どんな姿だとしても 1
オリビアは、カシアンとエイリークに注目が集まっている間にこっそりと神聖力を使うつもりだった。それなのに一体どういう訳か。オリビアの手からは今、金色に眩い光が溢れ出ていた。
(な、なんか思ってたのと違うんだけど!?)
人目を避けたいのに、逆に注目が集まってしまっている。
(本当にこれでいいのかしら。こんなことになるなら、もっと聖下に色々と聞いておくんだった……!)
これまで毎日練習してきた甲斐があり、神聖力が流れているのは分かる。しかし、ルカーシュが言っていた『治癒』の力を使えているのかどうかは自信がなかった。
もしこのままオリビアが失敗すれば、フローラと二人仲良く、公衆の面前で猫になってしまうだろう。
(しっかりしなさいオリビア!私が怯んでどうするの!)
オリビアは怖気付きそうになる心を奮い立たせる。そして、不安そうに瞳を揺らすフローラを安心させてあげられるように明るく笑った。
「皇女殿下のお気持ちが伝わりますように」
オリビアの気持ちに共鳴して、神聖力は眩しさを増す。次第に、熱を持っていた小さな手の体温が下がっていく。
オリビアとフローラを囲むようんでいた光が弱まる。その姿が鮮明になった時、二人の間に一輪の花が降ってきた。
「これは……」
窓は開いていないのに、はらり、はらりと花は舞う。不思議な現象の中心で、高い天井に向かって両手を伸ばすフローラを、貴族たちは静かに見つめた。
「あるど!できた!」
フローラは周りから向けられる関心よりも、隣にいるアルドリックに向かって笑っていた。
(……もう大丈夫だって、ありがとうって伝えたかったのよね)
アルドリックが皇帝の執事に戻ってしまう前に。自分の側から離れてしまう前に、フローラは最後に伝えたかったのだろう。
目頭を抑えているアルドリックにも、きっと伝わったはずだ。
(ふふっ、今『聖女様だ』って呟いている人がいたわ。これで、皇女様に向けられる視線も優しいものになるわよね)
良かったと微笑んだオリビアはその場からそっと離れる。その間もオリビアから一時も目を離さずにいたカシアンが、すぐに近くまで駆け寄った。
「オリビア、さっきの光は……それよりも、お身体は何ともありませんか!?」
「そんなに心配しなくても……」
真っ先に安否を尋ねてきたカシアンに「大丈夫よ」と、口にしたかった言葉は途中で止まる。心臓がやけに速く走っていて、オリビアは直観的に良くない状況だと悟った。
「オリビア、顔が真っ青ですが……」
「だ、大丈夫よ……でも少し疲れたみたいだから、休んで来ようかしら」
「それなら僕も、」
「悪いけど、一人になりたいの!」
オリビアは早口で言い訳を並べたあと、カシアンの返答も聞かずに会場を抜け出した。
(まずいわ!このままだと、カシアンに話す前に全部バレちゃう!)
カシアン一人に知られるならまだいい方で、下手をすれば他の人にも見られる可能性があった。オリビアは両手でドレスの裾を持ち、廊下を全力疾走する。
人生の岐路に立たされている状況で、もう体裁を気にしている余裕はなかった。
「ここなら誰も居ないわよね!?」
休憩室に飛び込んだオリビアは、誰も居ないことを確認してからバタン!とドアを閉じる。深く息を吐きながらその場にへたり込んだ。
「はぁ、私ってばとんだ大間抜けね……」
それでも、後悔はしていなかった。たとえ代わりに自分がピンチに陥ることになろうとも、オリビアはフローラの元に走っていたはずだから。
(暫くはここでやり過ごしましょう)
肩から力を抜いたオリビアだったけど、直後に背後からドアを叩かれ、その場から飛び上がりそうなほど驚いた。
「オリビア、いらっしゃいますか?お休みの邪魔はしませんので、せめて近くに居させてください。心配なんです」
(カシアン!?追いかけてきてたことに気付かなかった……いや、それよりも今は状況が悪すぎるわ)
せっかくカシアンに打ち明ける覚悟を決めたのに、このままでは全てが台無しになってしまいそうだった。
(いっそのこと、この勢いで言っちゃえばいいんじゃないかしら?いいえ。こういうのは雰囲気も大切よ)
一向に考えが纏まらず頭が重かった。オリビアはおでこを右手で支える。もふっとして、柔らかかった。
「…………」
オリビアは虚無の瞳で、自身の肉球を見下ろした。夢であって欲しかった。しかし、現実は残酷だ。
オリビアは自分でも気付かぬうちに、猫の姿に変わっていたらしい。
「オリビア、聞こえてますか?……まさか、倒れられているんじゃありませんよね?返事をしてください、オリビア!」
ドンドンと、先程より焦燥感を滲ませたカシアンの声と共に、強くドアを叩かれる。ドアノブを抑えようにも、手足が短く届きそうになかった。
(ど、どこか隠れるところは……!)
オリビアは首を左右に振り室内を見渡してから、カーテンの裏に滑り込んだ。
外から見ると一部が盛り上がってしまっているのが分かるのだが、隠れるのに夢中なオリビアには気付けなかった。
「オリビア、入りますね」
ドアが開く音がして、オリビアはジッと息を潜ませる。カシアンの気配が近くなるに連れて、心臓がバクバクと早鐘を打っていた。
ぎゅっと目を瞑り、カシアンが去ってくれるのを祈ってみるも、足音はオリビアの前で止まる。
(だ、だめ……!)
そんなオリビアの願いも虚しく、カーテンは開かれた。




