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偽りの仮面を剥ぎ取って 1




 神殿から帰ってきて以降、聖下からの連絡は一切ないまま、オリビアは落ち着かない日々を過ごしていた。

 その間も相変わらず、一定の間隔で猫に変わっている。大好きな本に目を通してみても内容が頭に入ってこなく、集中することもできない。

 早く今の状況を打破する手掛かりを得たいと思うと、逸る気持ちを抑えることが出来なかった。


「オリビア様、お手紙が届きました」

「誰から!?」


 上の空で本に目を落としていたオリビアだったが、アンナの言葉に勢いよく顔を上げてその場から立ち上がった。期待いっぱいの表情で手紙を受け取り、ぱぁっと顔を輝かせる。


(聖下からだわ!)


 差出人の名前はなかったけれど、銀色の封蝋を使用するのは神殿だけだ。そして神殿に所属していて、オリビアに手紙を送る相手も一人だけだった。


(ついに何か分かったのね!)


 オリビアは希望に胸を膨らませ、手紙を開いた。神殿に来てくれたことへの感謝から始まった文章は、オリビアへの甘い口説き文句へと変わっていく。それらを軽く読み飛ばして、本題を探した。


「もう、前置きが長いわよ――あっ!」


 便箋の半分ほどを読み進めてオリビアが不満を呟いた瞬間、目に止まった内容に歓喜の声を上げた。


『ご令嬢と同様の事例などは見つかりませんでしたが、解決の手掛かりになりそうな文献を発見しました。ですので近いうちにお会いしましょう』


 手紙には日程と待ち合わせ場所が記された後、要約すれば『会えるのを楽しみにしている』という文が三行にも渡り綴られていた。誰かが見たら、まるでラブレターだと勘違いしてしまいそうなほど、熱烈な内容が。


「相変わらず軽いわね」


 呆れたような口振りだったが、その声には安堵が滲んでいた。オリビアは肩の力を抜きながら、ペンを手に取る。きっと聖下には沢山の手紙が来ているはずだから、オリビアの返事は読まれないかもしれない。だけど一応は礼儀として返事をしておくべきだろう。


(やっぱりカシアンは怒るかしら……)


 一瞬、躊躇ったようにオリビアの手がぴたりと止まるも、すぐに頭をぶんぶんと振って思考を振り払った。


「しっかりするのよ、オリビア!」


 この期を逃せば、もうチャンスは巡ってこないかもしれない。だから多少の後ろめたさや罪悪感があろうとも、優先順位を付けなければいけなかった。


(聖下に会うことは、カシアンには秘密にしておきましょう)


 正確には『言わない』のではなく『言えない』のだが。やましいことは誓って何もないはずなのに、なんだか浮気をしているような後ろめたさを感じたオリビアは先程までとは違った意味で気が重くなった。


(要件だけを話し合って、すぐに別れればそんなに時間もかからないわよね)


 だから大丈夫だと、オリビアは心の中で自分を納得させた。そして当日、この選択をオリビアは心の底から後悔することとなる。




 ***




 待ち合わせ当日、オリビアは清々しい気持ちで目を覚ました。普段ならば「もう少しだけ」と枕に顔を埋めていたのに、今日は起こされる前に起床していたのだから当然アンナは驚いた。


「オリビア様がこんなに早く起きられるだなんて……まさか一晩中起きていらっしゃったのですか?」

「ちゃんと寝たわよ!今日は出掛ける予定があるから早く起きたの!」

「ふふっ、それを聞いたらカシアン様が喜ばれそうですね」

「え?なんでカシアンが喜ぶの?」


 オリビアが疑問に首を傾けると、アンナはにこにこと笑いながら爆弾を落とした。


「朝が弱いオリビア様が、カシアン様とのデートが楽しみで早起きしたとお知りになれば、当然喜ばれるに決まってますよ」

「今日、会う予定の相手はカシアンじゃないわよ」

「そうなのですか?今日は定期面会日ですので、てっきりカシアン様とお会いするとばかり思っておりました」

「……!」


 その瞬間、オリビアは雷にでも打たれたかのような衝撃が全身に走る。定期面会日――それは月に数回ほど定められた、婚約者との交流の義務だった。


(もちろん私は、カシアンと会うことを義務だとは思っていないけれど……いいえ、今はそれどころじゃないわよ!まずいわ。面会日が今日だったことをすっかり忘れてた……!)


 カシアンとはつい先日に会ったばかりだったこともあり、オリビアの頭の中から予定が抜け落ちていた。


(どうしましょう!きっともうカシアンはこちらに向かっているはずだわ。体調が悪いって言って帰ってもらう?でもきっと『心配なので一目だけでも』って言われるわよね)


 鏡で自分の顔を確認してみるけれど、血色が良く誰から見ても明らかに好調だ。身支度を整えつつ言い訳を考えるものの、いい案は全く浮かばず時間だけが迫ってくる。


(困ったわ、何も思いつかない!)


 実のところオリビアは嘘が得意ではない。

 単純な性格なうえ感情が顔に全て出てしまうから、嘘をついてバレたことは一度や二度じゃなかった。


(それに、一体どんな顔をしてカシアンと会えばいいのよ……!)


 ただでさえ今日は他の件で頭がいっぱいだというのに、これ以上はキャパオーバーだった。

 オリビアは近年稀に見るほどの真剣な表情でアンナの肩に手を置いて、慎重に口を開いた。


「――アンナ、お願いがあるの」

「嫌な予感がします」

「今日は会えないって、私の代わりにカシアンに伝えてくれないかしら?」

「ええっ!?どうしてですか!カシアン様とお会いするために、珍しく早起きまでされたのに!」


(それはアンナの勘違いなんだけれど……)


 残念ながら今のオリビアには訂正している余裕はなかった。どちらにせよ、聖下との約束がある以上、カシアンと普段ようにのんびりとお茶をしている時間はないのだ。


「今日はどうしても外せない予定がはいってるの」

「それならオリビア様から直接カシアン様にお伝えした方が良いのではないでしょうか?」


(それが出来たらこんなに苦労はしてないわよ!)


 不思議そうにするアンナに向かってオリビアが心の中で叫んでいると、ドアがノックされる音が部屋に響いた。




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