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花の妖精と壮年執事 3




「この辺りの花は、咲くのが早いみたいですね」

「こんなに早く満開になっているなんて、もしかして魔法のおかげかしら?」

「出来ないことはないと思いますが……魔法で咲かせたにしては、生命力に溢れている気がします」


 まるで絨毯のように隙間なく花開いている景色は圧巻だった。今この瞬間だけは、珍しい植物が最も多く集まっている皇宮ですら敵わない眺めだろう。


「本当に綺麗ね。……?」


 暫く目を奪われていたオリビアが、ふと何かを探すかのようにきょろきょろと辺りを見回す。


「どうかされましたか?」

「どこからか声が聞こえた気がしたんだけど……」


 風の音と似た小さな声だったから、オリビアも断言できなかった。空耳かと疑いつつも、もう一度耳をすませる。


「…………ミィ……」


(やっぱり聞こえた!)


 僅かに届いた高音を聞き逃さなかったオリビアは、勢いよく顔を上げ――素っ頓狂な声を漏らした。


「……へ?」


 桜の木がバサバサと揺れて、花弁を散らす。

 舞っている桜の花の隙間から落ちてきた、薄い桃色の猫が視界に映った瞬間、オリビアは反射的に腕を伸ばしていた。


「あ、危ない!」


 皿のように開いた手の上に、小さな生き物がすっぽりと収まる。オリビアは尻もちをつきながら、桜にまみれたまま脱力した。


「び、びっくりした……」

「オリビア!お怪我はありませんか!?」

「えぇ、見ての通りなんともないわ。この子も無事よ」


 心配しているカシアンに向かって、ずいっと両手を突き出せば、オリビアと同じく桜の花弁をくっ付けた猫が身体を守るように丸まっていた。


「怖かったわね。もう大丈夫よ」

「みぃ……み、みぁ……」


 ぷるぷると震えていた子猫が、ゆっくりと顔を上げる。小さな口を一生懸命に動かして、つぶらな瞳で見つめてくるものだから、オリビアの胸は苦しくなった。


(か、可愛い……!)


 もう安全だと思ったのか、ゆっくり立ち上がった子猫が真っ直ぐ手を伸ばす。オリビアは落とさないように、両手を自分の方に近付けた。


「急にどうしたの?お腹が空いたのかしら」

「それなら、ねずみでも捕まえてきましょうか?」


(だからねずみは食べないわよ!……食べないわよね?)


 猫が普段なにを食べているのか知らなかったオリビアは急に不安になる。手のひらサイズの可愛い子猫が、ねずみを食べるところは正直あまり見たくなかった。


「ねぇ、子猫さん。カシアンがねずみを捕まえて来ると言っているのだけど……食べる?」

「みっ、みぃ……!」


(あ、首を振ってる。いらないみたい)


 良かったとオリビアが胸を撫で下ろしていると、突然、顔の真横にぽんっ!と花が現れた。


「な、なに……!?」


 オリビアが戸惑っている間にも、花は次々と咲いては積もっていく。


「み!みぁ……っ!」


 子猫が飛びつくようにジャンプをした瞬間、宙に浮いた桃色の髪の毛先が、オリビアの頬を擽った。

 桜の花が舞う中で、同じ色を纏う少女がにこりと笑う。


「あ、ありが、とう……!」


 短かった手足や毛が長くなり、猫から人の姿に変わった少女に、オリビアは驚きを隠せなかった。


「オリビア離れてください!」

「へっ?……ってちょっと、カシアン!?」


(その剣は一体どこから出したの!?)


 オリビアがぽかんと口を開けて固まっている間に、警戒態勢入っていたカシアンが、どこからともなく出した剣を握っていた。


「猫が人間になるだなんて、きっと魔法学科の誰かが怪しげな実験をしたに違いありません。危険ですので離れてください!」


(この場で一番危険なのは貴方だと思うんだけど!?)


 その証拠にカシアンが握っているのは、いつぞやの時にオリビアを殺そうとした短剣だった。


「ま、待ってカシアン!」


 オリビアは少女を隠すようにぎゅっと抱き締めながら制止をかける。


「この子は大丈夫だから、剣を下ろして!危険な子じゃないって私には分かるわ!」

「オ、オリビア、ですが……」


 説得の甲斐があってか、少し冷静さを取り戻したらしい。たじろぐカシアンに、オリビアはこの勢いを完全に鎮めるチャンスだと思った。


「フローラ様!」


 しかし、オリビアがカシアンを説得しようと口を開く前に、焦燥感に溢れた声が割って入ってきた。


「こちらにおられましたか、フローラ様」


 白髪をオールバックで整え、燕尾服を着ている壮年の男性は、またたく間にオリビアたちの近くまで走ってくる。

 口元や目元には深い皺があり、かなりの年配そうな見た目にも関わらず、息一つ乱れていなかった。


「おはな!きれい!」

「お花をご覧になられていたのですね。ですが、急に居なくなられたので皇子殿下が大変心配されております。ところで、あなた方は……?」


 フローラという名の少女の無事を確認した男性が、オリビアとカシアンに向かって視線をずらす。普段ならにこやかに挨拶をする場面だったけど、今はそれどころじゃなかった。


(さっき皇子殿下って言ったわよね……!?)


 このオルテンシア帝国には、二人の皇子が存在している。そのうちの一人は学園に通っていて、オリビアとカシアンの同級でもあった。


(ま、まずいわ!まさかエイリーク皇子の知り合いに剣を向けてしまったなんて……!)


 いつの間にかカシアンの手から剣は消えている。とはいえ、変えようのない事実にオリビアが顔を青くしていると、桜の花が頭上に降り注いだ。


「お、おりびあ?あ、ありが、とう!」


 にこにこと笑いながら、辿々しく言葉を並べるフローラの意図をオリビアは悟る。


(大丈夫だって教えてくれたのね)


「――ええ、ありがとう」


 オリビアも素直にお礼を伝え、フローラの髪についた花へと手を伸ばす。

 力を全て使い果たすかのように、最後にもう一度花を咲かせたフローラは、再び猫の姿へと変わった。




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