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偽りの仮面を剥ぎ取って 2




「ランティアス小公爵様が到着されました」

「ア、アンナ早く行ってきて!」


 カシアンの到着の知らせにオリビアはびくりと大きく身体を跳ねさせながら、慌てた様子でアンナの背中を押した。

 こっそりと窓から外を覗くと、ランティアス家の紋章がついた馬車が止まっているのが見える。


(中々出てこないわね……何かあったのかしら?)


 アンナを送って待つこと数分、一向に姿を見せないカシアンにオリビアが焦れったさを感じていると、再びドアがノックされる音が響いた。


「オリビア様、その……小公爵様をお連れしたのですが……」


(ええっ!?帰ってもらうようお願いしたのにどうして連れてきたのよ!)


 いくらヴェセリー家よりも爵位の高い客人とはいえ、一応アンナの主人はオリビア――正確にはヴェセリー侯爵だが――なのだから、この場合はオリビアの命令を優先するべきではないかと、心の中で文句を叫ぶ。

 そんなオリビアの思考を読んだかのように、アンナは言葉を続けた。


「カトリーナ様から『ランティアス小公爵様にご迷惑はかけないように』との伝言も預かっております」

「……」


 オリビアはその場でがくりと項垂れる。同時に、アンナにはどうしようもなかったことを察した。この家の力関係は、オリビアよりもカトリーナの方が強いのだ。


(お母様に会っちゃったのなら仕方ないわね……)


 退路を絶たれてしまった以上、カシアンに会うことは避けられなさそうなので、オリビアは覚悟を決めることにした。


(平常心よ。落ち着いて、普段通りにするの)


 心を落ち着かせるようにオリビアは深呼吸をしてから、アンナにドアを開けるように伝える。しかし、ゆっくりと開かれたドアの隙間からカシアンの姿が見えた瞬間、鎮ませたばかりのオリビアの心臓は早鐘を打ち始めた。


「会いたかったです、オリビア」


 オリビアと目が合ったカシアンは、柔らかく目元を緩めて心底嬉しそうに破顔させる。顔が熱くなりそうなのを隠しながら、オリビアは平然とした口調でカシアンに話しかけた。


「こっ、この前も会ったばかりじゃない」


(声が裏返ったわ、恥ずかしい!)


 羞恥で震えていると、カシアンは一歩踏み込んでオリビアの前に立つ。そしてオリビアの手を掬うように取り、手の甲に軽く口付けた。


「僕はいくら会っても全然足りないんです。この前は、見送りも出来ませんでしたし」


 この前とは、明らかに神殿でのことを言われていると気が付いたオリビアは誤魔化すように慌てて話を変えた。


「と、ところで!せっかく来てもらって悪いのだけれど、今日は予定があるの」

「どこかお出掛けでも?」

「まあ、そんなところよ」


 アンナが少々気合いを入れすぎたこの格好では、さすがに否定できないとオリビアは曖昧に頷く。意外なことにカシアンはアッサリと引き下がった。一瞬だけ。


「それでしたら仕方ありませんね。良ければ僕もついて行ってもいいですか?」


(ダメに決まってるでしょう!)


 当然のようについてこようとするカシアンに、オリビアは必死に断る言い訳を探した。このままでは聖下と会ってしまうだけではなく、オリビアの秘密まで芋づる式にバレてしまう可能性があるのだから。

 来ないでほしいという雰囲気が顔に滲み出ていたのか、カシアンは目線を下げながらオリビアの指先をきゅっと握った。


「それとも、僕が一緒だと迷惑ですか……?」

「えっ?いや、その、迷惑とかじゃなくて!一人でササッと済ませたい用事なのよ!」


 今にも泣き出しそうにカシアンが瞳を潤ませるものだから、オリビアは慌てて言い繕う。「どのように納得させるべきか」と悩んでいるオリビアを「カシアンに誤解されてしまう」と解釈したアンナは、意を決して名乗りをあげた。


「お話中に申し訳ございません!ですが、どうしても訂正したく……!オリビア様も本当は、ランティアス小公爵様にお会いできるのを楽しみにしておられました。今日は私が起こすよりも先に起きられていたくらいですから!」


(だからそれは誤解よ!)


 アンナからの突然のアシストにオリビアが頭を抱える一方で、カシアンは口元を抑えて顔を赤くさせた。


「僕だけが会いたいんだと思っていたのに、まさかオリビアも同じ気持ちでいてくれてたなんて……嘘みたいです」


(……アンナが勘違いしただけなのって、言うべきなのに)


 あまりにも幸せそうに、夢見心地で笑うカシアンに向かって、オリビアは今更否定の言葉を口に出来なかった。

 オリビアの勢いが弱まったのを察したカシアンは、もう一度交渉を試しみてくる。


「やっぱり僕も一緒に行かせてください。オリビアの行きたい場所なら、どこでも付き合います」

「で、でもカシアンは楽しめないかも……」

「それは有り得ません。僕はオリビアと一緒に居られるのなら、どこでも幸せですから」


(そんなこと言われたら、ますます断りにくいじゃない……!)


 頑なについてこようとするカシアンにオリビアも負けじと意志を貫くものの、そろそろ挫けそうだった。


(何かを断るって結構大変なのね)


 猫になって秘密ができるまでオリビアはカシアンを拒否したり、お願いを断ったりすることはなかった。そうする理由がなかったというのが正しい。

 だからこそ、いつも単純明快なオリビアにとって、何度もカシアンを断るという行為は思った以上に疲労をもたらしていた。


(だけどこの前のように、勢いに任せて言い返すのは良くないわ。そのせいで、あんな口付……きゃああ!こんな時に何を考えているのよオリビア!)


 一瞬忘れかけていたことをふと思い返してしまったオリビアは、カッと顔を赤くさせてすぐさま思考を払った。

 そんなオリビアにカシアンはすっと目を細めて問いかける。その声は、先程よりもずっと低く響いていた。


「……まさかとは思いますが、他の男に会いに行かれるんじゃありませんよね?」

「そ、そんなはずないじゃない!」


 的を射た言葉にも驚いたが、それよりも表情が削げ落ちた無表情のカシアンに恐怖を感じてオリビアは慌てて否定した。

 カシアンが怒る時は大抵、ろくな事にならないと身をもって知っていたので。


「なら、僕も一緒でも問題ありませんよね?」

「……ええ、勿論よ!」


 駄目だと必死に叫んでいる思考とは反対に、オリビアは反射的に同意してしまった。




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