表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/40

二人の聖女 3




「じゃ、私はレナートさまのところに行ってくるから」


 手を振り颯爽とレナートの方に歩いていくディアナの背中をオリビアが見送っていると、不意に隣から声がかかった。


「お話は終わりましたか?飲み物をお持ちしました」

「ありがとう!ずっと喉が渇いていたから嬉しいわ」


 カシアンが差し出してくれるグラスを有難く受け取り、オリビアは喉を潤す。一気飲みしたい気持ちだったが、カトリーナからの鋭い視線を受けそうだったため、淑女らしく少しづつ飲んだ。


(ところで、皇女様はいつ来られるのかしら)


 両陛下と皇子二人は続けて入場したものの、フローラはまだ来ていないようだった。


「カシアン、ヴェセリー令嬢」


 給仕にグラスを渡しながら入口を見つめていれば、いつの間にか近くまで来ていたらしいエイリーク皇子が軽く手を上げる。

 真紅の髪色が視界に入った瞬間から、心なしか眉を寄せていたカシアンが一人呟いた。


「名前呼びを許可した覚えはありませんが」

「気軽に呼んでくれていいと言ったじゃないか」

「それは皇子殿下が、ご自分で仰ったことです」

「ははは、そうだったか?まあ、細かいことはいいだろう。それより先日、フローラが世話になったそうだな」


 話を強引に逸らしたエイリークが話題に出したのは、オリビアが今一番気になっている人物のことだった。


「フローラが二人の……というより、ほぼヴェセリー令嬢のことをだが、嬉しそうに何度も話していたぞ」

「兄妹仲が宜しいようで何よりです。それはそうと、肝心の皇女殿下のお姿がお見えになりませんが」


 カシアンの質問にエイリークは、先程よりも声のトーンを落としながら「そろそろ来るはずだ」と答える。エイリークの視線は入口に固定されていた。


「ところでカシアン、フローラが入場するまでの間、一つ男の懺悔を聞いてはくれないか」

「お断りします」

「ならば独り言だとでも思ってくれていい。……俺は決していい兄ではなかった」


 エイリークが顔を歪めたのと同時に「フローラ・オルテンシア皇女殿下のご入場です!」と高らかな声が響き渡る。開かれたドアの先から、ピンクのシフォンドレスを着ているフローラの姿が見えた。


「妹が生まれてくれて嬉しかった。誰よりも可愛くて、誰からも傷付けないように守ってやりたいと思った」


 フローラが入場してからも、エイリークは話し続けた。まるで、ずっと押し止めていた胸の内を吐き出すかのように。


「だが、俺は恐れた。姿一つ変わっただけなのに、妹が得体の知れない生き物になったようで……そんな風に思っていたのが伝わったのだろう。フローラも自ら、俺や家族と距離を置くようになっていった」


 エイリークの話は、オリビアの胸を締め付けた。ぎゅっと唇に力を込めながらフローラを目で追い、疑問を抱く。


(あれ、なんだか様子が……)


 なんだかフローラの顔が赤くて、身体はフラついているように感じた。


「いつしか猫の姿から戻ろうとしなくなったフローラを変えたのは、アルドリックだった。乳母だけでは手が回らないだろうと、自らフローラの執事を志願した大した奴だ」


 静かに瞳を閉じてアルドリックを賞賛するエイリークが、意を決したように顔を上げる。


「――今更遅いかもしれないが、今度こそ俺もきちんとフローラに向き合いたいと思う」


 エイリークの瞳には、確かな決意が籠っていた。オリビアは物凄く嫌な予感がして、外れることを願いながら恐る恐る尋ねる。


「……エイリーク殿下、まさか皇女殿下はどこかお身体が悪いんじゃありませんよね?ただ緊張で顔が赤くなって、足が覚束ないだけですよね?」

「今朝方に測った時は微熱だった。当然、医者は止めたが、フローラが初めて『嫌だ』と我儘を言ったんだ。フローラが望むことを叶えてやりたい」


(えぇっ、嘘でしょう!?)


 体調不良はまずいとオリビアは顔を青くさせる。このままでは、この大人数の前でフローラが猫に変わってしまう可能性が高かった。


「で、ですが、途中で倒れられたりしたらもっと大変なことになるのでは……?」

「ああ、だから十分程度だけだ。責任は全て俺が持つ」

「見直しましたよ、皇子殿下。仰る通り男なら、大事な女性の望みは全て叶えてあげるべきだと思います」


(カシアンまで同調してどうするのよ!)


 止めるどころか同意するように頷くカシアンに、オリビアは更に頭を抱える。


(どうしよう、どうすればいいの!?)


 フローラは既に人々の前に姿を現してしまった。ここで止めるのはあまりにも不自然すぎる。なにより、フローラがそれを求めてはいなかった。


(一体どうして……)


 そこまで必死に立ち続けているのか。今日が無理でもお披露目する機会なら、これからいくらでもあるはずなのに。

 ゆっくりと入口から歩いてきたフローラが、ホールの中央で足を止める。ちらりと一瞬向けた視線の先には、アルドリックが居た。


「……!エイリーク皇子は先程、皇女殿下が望むことをやらせてあげたいと仰いましたよね。だけどこのままではきっと倒れるか、最悪の場合は猫になってしまうでしょう」


 突然、早口で詰め寄るオリビアに、エイリークがチラチラとカシアンの方を気にながら後退る。


「あ、ああ……だが、これしか方法が」

「あると言ったらどうしますか?私が、何とかしてみせます!」

「どういうことだ?ヴェセリー令嬢がどうやって……」


(どうしましょう、説明している時間はないわ)


 かといって、エイリークを無視するわけにもいかなかった。二の足を踏むオリビアに、カシアンが告げる。


「行ってください、オリビア」

「カシアン……?」

「オリビアの望む心のままに。大丈夫です。責任は全て、エイリーク皇子が取りますから」

「カシアン!?」


 エイリークが驚愕したのと同時に、オリビアは頷きながらその場から駆け出した。

 カツンッとヒールの音が鳴り響き、周囲の視線が集中する。


「くっ、こうなったら仕方ない。――皆の者、聞いてくれ!今日はなんと、ランティアス公子が私を友人認定してくれるという、喜ばしい出来事があった!」

「はぁ、もっと他に何かなかったんですか……オリビアの頼みじゃなければ、こんなこと絶対にやらなかったのに……」


 声を張り上げたエイリークに、今度は周囲の注目が移る。オリビアは自身に向けられていた視線が逸れた隙に、フローラの元へ駆けつけた。


(――貴女もきっと、私と同じだったのね)


 感情の意味は違っていても、その視線はただ一人に向かっていた。


「お、おり、びあ?」


 すぐ目の前まできたオリビアに気が付いたフローラが、戸惑うように名前を呼ぶ。「何故ヴェセリー令嬢が……」と、すぐ隣にいたアルドリックの呟きに答えている余裕は、今のオリビアにはなかった。


「大丈夫、きっと上手くいくわ。だって春はフローラ(あなた)の季節だもの!」


 目の前の小さな少女に腕を伸ばす。オリビアは手を重ねながら、自身の神聖力を流し込んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ