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どんな姿だとしても 3




「もう、カシアンったら、いつまで泣いてるの?」

「……すみません」


 涙がようやく止まった頃、カシアンはゆっくりと顔をあげた。顔が真っ赤なのは泣きすぎたからか、それとも恥ずかしいからか、もしくは両方か。


(あまりにもカシアンが泣くものだから、私の涙は引っ込んじゃったわ)


 化粧が落ちずに済んだから、結果オーライではあったけど。


「オ、オリビア、肩が……!」


 オリビアの肩が自分の涙でびしょ濡れになっているのに気が付いたカシアンは「すみません!」と、もう何度目か分からない謝罪をした。

 リビの正体がオリビアだと知ってから、カシアンはずっと申し訳なさそうに謝ってばかりだ。


「一先ずは、これで拭かれて……」

「カシアン」

「……はい」


 ハンカチを取り出そうと手を懐に突っ込んだ妙な体勢で、カシアンはオリビアに返事をする。

 まるでこれから死刑宣告でも受けるかのような、暗く沈んだ表情だ。


「猫の姿で初めて貴方と会った時……私の知っているカシアンとはまるで違う姿に驚いたし、ショックだったわ」


 思い返せば、あの日からオリビアにとっては初めての連続だった。自分が知らなかったカシアンの側面に触れたり、不安や焦燥感などの新たな感情を知ったり。


(でも、悪いことばかりではなかったわ)


 家族の温かさを知り、普段は出来ない経験もした。ねずみと話ができて、今日はフローラの力になれた。

 思わず顔が緩みそうになったオリビアだったけど、すぐに表情を引き締める。


「剣を向けられて、首を絞められて、私に触ったあとは汚れでも落とすみたいに手を払われるんだもの。ほんと、散々すぎたわよ!」

「う……っ」


 両腕を組んでふんっと顔を背けたオリビアに、カシアンの頭が低くなっていく。けれど、オリビアの言葉は、恨み事だけでは終わらなかった。


「確かにいっぱい散々な目にはあったけど……だけど、カシアンを嫌いになったことは一度もなかったわ」


 どんなに酷い扱いを受けても、嫌いになれるはずがなかった。

 それくらいオリビアにとってカシアンは大きな存在で、何よりオリビアへの気持ち(一番大事なこと)は嘘じゃなかったから。それだけで十分だった。


「……まだ側にいることを許してくれるのですか」

「勝手に離れていかれたら困るわ。言ったじゃない。貴方が好きだって」


 オリビアはカシアンの頬を両手で挟み、真っ直ぐと伝える。そしてゆっくりと顔を近付け、口付けを落とした。……唇の横に。


「オリビア、今のは口にする雰囲気じゃありませんでしたか?」

「や、やっぱり口付……とかはまだちょっと早いと思うの!」


 恋を自覚したばかりのオリビアには刺激が強すぎた。少し不服そうなカシアンに気付かないフリをして、オリビアは立ち上がる。


「そろそろ戻りましょう。きっと皆、私たちを探しているはずよ」

「はい」


 オリビアが差し出した手をカシアンは取る。沢山泣いたからきっと目は赤くなっているはずだ。こんな姿を他人に見られたくない。

 だけどカシアンは、オリビアの手を離すことはしなかった。




 ***




「オリビア様、お手紙が届きました」

「また!?」


 舞踏会が終わってからというもの、オリビアの元には大量の手紙が届くようになった。差出人は、舞踏会で神聖力を目にした貴族たちだ。


(どういうわけか、皇女殿下だけじゃなく私まで聖女だって持て囃されているのよね……)


 読んでも読んでも減らない手紙にオリビアが飽きてきた頃、皇家の紋章が視界に映った。

 オリビアはその手紙に手を伸ばし、封を開ける。中にはフローラ(代筆アルドリック)の近状が綴られていた。


(ふふ、元気にやってるみたい)


 舞踏会の日、カシアンと会場に戻ってから、フローラはオリビアと離れようとはしなかった。


『フローラ、そろそろ離さないとヴェセリー令嬢が帰れないだろう』

『やー!』


 駄々をこねるフローラの姿は年相応で、きっと今まで出来ずにいた甘えでもあったんだろう。

 何とかオリビアからフローラを引き剥がしたエイリークは、まだぎこちなかったけどきちんと『兄』の姿だった。


(そういえば、アルドリックさんは結局、皇女殿下のところに残ることを選んだのよね)


 実際に見たわけじゃないのに、フローラの喜ぶ姿が頭の中に浮かぶようだった。


「ランティアス公子様が到着されました」

「もうそんな時間!?」


 フローラに返事を書いていたらすっかり没頭してしまっていたらしい。アンナの言葉にオリビアは慌てて立ち上がり、約束の温室へと向かう。


「カシアン、お待たせしてごめんなさい」


 お気に入りの青い薔薇を眺めていたカシアンは、オリビアの声に顔を明るくさせながら振り向いた。


「そんなに急がれなくても大丈夫でしたのに」

「だって、早く会いたかったから」

「そ、そうですか……」


 オリビアのストレートすぎる発言に虚を突かれたカシアンは、手で口元を抑える。

 その仕草はカシアン曰く『喜びを噛み締めている』とのことだ。


「最近、エイリーク皇子とはどう?」

「頻繁に手紙が送られてくるので迷惑しています」


 照れ隠しなどではなく、カシアンは本当に迷惑そうな顔で呟いた。そのうえ、エイリークと友人になったことを知ったエアハルト公爵家の令息まで「自分も友達になりたい」と手紙を送ってくるらしい。


「本当に嫌なら強制はしないけど……だけど貴方にも、大事な人がもっと増えてくれたら嬉しいわ」


 オリビアがそうだったように、カシアンも色々な人と関わって世界を広げて欲しかった。


「それに誰と仲良くなったとしても、カシアンから一番愛される自信があるもの」


 オリビアは確信に満ち溢れながら、ドンと胸を張る。きょとんと目を丸くしたカシアンが「ふはっ」と吹き出した。そして、観念したように頷く。


「……誰と出会ったとしても、生涯オリビアに敵う相手はいませんよ。でも、そうですね。オリビアがそこまで仰るのなら、十通に一回くらいは返事を書いてみてもいいかもしれません」


(思ったより少ないわね……)


 それでも完全無視よりはマシだった。


(ついに、カシアンにも友達ができるのね)


 オリビア以外とは関わろうとすらしなかった頃に比べたら、かなりの成長だった。カシアンは天使と比べても謙遜がないほど綺麗な顔で微笑む。


「皇子殿下には、オリビアの引き立て役になってもらいましょう」

「…………」


 オリビアは早まったかもしれないと後悔したが、既に後の祭りだった。

 紅茶とスイーツを挟みながら、そうして二人は近状を話し合う。穏やかでありきたりで、幸せな時間だった。




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