのことを思い出したらしい。
そんなとき、近くで大きな物音がする。
「話はあとだ。 もうすぐヤツらが来る」
ヘルメットのヒトが武器を構えた。
「ここからは時間との戦いです。 みなさんのオメガとボクのオメガを同期させてください。 みなさんのことを知らないと、うまく動けないですから」
「そうね」
「いま送るよ」
「後ろは任せるぜ」
ボクは通信機能を切り替えて、IPMIのオメガとリンクさせる。
これで、メンバーの名前や得意ポジションなどが把握できるようになった。
「3人のお名前は、エリアスさん、カトリーヌさん、チョウさんですね」
で、最後のひとりは――
「グラント⋯⋯」
ヘルメットのヒトの名前とそのヒトのオメガを見て、ボクは息を止めた。
――どうして、ここにあの人がいるの?
「マオ、いまは戦いに集中しろ。 あとでゆっくり説明してやるから」
「⋯⋯うん」
ボクとヘルメットのヒト⋯⋯グラントとのやり取りを見ても、残りの人たちは何も言わなかった。
たぶん、あの人たちはあの日のことを知っているんだ。
「では、みなさんの配置は初期ポジション主体でお願いします。 ボクはGから左DWに上がるので、右DWはカトリーヌさんにお願いします」
ボクが指示を出していると、いきなりエリアスがため息をついた。
「もう少しリラックスできないのか?」
「リラックス?」
「これからお互いに命を預けることになるんだし、もっと肩の力を抜きなよ」
「あなたの緊張がこっちにまで伝わってきて、とても戦いにくいのよね」
世界中の精鋭が集まった部隊の指揮を手伝っている。
初めてのことで緊張していたから、動きも話し方もぎこちなかったかもしれない。
「ごめんなさい。 こういうのは初めてだったから⋯⋯」
「オレたちはチームで戦ってる。 マオが対応しきれねぇ部分はフォローしてやるから、マオは昔みたいに戦え」
ボクのことは見てないけど、グラントがあの時みたいに励ましてくれた。
「前衛は任せたよ、グラント」
それだけで、プレッシャーから解放された気がする。
「みんな、敵が来るよ!」
カトリーヌさんの言葉が合図になって、ボクたちはオメガを握る手に力を込める。
「グラントの突貫と同時に、エリアスはタケヤの脚部を狙って。 ボクはキサイを引き付ける」
「わたしは後方で援護するわ」
「アタシはマオのサポートでいいよね」
全部説明する前に、みんながボクの考えていたことを口にする。
やっぱり、IPMIはレジスタンスとは違う。
「タケヤが顔を出す。 もう仕掛けるぞ」
「お願い」
グラントが物陰から飛び出した。
続いて、エリアスが自分のオメガ『サタナス』をハンマーモードからガトリングに変形させた。
「キサイは右から回り込んでくるよ」
「カトリーヌさんとボクでアイツに取り付こう。 キサイまでグラントが受け持つと負担が大きいから」
「わたしはスキを見て部位破壊を狙うわ」
ボクは、自分のオメガ『マリアキリング』の出力を上げる。
目を覚ましたマリアキリングのアマガツが、歌うように駆動音を奏でた。
カトリーヌさんは、2機ひと組のオメガ『ラ・ヴォワザン』をハンドガンに変形させて、くるくると回す。
チョウさんは、廃ビルの中に潜んでスナイパーライフルに変形した『大西皇帝』をタケヤの方向に向けている。
「合わせろよ、エリアス!」
「おうよ!」
軽快なステップで瓦礫を登ったグラントが、瓦礫から這い上がってきたタケヤの頭めがけて大剣を振り下ろす。
タケヤは装甲が硬いから、あの一撃でも大したダメージにはならない。
けど、姿勢を崩すには十分。
「どんなに装甲が厚くても、関節は守れねぇだろ」
エリアスが、サタナスのガトリングから吐き出される弾をタケヤの脚部に浴びせる。
弾幕によって装甲の薄かった左膝が破壊されたタケヤは、そのまま膝をつく。
「このままオレがダメージを与える。 エリアスは後続を叩け」
「任せろ」
右の大剣、左のアックスと、交互に振るうオメガを切り替えながら、グラントはタケヤにダメージを与えていく。
「ボクが低めにいくから、カトリーヌさんは頭を狙って!」
「わかった!」
ボクは握りしめていたマリアキリングを逆手に持ちながら、姿勢を低くして走る。
キサイは足でボクを踏み潰そうとしたけど、ボクはマルセイユルーレットの要領で体を回転させて攻撃をかわしつつ、走るスピードを落とさないままキサイの懐に潜り込んだ。
「なんてハイレベルなマルセイユルーレットなの!?」
聞こえたのは、感心したようなチョウさんの声。
「姉ちゃんについていくために、たくさんトレーニングしてたからね」
逆手のマリアキリングを瞬時に切り返しながら、キサイの右前脚、装甲が薄い足首の関節を叩く。
「おい、刀なのに抜かねえのか?」
ボクが扱うマリアキリングを見て、エリアスは不思議そうにしていた。
「ボクのマリアキリングは刀じゃないよ。 これは、姉ちゃんのオメガ『エシュンニキリ』の鞘に、射撃用のパーツを組み込んだカスタム機なんだ」
姉ちゃんは、足の速さを活かした機動力、巧みな武器さばきに、達人級の居合い斬りを持ち味としていた。
エシュンニキリは、そんな姉ちゃんのために仕立てられた専用機で、親機で攻撃用の刀身と、子機で防御用の鞘の2機でワンセットの機体として開発された。
「その鞘だけ、残されていたのね」
チョウさんが、的確な狙撃でタケヤの装甲を壊しながら言う。
思っていた通り、IPMIの誰もが、姉ちゃんが行方不明になった日のことを知っているんだ。
「姉ちゃんが残したものはこれだけ。 だからボクは、姉ちゃんの意思を受け継いで戦うと決めた」
剛性がとんでもなく高く作られ、刀身との二刀流でも使えるようにした特異な設計の鞘。
この作りを活かして、防御しながら打撃でカウンターできる、変形なしで瞬時に射撃可能な機体にしたのが、マリアキリング。
「もう、大切なものを失わないために」
振り下ろされた左後脚を叩いて、打撃のベクトルを反らしながら、一番付け根の関節を撃った。
そこにカトリーヌさんが二刀流らしい高速の斬撃を叩き込んで、左後脚を切断する。
「ふたりともよくやったわ!」
「キサイは装甲が薄いからね」
「穴開けはチョウちゃんに任せたよ!」
ズシンと大きな音を立てて崩れ落ちたキサイの頭に、チョウさんの狙撃がヒットする。
割れた頭部の装甲の隙間から、赤く光るカメラと、制御ユニットの一部が見えた。
「うなじから射撃すれば胴体のコアを撃てる。 ボクがコアをやるから、カトリーヌさんは頭の制御ユニットを」
「オッケー!」
キサイはなんとか動く前足でボクたちを迎え撃とうとした。
けれど、その攻撃はチョウさんの狙撃で妨害される。
「今よ」
ボクがうなじにマリアキリングを突き立て、カトリーヌさんが頭にラ・ヴォワザンを突きつける。
「さようなら。 足が速いだけのクモもどき」
「相手が悪かったね!」
ボクはカトリーヌさんと同時にトリガーを引いて、キサイにトドメを刺した。