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甘い蜜には罠がつきもの 4




見知った屋敷の前で馬車が止まる。デイビッドに大人しく運んでもらいながら、オリビアは辺りを見渡した。


(ここに来るのは随分と久しぶりね)


会う時は大抵カシアンがオリビアの元を訪ねるから、最後に来てからは実に一年ぶりだった。


(お二人共、今は領地の方に居るのかしら)


もし公爵と夫人がこのタウンハウスに居るのなら挨拶をしたいと考えたオリビアは、すぐに自分の姿を思い返して肩を竦めた。


(……次の舞踏会でまた会えると思うから、その時にしておきましょう。それよりもカシアンってば!一人でスタスタ歩いていくだなんて、レディに対してちょっと配慮が足りないんじゃないかしら!?)


デイビッドが運んでくれているおかげで難なく付いていけてはいるが、リビに興味がないというのが分かりやすいにも程があった。


「うにゃうにゃうにゃ」

(まさかカシアンは、私以外の相手にはいつもこんな感じなのかしら?でも兄様に対しては普段通りだったけど)


問いかけるように見上げたものの、目が合ったデイビッドは静かに首を傾げるだけで答えは返ってこなかった。


「到着いたしました」


そうしているうちに、いつの間にか目的地に着いたらしい。オリビアは丁寧な手つきで貴賓室のソファの上に降ろされた。


(まあ!てっきり床にでも座らせられるだろうと思っていたのに、予想外の高待遇ね)


これまで散々雑な扱いを受けてきたせいか、オリビアの中で『高待遇』のハードルが下がりに下がっていた。


(でも、どうして私を座らせてくれたのかしら)


向かいに座りカップを手に取るカシアンとは違い、今のオリビアは手足が短すぎてテーブルまで手が届かない。


(まさか兄様が来るまで大人しく座っていろって意味なの?もうっ、黙ってないで何とか言いなさいよ!)


オリビアがもどかしさにヤキモキしていた時だった。どこからか戻ってきたデイビッドが、手のひら程の小箱を静かに床に置いて、オリビアに話しかけた。


「リビ様、こちらはカシアン様からの贈り物になります」


「んにゃう!?」

(カシアンからのプレゼントですって!?)


今までの扱いからはとても信じられない発言だった。オリビアは現実を疑いつつ、プレゼントの箱とカシアンを交互に見つめる。


(ところで、なんでそんなに遠くに置いているの?)


オリビアのプレゼントなのだから、目の前に置くか直接渡すのが普通ではないか。

だけど今プレゼントの箱は、ソファから離れたドアの目の前に置いてあった。


「毛玉」


箱に興味はあるものの、中々近付こうとしないオリビアをカシアンが呼ぶ。


「にゃう?」

(……はっ!私ってば、せっかく名前まで付けたのに、つい癖で振り向いちゃったわ!)


オリビアにとっては不覚すぎる無意識の行動だったが、カシアンは満足そうに頷いた。


「ふっ、自分の立場をよく理解しているようだな。俺ですらまだ愛称で呼んだことがないのに、毛玉如きが『リビ』だなんて身に余る名前で呼んでもらえることをオリビアに感謝して――」


(せっかくだし、プレゼントの中身でも見てみようかしら?)


最初はカシアンからの対応にあれだけショックを受けていたのに、今では聞き流すことができるようになっただなんて、慣れとは怖いものだった。


(一体何が入っているのかしら?やっぱりお菓子とか?でも猫用のものは食べれないんだけど……)


ソファから軽やかに降りたオリビアがプレゼントの前に歩いていくと、デイビッドが「開けましょうか?」と尋ねてくる。


「んにゃ」

(ええ、お願い)


オリビアは右手をあげて、リボンが解かれる様子をジッと見つめた。きっと猫用のお菓子か玩具だろうと当たりをつけ、プレゼントの箱を覗き込む。


「ちゅう?」

「……ッ!?」


信じられないことに、箱の中に居たのは灰色のねずみだった。オリビアはその場で気絶しなかったのが不思議なくらい驚いて、力の限り叫んだ。


「にゃあああーー!!」

(きゃあああーー!!!!)


「きゅうう!!」

(うわぁあ!猫だ!)


オリビアと箱の中に居たねずみは同時に逃げ出した。けれども、すぐにカシアンとデイビッドによってお互い捕まってしまう。


(騙された!まさかねずみをプレゼントするだなんて!これはさすがに酷すぎるわ!)


首根っこを掴まれ、毛を逆立て怒りを露わにするオリビアを見て、カシアンは不思議そうに呟いた。


「怒っているように見えるが、猫はねずみが好きなんじゃなかったのか?ほら、好きだけ遊んで来い」


「うにゃうにゃう、にゃにゃう!」

(悪気がないのは分かったけど、近付けられても困るわ!私にも人としての尊厳があるの!)


全力で拒否するオリビアと同じくらい、デイビッドに捕まったねずみも必死に抵抗を続けていた。


「きゅう!きゅうきゅう!」

(やめろ!離せ!食われるー!)


「うにゃっ!?」

(食べるわけないでしょう!?)


心外すぎる発言に思わず言い返してしまったけど、それよりも自分が動物の言葉を理解したことにオリビアは驚いた。


(どうして言葉が分かるの?……いや、まさかね。今のはきっと幻聴に決まっているわ)


『なぁ、本当に食わないのか?』


首を振り現実を否定していたオリビアに、ねずみが話しかけてくる。一字一句、ハッキリと伝わった言葉に、オリビアは開いた口が塞がらなかった。


『どうして黙ってるんだ?やっぱり食いたくなったんだろ?』

『なってないわよ!だって私は人間だもの!ねずみは食べないわ!』


否定したい気持ちが強すぎるあまり、オリビアは勢いに任せて特大シークレットまで口にしてしまった。


『ち、違うの……だから、その……』

『ああ!だからオーラが少し他の猫とは違うんだな』


すぐに撤回しようとしたオリビアに向かって、ねずみが納得するように頷く。

予想外の返しに拍子抜けして、オリビアは目をぱちぱちと瞬いた。


『オーラって?』

『生物にはそれぞれ特有の()があるんだ。だがオマエは人間と動物、どちらとも違う色をしている。多分魂が人間のまま、肉体だけが猫になったからなのだろう』

『どうしてそんなこと知ってるいるの?』

『それはオレがさすらいのねずみだからだ!』


自信満々に胸を張ったねずみは、すぐに肩を落として落ち込んだ。




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