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甘い蜜には罠がつきもの 2




「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃない!」

「すみません、オリビアがあまりにも可愛いくて」

「次は見間違えたりしないんだから!」

「まだ探すんですか?」


 歩みを進めようとしたオリビアの身体がその場に引き止められる。低い声が間近で響き、パッと顔をあげると、すぐ目の前にカシアンが近づいていた。


「せっかくのデートなんですから、そろそろ僕のことも構ってください」


 オリビア耳に唇を寄せたカシアンが、囁くように呟く。カシアンは元々距離が近く、このような行動を取ることは日常茶飯事だ。


(今日ってこんなに暑かったかしら)


 オリビアにとっては慣れきっているはずの行動なのに、吐息が触れた耳がいつもより熱い気がした。


「わ、分かったから少し離れてちょうだい……」

「嫌です。オリビアが初めて嫉妬してくれたんです。一瞬足りとも見逃したくありません」


 背けようとした顔は、カシアンの両手によって正面へと戻される。オリビアが何かを言うよりも早く、カシアンの唇が触れた。


「可愛いオリビア、かわいい。かわいい」


 ちゅっ、ちゅ、と軽やかな口付けが繰り返し降り注ぐ。触れる箇所が額から目元、頬と次第に下がってきて、唇が重なろうとした瞬間、オリビアは間に手を差し込んでカシアンの顔を押し止めた。


「ちょっと、どさくさに紛れて何する気よ!?それにこんな場所で!」

「今は誰もいませんよ」

「そういう問題じゃないの!」

「チッ、もう少しだったのに」


(今、舌打ちしたわね!?)


 意識が少しでも逸れていたら聞き逃していたであろう小さな音だったが、オリビアの耳にはしっかり届いた。


「どうかされましたか?」


 オリビアからの疑いの目を向けられたカシアンは、こてんと可愛らしく首を傾ける。


「……そんなに可愛い顔してもダメよ」

「ちぇっ……」


(まったく、油断も隙もないんだから)


 神殿の時以降、こういうことはなかったから完全にガードが緩んでいたと、オリビアは警戒心を取り戻した。


「そういえば、さっき言ってた嫉妬ってどういう意味なの?」

「僕が猫に『可愛い』って言ったから嫉妬されたんですよね?」

「へ、」

「もう二度と誰にも言わないので安心してください。僕にとっては『可愛い』も『綺麗』もオリビアの為に存在している言葉ですから」


 誰彼構わず口説く相手と、自分だけを褒めてくれる相手なら、後者が圧倒的に理想だろう。オリビアの胸も一瞬高鳴りかけたものの、すぐ我に返り叫んだ。


「ダメよ!」


(それは私(猫の姿)にも適用される約束じゃない!)


 毛玉呼びのところを見る限り、(性別が女)だと認識されているかどうかは微妙ではあるのだが。とにかく、目を瞬かせて驚いているカシアンにオリビアは慌てて弁解をした。


「だからその……私の猫に対して無関心のような気がするから、もう少し気にかけてあげてほしいというか……よく見ればあの子も可愛いかもしれないし……!」


 自分を褒めるようで実はかなり恥ずかしかったが、とにかくオリビアは最後の方は小声になりながらも言い切った。


「はい」


 頷く声と共に、力を込めて握る拳に大きな手が被せられる。爪が食い込む肌を傷つけさせないように、ゆっくりと開かれた。


「オリビアが望むのならいくらでも」

「……でも、私は強制したいわけじゃないのよ。カシアンが嫌ならして欲しくないわ」

「分かっています。だからこれは、僕がそうしたいだけです」


 本当にそうなのだろうかと躊躇うオリビアに、カシアンは優しい声で打ち明けてくれる。


「実は隠していたことが一つありました」

「え?」

「会ったんです。今日オリビアの毛……猫に」


(毛玉って言おうとしたわね)


 未だに納得のいかない呼び名だったが、今はそれより話の続きを待った。


「心配をかけると思ったので言わないつもりでしたが……野良犬に噛まれそうになっていたところを、オリビアの猫が追い払ってくれたんです」


(まぁくんを倒したのはカシアンなのに、まさか私に手柄を譲ってくれたのかしら?)


 感動の割合が大きいあまり、オリビアはまぁくんが野良犬扱いされているのには気が付かなかった。


「だから、オリビアに強制されているわけではなく、ちょうど僕も一度会いたいと思っていたんです。なので次に会う時は、僕の屋敷にオリビアと毛……猫を招待してもいいですか?」

「……ええ、喜んで!」


 強制されたわけではないとカシアンは言ったものの、自分が口にした言葉の為だろうとオリビアも分かっている。

 だけどその気遣いと僅かな猫への関心の関心が嬉しくて、オリビアは笑って頷いた。


(魅せてあげるわ、今度こそ!)


 決意を込めて瞳を燃やしているオリビアに、カシアンがふと思い出したかのように尋ねてきた。


「そういえば、猫の名前はなんですか?」

「な、名前?」

「はい、いつまでも毛……猫と呼ぶわけにはいきませんし」


(確かに、いつまでも毛玉と呼ばれるわけにはいかないわね)


 カシアンの言葉に、オリビアは内心頷きながら頭に猫の名前を思い浮かべた。


(シェリーなんてどうかしら。響きが可愛くて、意味は外国語で愛しい……だったわね。……さすがに恥ずかしいから止めておきましょう)


 他にもいくつか候補を立てるけど、自分で自分に名前を付けるのは難しかった。それに、全く違う名前は、呼ばれてもすぐに反応できない可能性が高い。

 それで結局、聞き慣れたものに近い名前にすることにした。


「うーん、リビにしようかしら?」

「……オリビアの愛称と似ていますね。それよりは『ピピ』の方が可愛いらしくて、聞き分け易いんじゃありませんか?」


(ピピは外国語で糸くずって意味じゃない!)


 小さな頃、分厚い本を読んでいたカシアンに話の流れで偶然聞いた単語だった。その時は「ピピだなんて可愛いのね」と笑ったりもしたオリビアも、まさか自分に名付けられそうになる日が来るとは思いもしなかった。


「私の猫だから、せっかくだし自分の名前を取ってあげたいの。だから名前はリビで決まりよ!カシアンもちゃんと名前で呼んであげてね」


 オリビアはカシアンの提案を即座に却下した。名前も決まり、次の予定に胸を弾ませる。

 そんなオリビアが一番重要なことを思い出したのは、寝る直前ベッドに入ってからだった。




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