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二人の聖女 2




 四月に行われる舞踏会は、一年を通した中でもかなり大規模な行事だ。しかし、冬に行われる舞踏会ほど格式ばってはいないため、オリビアは気楽に参加することができて好きだった。


「あら、アンナ!随分と腕を上げたんじゃない?」

「実は今日は一度もオリビア様から『もういいんじゃない?』と待ったがかからなかったため、気付けばこんなに力が入ってしまいました!」

「まあ、珍しいこともあるものね」


 綺麗に身なりを整えられたオリビアは今、母親のカトリーナと専属メイドのアンナに挟まれ、居心地の悪さを感じていた。


(ランティアス公子もきっと喜ばれますね、というアンナの甘い囁きに惑わされてしまったわ……!)


 思い返せば、オリビアはカシアンの為に着飾ったことは一度もない。カシアンが口癖のように「可愛いです」「綺麗です」と言うこともあり、わざわざその言葉を引き出すために努力をしてこなかった。


(だけど今日は朝から頑張ったわ)


 何も出来ず黙ってじっとしているのが苦手なオリビアも、少しでも綺麗な自分でカシアンの隣に立つために朝から空腹にも耐え忍んだのだ。


(今日は特別な日だもの)


 カシアンだけの為じゃない。今日はオリビアにとっては大勝負の日でもある。

 ずっと隠してきた秘密を舞踏会が終わったら、カシアンに全て打ち明けると数日前に決めたのだ。


(だからこれは、言うならば戦闘服よ!)


 目的を再確認したオリビアが気合いを入れ直していると、タイミング良くカシアンが到着した知らせを受ける。


「オリビア!」


 玄関ホールを出れば、既に馬車の前で待っていたカシアンがぱっと顔を明るくさせる。

 オリビアの頭の中にふと、以前に親友のディアナと話した会話が思い浮かんだ。


『はぁ〜〜レナートさまってば、今日も素敵ね……!』

『そうかしら?普段と変わらないと思うけど』


 オリビアの親友のディアナは、レナートを見る度に『今日も輝いているわ!』と黄色い悲鳴を上げていた。


『オリビアだって婚約者が居るんだから、私の気持ちが分かるでしょう?』

『でもカシアンが輝いてるとは思ったことはないわよ?』


 首を傾げたオリビアを信じられないとでも言うように眺めたディアナは、両手で口を抑えながら叫んだ。


『あ、あなた、どうしてそんな酷いことを言えるの……!?ランティアス公子には絶対言っちゃ駄目よ!ショックのあまり死んじゃうから!』


 わざわざ直接言うつもりはなかったが、ディアナも大袈裟だとオリビアは心の中で笑った。そして考えてみる。


(恋ってどんなものなのかしら)


 オリビアは恋愛小説や演劇が大好きだったけど、実際に誰かに恋焦がれたことはない。だから、少しだけディアナが羨ましかった。



 そして今ようやく、オリビアは直感的にディアナの言葉の意味を理解した。


(ま、眩しい……!)


 日もとっくに落ちているというのに、こちらに駆け寄ってくるカシアンはキラキラと光っているように見えた。


「お待たせしてすみません。……オリビアは今日も世界で一番お美しいですね」


 静かに目を伏せたカシアンが、手の甲に口付けを落とす。圧倒されたオリビアは「ええ、貴方も素敵よ」と、普段と変わり映ないことしか口に出来なかった。


(カシアンってこんなに格好良かったかしら……!?)


 ネイビーのジャケットに白いシャツ、中心にはオリビアの瞳と同じ色のブローチが付けられている。片側だけ前髪が上げられているおかげで、普段よりも顔がよく見えた。


 初めての感情に戸惑い、馬車が走り出してからもずっと静かでいるオリビアに、カシアンが心配そうに問いかける。


「さっきから顔が赤いですが、どこか具合でも悪いんじゃ……」

「大丈夫よ!なんでもな、くはないかも……」


 カシアンの心配をオリビアは反射的に否定しかける。けれど、これでは何も変わらないと思い直して言葉を止め、勢いのまま叫んだ。


「だ、だから、貴方が格好良いから緊張してるの!」

「…………へ、」

「体調はいつにも増して元気だから大丈夫よ!」

「そう、ですか。それは、良かったです……」


 カシアンの声量が段々と小さくなり、お互いに顔を真っ赤にし黙り込んだ。

 そうしているうちに馬車が止まり、ドアが開く。入ってきた新鮮な空気は、オリビアの顔を冷ますにはちょうど良かった。


「お手をどうぞ。……オリビア?」


 エスコートのためにカシアンが差し出した手のひらを、オリビアはじっと見つめる。


「この舞踏会が終わったら、話したいことがあるの。大事な話よ」


 真っ直ぐ見据えて伝えたオリビアの言葉に、カシアンはすかさず頷いた。


「はい、いくらでもお聞きします。ですので、そんなに不安そうな顔はしないでください」


(……そうね、私ももっとカシアンを信じなきゃ)


 ただ不安がっていたところで、何も変わりはしなかった。むしろ余計に足が竦んで動けなくなっただけだ。

 だから余計なことを考え過ぎるのは後にすることにした。今までそうしてきたように。

 オリビアはようやく、長い迷路を抜け出した気分だった。




「オリビア!」


 舞踏会ホールに入って、真っ先に声をかけてきたのは親友のディアナだった。

 腰まで届く菫色の髪を揺らして駆け寄ってきたディアナは、オリビアに囁く。


「今日はレナートさまも来るのよね?」

「えぇ、いるわよ。それより、久しぶりに親友に会ったのに一言目から兄様のことだなんて。他に言うことはないの?」

「レナートさまには中々会えないんだから仕方ないでしょ。オリビアももっと私の恋を応援しなさいよ。私がレナートさまと結婚したら姉妹になれるのよ!」

「応援はしているわよ。兄様のどこがそんなに良いのか分からないだけで」


 大雑把で女心が分からないレナートは妹のオリビアからすると、恋愛相手にはあまりしたくないタイプだった。


「それを言うなら、オリビアだってレナートさまに負けず劣らずなんだからね」

「え?」

「なに驚いた顔してるのよ。どれほど甘い言葉を囁かれても笑顔で受け流すし、スキンシップを試しみても一切動じないせいで、ランティアス公子がどれほど不憫だったか。悟りを開いた顔で微笑んでいたわよ」

「う……っ」


(客観的に聞くと確かに酷いわね……)


 これまでどれほどカシアンの気持ちを軽視していたか思い知らされ、オリビアは罪悪感に襲われる。そんなオリビアを見たディアナは、仕方がないと言いたげに息を吐いた。


「大丈夫よ。ヴェセリー兄妹が鈍感なことは、私もランティアス公子も知っているから」

「それはフォローなの?」

「ランティアス公子も途中から味を占めていた節もあるし、気に病む必要はないわ」


 励ましなのかは微妙なところではあったが、歯に衣着せないくらいが、レナートには合っているのかもしれないとオリビアは思うことにした。




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