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花の妖精と壮年執事 4




「……驚かれないのですね」


 静かに広がる沈黙の中で、最初に口を開いたのはフローラを探しに来た男性だった。


「当然、驚いていますよ。二度目とはいえ、人間が猫に変わるところを見たんですから。自分の目で見た今も信じ難い光景です」

「それはそうでしょうね。……申し遅れました。わたくし、フローラ様の執事をしておりますアルドリックと申します。そして彼女は、フローラ・オルテンシア様――この帝国の皇女殿下でおられる方です」


(じゃあ、まさか……!)


 オリビアは目を見開きながら、先日会ったねずみの言葉を頭の中で反芻させた。


『オマエと似たようなオーラを持つ猫を、前に見たことがあったような、なかったような……』


 つまりねずみが言っていた相手とは、皇女のことだったのだ。


 フローラ・オルテンシア皇女は、謎に包まれた人物だった。生まれた時から身体が弱かったらしく、彼女が表舞台に出てきたことは一度もない。

 誰も顔を知らず、ベールに包まれていたため『呪われている』という話も耳にしたことがある。だけど、その噂に怒った皇帝や皇妃、皇子たちにより、すぐに否定されることとなったのだ。


「皇女殿下でいらしたのですね。僕はカシアン・ランティアス、そしてこちらは、婚約者のオリビア・ヴェセリー侯爵令嬢です」

「なんと、ランティアス小公爵とヴェセリー侯爵家のご令嬢でしたか……」


 アルドリックは考え込むように黙り込んだ。下級貴族相手ならば口封じのやり方は色々あっただろう。しかし今更言い逃れもできない状況で、オリビアとカシアン相手に全てを隠し切るのは無理だと悟った。


「……フローラ様が初めて猫の姿に変わったのは、生まれてから一年が過ぎた頃でした」


 意を決したように目を瞑り、アルドリックは静かに回顧した。




 ***




 オルテンシア帝国の皇帝と皇后はおしどり夫婦として有名だった。政略結婚でありながら互いに愛し合い、皇子を二人もうけた。


『皇子は二人とも私に似すぎているから、次は君に似た娘だといいんだが……』

『ぼくも妹がいいです!』

『あっ、母上!今、赤ちゃんがお腹を蹴りました!きっと妹ですよ!』


 自分を囲むように座っている三人へ微笑んだ皇后は、膨らんだお腹を慈しむように撫でながら言った。


『――ふふ、そうね。女の子でも男の子でも、きっと貴方との子なら、どちらでも可愛いでしょうね』


 皆が生まれてくる子供を心待ちにしていた。

 皆が生まれてきた子供を心から祝福した。


『見て見て!兄ちゃんがフローラの大好きな花を摘んできたぞ!』

『セルジュ、それはまだ咲きかけじゃないか。花弁が開ききっていないだろ』

『えー、でもフローラは喜んでるよ!』


 第二皇子のセルジュ・オルテンシアは、兄であるエイリークの言葉に唇を尖らせる。

 中途半端に咲いた花でも、フローラは気にすることなく両手を伸ばし、嬉しそうに声を上げて笑った。


『あぅ、あ!』


 セルジュが持っていた花に手が触れた次の時にはもう、フローラの身体は猫の姿に変わっていた。その瞬間を目撃したエイリークは、目を限界まで見開いて全身を固まらせる。


『どうしたんだよ兄ちゃん、そんなに驚いた顔して。まさか僕にだけフローラが笑ったから嫉妬してるんじゃ……う、うわあああ!!』


 エイリークをからかいながら視線を正面に戻したセルジュも、フローラの姿を確認してその場で悲鳴をあげた。


『兄ちゃん!フローラが消えた!』

『…………居るだろう、そこに』


 顔を強ばらせたエイリークが、丸まって寝息を立てている桃色の子猫を見つめる。セルジュは言葉が出ないまま、持っていた花を床に落とした。


 花がいつの間にか満開に咲いていることには、誰も気付けなかった。




 ***




「――幸い、居合わせたのが皇子殿下のお二人だったおかげで、大きな騒ぎにはならずに済みました」


 何てことのないように言っているが、何年もの間、世間の目から隠し通すことは決して容易ではなかったはずだ。


「なら身体が弱いというのは……」

「ええ、嘘です。この事を知っているのは皇家の方々と、私と乳母だけですから。昔は今よりもずっとお身体が不安定で、猫でいる時間の方が長かったのです」


 オリビアはぎゅっと唇を結び、膝の上で静かに眠るフローラに視線を落とす。猫の姿の時は、人と意思疎通を取ることが難しいことを知っている。


(……きっと、辛かったはずだわ)


 相手の言葉は分かるのに、自分の言葉は伝わらないもどかしさや、行く先の不安。それらを長い時間一人で抱えてきたのだ。まだ十歳ほどの小さな少女が。

 オリビアは今すぐにでもフローラを抱きしめたくなったのを、何とか耐えた。


「皇女殿下が年の割にぎこちない話し方だったのも、その影響ですか?」

「はい。小公爵様の仰る通り、フローラ様は誰かと会話をする機会が殆どありませんでした。ですので、まだ慣れていないのです」


 静かな声音で話し終えたアルドリックは、一拍置いたあと言葉を続けた。


「普段は外の方と接することがありませんので、今日はお二人とお会いできて嬉しかったと思います。……最後にフローラ様の楽しそうな笑顔をお見せしてくださりありがとうございました」


 フローラ様をお預かりしますとアルドリックは呟き、片膝をつく。オリビアは両手でフローラを慎重に持ち上げつつも、引っかかった言葉があった。


「最後っていうのはどういう……?」

「実は私めは以前は、皇帝陛下の執事を務めていたのです。元々、期間限定のお約束でしたからね。これ以上、皇帝陛下の執事の座を空白にするわけにはいきません。次の舞踏会でフローラ様のお披露目が終われば、もうお役も御免となる訳です」


 皇帝の執事だなんて、とんでもない栄誉なことだ。普通ならば両手を上げて喜ぶところだろう。しかし、アルドリックは名残惜しそうにフローラを抱き上げて立ち上がった。


「エイリーク皇子がお待ちですので、私たちはこれで失礼致します。いはやは、少々話が過ぎましたね。歳をとると、言葉が長くて仕方ない。どうか今回のことは他言無用で願います」


 わざらしい口調でアルドリックがおどける。去ろうとするアルドリックの背中に向かって、カシアンが問いかけた。


「最後に一つ聞かせてください。皇女殿下のそれは、魔法か呪いですか?」


(なんてデリケートな質問を!)


 呪いでも魔法でもないと知っているオリビアとは違い、カシアンは何も知らないのだから当然の疑問ではあったが。とはいえ、そんな率直に聞くとは思わなかった。


(でも聖下はアルドリックさんたちのことは知らなかったはずだし、それならどこまで知っているのかしら?)


 オリビアは唾を飲み込んだ。緊張しながらアルドリックの返答を待つ。


「…………呪いでも魔法でもありません。私たちは、これを『祝福』だと思っています」


 その言葉を最後に足を前に進めたアルドリックの表情は見えない。だけど声は淡々としていて、穏やかなものだった。




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