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甘い蜜には罠がつきもの 5




『だが、美味そうなチーズの匂いに誘われておびき出されたのが運の尽き。捕まってしまったからには、きっともう外には出られないのだろう』


悲壮感を漂わせたねずみが、遠い目で青い空を哀しげに見つめた。


『今すぐには無理だけど、もう少ししたら兄様が迎えにくるからその時に逃がしてあげるわよ』

『本当か!?』

『約束するわ。ところで私が貴方の言葉が分かるのも、オーラに関係しているの?』


まるで一つずつ謎を解く探偵にでもなった気分で、オリビアはドキドキしながら答えを待つ。


『なに言ってるんだ?動物なんだから、動物の言葉を理解出来るのは当然だろ』

『それは確かに……そう、よね……?貴方って鋭いねずみね』

『そうだ!オレは色んな場所を旅して来たから物知りなんだ!』


再び自信を取り戻したネズミが、ふと何かを思い出したかのように『ああ、そういえば』と呟いた。


『オマエと似たようなオーラを持つ猫を、前に見たことがあったような、なかったような……』

『それはいつ!?どこで!?』


突如浮かび上がった存在に、オリビアは驚きを隠せず前のめりで立て続けに問いかける。


『いつだったっけな……あ、場所はよく覚えてるぞ!あの一番デカいとこだ!』

『あそこは……まさか皇宮?』


ねずみが指差した方角にある一番大きな建物とは、皇族たちが居住している宮殿だった。


(なら皇族のどなたかが私と同じ……いや、そうとは限らないわよね)


皇宮で働いている人は相当な数が居る。更に出入りする人まで合わせたら絞り込むのは不可能に近かった。


(よりによって皇宮だなんて……)


気軽に入ることはできず、この国で最も警備が厳重な場所だ。


『だけどこれを知れただけでも、大きな収穫よ!』


オリビアは一人じゃなかった。他にも同じような仲間が居たのだと分かっただけでも、心は軽くなった。


『貴方は素晴らしいねずみだわ。他にも色々話を聞かせて!』

『おう、いいぞ!』


オリビアの賞賛に気をよくしたねずみが、親指を立てて今までの冒険談を聞かせてくれる。

他に役立つ情報は特になかった。だけど、自分が知っている場所を違う立場で見た時の経験や、全く知らない場所での話も面白くてオリビアは夢中になって聞き続けた。




***




「レナート・ヴェゼリー様が到着いたしました」


(もうそんな時間なのね)


ドアの外から聞こえてきた言葉に、オリビアは顔を上げて時計を確認する。予定していた時間ぴったりだった。


『兄様が来たみたい。窮屈で嫌かもしれないけど、貴方を連れていく名分が必要なの。だから少しだけ我慢して、もう一度あの箱に入ってもらえないかしら?』

『ここから逃げれるのなら、そのくらいお安い御用さ!』


ねずみはオリビアの言葉に素直に従って、自らプレゼントの箱へと戻っていく。


(私も、うかうかしていられないわ)


猫になってから既に三時間は過ぎている。うっかり人に戻らないようオリビアは気を引き締めて、帰る準備をし始めた。


「うにゃうにゃ!」

(これは持って帰るわ)


ぺしぺし、とプレゼントの箱を何度か叩けばデイビッドが「では馬車までお持ちいたします」と素早く察してくれる。


「気に入ったようだな」


オリビアの様子を静観していたカシアンは、満足気に口角をあげた。


「いいか。帰ったらこのプレゼントをオリビアに見せびらかすんだ。『気に入った』と伝わるようにな」

「……」

「オリビアはきっと『楽しかった?』と聞いてくるはずだから、そしたら全力で頷け」


(つまり、このプレゼントは賄賂だったわけね?)


呆れた顔で自分を半目で見つめてきたオリビアに気付かないカシアンは、真剣な声でもう一度よく言い聞かせた。


「俺がお前をとてもよく気にかけてくれたとオリビアに伝えろ。分かったな」


「んに」

(途中から本を読んでたじゃない)


ぷいっとオリビアは顔を逸らしてカシアンの言葉を拒否する。


「聞いているのか」


(ふん!私は間抜けな顔だから会話の内容は理解出来ないって言ったのは誰だったかしら)


「無視をするな毛玉」


何度呼んでも微動だにしないオリビアに、カシアンは言葉を詰まらせる。そして暫く躊躇ってから、小さな掠れるような声でボソッと言った。


「おい…………リビ」


ぴくりとオリビアの耳が動く。猫の聴力のおかげで、その声はハッキリと届いた。


(一度名前を呼ばれたくらいで絆されるほど、私は単純じゃないのよ。でも兄様を待たせているし、今日のところはこの辺で満足するわ!)


そう心の中で呟きながらも、ゆらゆらと揺れる尻尾は隠しきれなかった。


「うにゃん」

(兄様のところまで運んで!)


両手を出して抱っこを強請るオリビアを、カシアンは鼻で笑った。


「残念だが、俺の両手はオリビアのためにある」


「にゃうにゃ……」

(カシアン貴方、恥ずかしくないのかしら)


酒に酔っているわけでもない素面の状態で、猫に対して言う言葉ではなかった。

何故かオリビアの方が羞恥を感じながら、代わりにデイビッドの足の上に乗る。今度は持ち上げてもらえた。


(やっぱりこの安定感は素晴らしいわ!)


箱も持っているからオリビアを片手で支えているのに、一切揺れを感じなかった。


「にゃあん」

(兄様!)


そわそわと落ち着かない様子で馬車の前で待っていたレナートにオリビアは手を振った。




「今日はリビを預かって頂きありがとうございました」


ヴェゼリー侯爵家の馬車に一足先に座らせられたオリビアは、小窓からカシアンに挨拶をしているレナートを眺めた。


「リビが迷惑を掛けたりはしませんでしたか?」

「迷惑だなんてそんな、いい子に過ごしていましたよ。それよりオリビアの様子はどうですか?もしかしてまだ具合が悪かったり……」

「オ、オリビアなら随分と元気になりました!一緒に迎えに来たがっていたのですが、今日一日は安静が必要ですからね!」


(ああもう、兄様ってば嘘が下手なんだから!)


レナート本人もそれは分かっているのか、これ以上ボロが出る前に「では、私たちはこれで失礼します」と離脱を決め、馬車に逃げ込んだ。


「……オリビア、もう見えなくなったぞ」


正門を出て、小窓のカーテンを閉め切ったレナートが囁く。オリビアはすぐに人間に戻ろうとしたけど、その前に一つやり残していたことがあった。


「んにゃうにゃ」

(兄様、これ開けて)


オリビアは隣にあった箱(デイビッドが乗せてくれた)を叩いてレナートに開けてほしいと頼む。


「これを開けるのか?」


「うにゃ!」

(ええ、お願い!)


首を傾けつつも、レナートはオリビアに言われた通り箱を開けた。


「ちゅう?」

(もう出てもいいのか?)


「おわぁッ!?」


箱を開け、中にいた灰色のねずみを見たレナートは驚いて後退ろうとし、ガンッ!と勢いよく頭をぶつけた。


(もう兄様ってば、驚きすぎよ)


自分も同じくらい驚いたことは棚に上げ、オリビアは笑う。




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