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花の妖精と壮年執事 1




「おおおおオリビア!どうして箱の中にねずみが居るんだ!?まさか持って帰って食べる気か!?」


「うにゃうにゃあ!!」

(食べるわけないでしょう!!)


 まさか兄にまでそんなことを言われることになるだなんて心外過ぎた。もっと文句を言いたかったオリビアは我慢した代わりに、箱ごと落とされたねずみに向かって話しかける。


『ねずみさん、兄様がごめんなさい。今日はありがとう。人に戻ったら話が出来なくなるかもしれないから、先にお礼を言うわ』

『この程度の衝撃は大したことないから気にするな!オレの方こそ、あそこから連れ出してくれたことに感謝するぞ!』


 ドンと胸を叩いて自分の頑丈さをアピールするねずみに、オリビアは初めて話した動物がこの優しいねずみで良かったと心の底から思った。


『ねずみさん、もう少ししたら馬車が止まるから、そしたら庭から逃がしてあげる』

『また箱に入ればいいのか?』

『――いいえ。箱は窮屈で息苦しいでしょう。だから私のドレスに隠れればいいわ』

『それだとオマエの服が汚れるだろ?』

『そうね。でもそんなの些細なことよ。貴方が辛い方がもっと嫌だもの』


 オリビアの言葉に、ねずみは感動した表情で『オマエはいい人間だな』と涙ぐんだ。


『次に会えた時は、また素敵な冒険話を聞かせてちょうだい』

『任せておけ!いっぱい土産話を用意しておくからな!』


 元気よく頷いたねずみが親指を立てる。

 その後すぐ人間に戻ったオリビアには、もうねずみの言葉は伝わらなかった。

 だけど、チーズ(オリビアからの餞別)を背負い、手を振ったねずみの気持ちは不思議と分かったような気がした。




 ***




「はぁ……」


 開きかけていた蕾が、順番に満開の花を咲かせ始めた四月。朝食を食べていたオリビアは、自分でも知らないうちに深い溜息を吐いていた。


(もうすぐ休みが終わっちゃう)


 学園に在籍しているオリビアは、これから始まる新学期のことを考えるだけで気が重くなった。授業中だけじゃない。移動中や食事中といった、些細な行動一つ一つにまで神経を尖らせなければいけないと思うと、オリビアの気分は余計に沈んだ。


「はぁ……」


 再び肩を落としたオリビアに、同席していた三人は顔を見合わせる。真っ先に切り出したのはカトリーナだった。


「オリビア、貴女が溜息をつくだなんて珍しいわね」

「何か悩みがあるのなら、遠慮なく言ってみなさい」

「父上の言う通りだ。悩んでいることがあるのなら、この兄がいつでも力になろう!」


 心配してくれる家族に囲まれ、オリビアの胸がじぃんと温かくなる。そんな三人に「自分の未来を憂いていたの……」などと言えば、更に心配をかけてしまうに決まっている。

 だからオリビアは、オブラートに包んで悩みを打ち明けた。


「来週の舞踏会が終われば、すぐに新学期が始まるでしょう。だから、上手く過ごせるか不安で……」


 使用人も同じ空間に居るため、オリビアは最大限ぼかして伝える。登校拒否までは望んでいないが、叶うなら保険が欲しかった。


「それなら、授業が始まる前に行ってきなさい」


(……?)


「素晴らしい案です、母上!一度行ってしまえば、きっとオリビアの不安もなくなるでしょう!」


(……??)


「二人の言う通りだ。避けることができないのなら、先んじて準備しておくのがいいだろう」


 行きたくない学園に、新学期が始まる前より先に行かされそうになっている。


(ど、どういうことなの……!?)


 相談したことにより何故か悪化した状況に、オリビアは頭を抱えて混乱した。理解が追いつかずにいるオリビアとは反対に、三人は日程まで決めている始末だ。


「どうせ行くのなら早い方がいいんじゃないか」

「そうね。わたしも貴方に賛成よ」

「ならば、早速今日行って来よう!」


 まさに、悩むよりもまずは行動するヴェゼリー家らしい選択だった。即断即決すぎて口を挟む暇もなかったオリビアは、一緒に行くと浮かれているレナートに急かされ席を立つ。


(ど、どうしてこんなことに……)


 学園自体は嫌いじゃない。行けば友人に会えるし、好きな授業だってある。かといって、休みの日まで熱心に通うほどではなかった。


「学園に行くのは卒業以来だから楽しみだ!」


 完全に浮かれているレナートを横目に、オリビアはすぐに帰って来ようと決意した。




「もう学園に行かれているんですか?」


 それから数日後の昼下がり。目を瞬いているカシアンを前に、オリビアは失言したことに遅れて気が付いた。


(私ったら、気が緩んでうっかり話しちゃったわ……)


 すぐに帰ってくるという決意とは裏腹に、オリビアはあれから午後に数時間ほど時間を取り、毎日のようにレナートと学園に行っていた。

 というのも、今まで校舎をじっくり見る機会などなかったから、改めて回ってみると思っていたより楽しかったのだ。


(それに、猫目線で見てみると、また違った発見もあったのよね)


 ちょうど猫が一匹通れそうな抜け道を見つけた時は、ほんの少しだけ通ってみたくなったりもした。人に見られるリスクがあるので実践はしなかったけれど。


(とはいえ、カシアンは私の事情は知らないからちょっと恥ずかしいわね)


 傍からみれば、やたらと学園が好きな人にしか見えないだろう。誤解されるのは不本意だが、特に尤もらしい言い訳が思いつかなかったオリビアはもうそれで通すことにした。


「休みがずっと続くと、学園が恋しくなることもあるみたい。普段は行かない場所にまで足を運ぶのも新鮮で楽しかったわ」

「行動力に関しては、オリビアとレナート卿の右に出る者はいないでしょうね」

「そうかしら?」


 褒め言葉かは微妙なラインだったものの、オリビアは肯定的に受け取る。カシアンは椅子から腰を上げ、その場から立ち上がった。


「お二人が学園に行かれるのを止めたりはしませんが、どうせなら僕も誘って頂きたかったです」

「特に何も楽しいことはしていないわよ?本当にただ歩いて回っただけだし……」


 くるりとテーブルの囲みをなぞるように歩いたカシアンが、戸惑うオリビアの前で立ち止まる。


「少しの時間でもオリビアに会えるのなら、僕はどこにでも飛んで行きます」


 カシアンはエスコートする時のように、丁寧に片手をオリビアに向かって差し出した。


「なので今日は、レナート卿の役目を僕に任せてもらえませんか?」

「……もう、仕方ないわね」


(昨日でほとんど回り終えちゃったし、後は休み明けまでは行かないつもりだったのに)


 自分も何だかんだでカシアンに甘いことを自覚しながら、オリビアはその場から立ち上がり、差し出される手を取った。




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