花の妖精と壮年執事 2
オリビアの通う学園には、年に二度の長期休暇がある。けれど、その期間も学園は常に開放されているため、図書館などを利用しに来る生徒も少なくはなかった。
「結構人が居るんですね」
学園に到着し、校内を歩いていたカシアンは、すれ違う生徒たちを横目に呟く。実はレナートとも似たような話をしていたことを思い出しながらオリビアは笑った。
「休みの日に学校に来るなんて考えはしたことがなかったから、私も初めは驚いたわ。見たところ、別の学科の生徒だとは思うけど……」
「多分ですが、魔法学科と騎士科ですね。魔塔の魔法使いは、普段から朝から晩まで一日中魔法のことばかり考えている異常人の集まりなので、根本が似ているんだと思います」
(なんだか今、辛辣な言葉が聞こえたような……)
オリビアの視線に気が付いたカシアンは目元を下げて「どうかしましたか?」とニコニコと嬉しそうに笑う。
「なんでもないわ。気の所為みたい」
「そうですか?」
「それより、カシアンは行きたいところはあるの?」
既に見慣れた学園内で「行きたいところ」と言うのも変だとオリビアは口にしながら考えたが、カシアンは気にすることなく声を弾ませた。
「はい、レナート卿と回ったところ全てに行きたいです」
(無邪気な笑顔で無茶なこと言わないで!)
せっかく数日かけて回ったというのに、また一から始めたら休みが終わってしまう。学園探索が楽しかったことはオリビアも認めるが、周回までしたいとは思わなかった。
「カシアン、貴方だって暇じゃないんだし全部は無理よ」
「オリビアの為ならいくらでも時間を作りますが……むしろ会いに来る口実ができるので嬉しいくらいです」
「段々趣旨が変わってきてるじゃない!」
探索を気軽な散歩くらいに考えているカシアンに、オリビアはその場で崩れ落ちそうなのを我慢した。
(はぁ……当然こうなるに決まってるわよね……)
カシアンは学園に来たかったのではなく、ただオリビアと過ごしたかっただけなのだから。つまり結局のところ、オリビアが居るのなら場所なんてどこでも良かったというわけだ。
(むしろこの反応が普通だわ)
一切も関心の色が見えないカシアンとは反対に、興味津々に食いついていたレナートがおかしかったのだとオリビアは思い直した。
(これからどうしようかしら。せっかく来たのにこのまま帰るのは勿体ないし……かといって、他に行ってない場所といえば特別科くらい……)
「あっ!そうだわ!」
降って湧いた名案にオリビアは瞳を輝かせて、勢いよくカシアンの方を振り向いた。
「兄様と二人じゃ特別科の校舎には行きにくかったんだけど、魔塔に所属している貴方がいれば行けるじゃない!」
「難しくはありませんが……きっと行ったところで、面白いものは何もないと思いますよ」
「それは行ってみないと分からないでしょう」
気乗りしなさそうなカシアンだったけど、最終的には「オリビアが行きたいのでしたら……」と頷いた。
(こっちの校舎まで来るのは初めてだわ)
騎士科や魔法学科は『特別科』と区分されてはいるものの、待遇などはオリビアたち一般生徒との大差はない。
学園の中心に設置されている噴水を横切って、渡り廊下を進むとすぐに特別科が集まる校舎が見えてきた。
(カシアンの言う通り、騎士科の生徒が多いみたいね)
目の前を通り過ぎる生徒たちは動きやすい訓練服を着ているから見分けがつきやすかった。その中でちらほら見える、ローブを着ている人はきっと魔法学科の生徒だろうと推測できた。
「オリビア、ここよりもあちらの庭園の方が――」
「……げっ!カシアン・ランティアス!?」
オリビアを庭園にエスコートしようとするカシアンの言葉は、大きな絶叫によって遮られる。
二人同時に声の主へ振り向けば、黒いローブを着ている男が顔を歪めていた。
「お、お前がどうしてここに……!」
ぶるぶると震える腕でカシアンを指差し、警戒するように男は身構えた。
(魔塔に所属している大体の人は、魔法学科に入っているのよね)
気安く話しかけてきた辺り、きっとカシアンと近しい関係だろうとオリビアは簡単に予想ができた。
「もしかしてカシアンのお友達かしら?」
「いえ、僕に友達はいません」
オリビアからの問いかけをカシアンは即否する。あまりにも悲しすぎることを淡々と口にするものだから、オリビアは「そ、そう……」としか答えられなかった。
「えぇっと、じゃあ……知り合い?なのね」
「いいえ、僕には知り合いも居ません」
「そ、そう……」
友達でも知り合いでもないと、カシアンは断固として首を振る。それならば一体誰なのだろうと正面に視線を戻すと、男は顔を真っ赤にさせ目を釣り上げて怒っていた。
「お前はいつもそうだ!魔塔でも人を馬鹿にして――ひっ!」
(急にどうしたの?)
怒りで赤かった顔色がいきなり真っ青に変わったものだから、オリビアは首を傾ける。せっかく魔塔で過ごすカシアンの話を聞けそうだったのに、途中で止められてしまい余計に続きが気になった。
「ねぇ、それで続きは?魔塔での話、私にも聞かせてほしいわ!」
わくわくした表情でオリビアが続きを促すと、男の顔色が今度は青色から土気色に変わった。
「顔色が悪いようだけど、どこか具合でも……」
「クソーッ!覚えてろよ!」
蛇に睨まれた蛙のように固まっていた男だったが、オリビアが声をかけた瞬間、金縛りでも解けたかのように一目散に逃げ出した。
「……結局なんだったのかしら」
「さあ?急用でも思い出したのでしょう」
ぽかんと口を開けて呆けるオリビアに、カシアンは柔らかく微笑んで目元を緩める。
「オリビアが気にすることではありません。魔塔には変わっている人が多いんです」
「貴方も苦労しているのね……」
「それほどではありませんよ。でも、オリビアに心配してもらうのは良いものですね」
照れくさそうに頬を染めるカシアンが、オリビアの手を取り「では、今度こそ」と仕切り直す。カシアンに勧められるまま辿り着いた庭園には、既に様々な花が咲き誇っていた。




