後悔ミミック
私は姿勢を正し、カクタスを真っ直ぐに見る。
その緊張感にシトロネラも息を呑んだ。
私は彼のパーティーメンバーがローザに故意に呪いの書を渡したことを正直に説明するか悩んだ。正直に話したら彼はどうなってしまうだろう。悩んだ末、説明を始めた。
「彼女は……。ダンジョンで拾った、死の呪いの書を誤って開いてしまって、今際の際あなたに向けて言葉を遺しました。『今までありがとう。一番好きだよ。幸せになって』と。彼女は、最後にあなたに逢えて……、あなたの腕に抱かれることが出来て、幸せだったと思います」
最後は私の希望的観測だ。そんなの、言わなくても良かった。なんか、最近変だ……。言わなくていい事を言ってしまう。
「そんな、まさか……。彼女が好きだったのは……」
「ローザは、あなたの事を好いているメンバーに気を使って、自分の気持ちをあなたに言えなかったみたいです」
彼女も死の間際で一番好きな人に気づくとはやりきれない。もっと早く気づいて欲しかったな……ローザ。
私は話しを終えて、そっと目を伏せた。
それを聞いたカクタスの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
私も彼女を思い出し喉が痛い……。でも、泣いてはいけない。
そして、もう一つ。彼へ言いたかったことを伝えた。
「二つ目は、それをあの時に言えなくてごめんなさい。……あなたの気持ちを考えず、殴ってごめんなさい。あなたは毒に侵されながらダンジョンに引き返そうとするぐらいだったのに……。私は浅はかでした。そして、私の数少ない友人を迎えに来てくれて、ありがとう」
友人と聞いて、カクタスは驚いた。私が友人を語るのはおこがましいが……怒られてもいい。
私の話を聞いて、手を震わせていた彼の答えは意外だった。
「そうか……。彼女、最期は一人じゃなかったんだな。看取ってくれてありがとう。守ってやれなくて、ごめん……、ごめんよ。ローザ……」
彼は泣き崩れた。
ローザ伝えるの遅くなってごめんね。ちゃんと彼に届けたよ。
◇ ◇ ◇
「カクタスさん、彼女の最後の願いをゆっくりでいいので叶えてもらえますか?」
「ああ、時間はかかっても必ず。……ローザの事だ、彼女の宝物の杖を託した君の幸せも願っているはずだ。君も幸せにな……」
彼は穏やかな顔で笑いかけた。
仲間と好きだった彼女を失った一番つらい彼が、他者を思いやる言葉をかけてくれたことに胸が痛んだ。
そして、私達はカクタスと別れた。
後日、シトロネラから聞いた話だと、カクタスはギルドを辞めた。別の土地へと移り住んだらしい。
そして回復魔法を学び始めたと聞いた。
「困っている人を沢山助けられる大魔法使いになる」
彼はそう穏やかな顔で語ったらしい。
その願いまで叶えてくれるのか……。ローザ、カクタスはいい男だね。
私は遠い空を見つめて、彼等の幸運を願った。
◇ ◇ ◇
今日の活動部屋は、ギルドから預かった鉱物がずらりと並んでいた。種類ごとにまとめ・磨き・箱に仕舞うといった作業をシトロが黙々とこなしている。
リンデンとユズは先日拾った洞窟猪の牙が、ギルドから所有を認められたので、それを受け取りに行っている。
私はシトロの席の後ろで宝箱の中に入り、鉱石の破片を光に翳しながらぼんやり考えていた。
う~ん? 私、地上に出て来てから精神的なブレというか……、揺らぎと言うか……。ダンジョンにいた頃は考えられなかったことを、思ったり言ったりしてしまう。どうしてしまったのか……。ホームシックという奴かなぁ?
それにカクタスを見て思った。私は彼のように、毒に侵されながらも好きな人を助けようと動けるのかな? それとも、自分の命を優先するのか?……あ、でも自分を解毒してから助けを呼んで急いで向かうのも有るか。正解が分からない。
いや、そもそもモンスターが人を好きなっていいのかな?
この漠然とした悩みを、シトロネラにぶつけてしまった。
「シトロネラ……。私は人を好きになってもいいのかな?」
「好きな人でもできたの? いいんじゃないかい? 好きになる気持ちは止められないよ。行動さえ律すれば問題ないだろう」
えっ……。
モンスターが人間を好きになってもいい。そう言われて、胸の辺りが少し軽くなった。
メリッサを始め、ダンジョンで出会った皆が好きだ。彼等を好きになったことは間違いではないと言われたような気がした。そして、シトロネラ達も好きな事も。
私は嬉しさを隠すように、手に持っていた鉱石をパクリと食べた。
「……そっか! 好きになり過ぎて、うっかり食べないように気を付けるよ。ありがと! シトロ」
「ぜひ頼むよ……って。傍から、水晶の破片盗み食いしないの。そういう所だよ! 律して!」
磨く過程で欠けて、床に落ちた水晶をつまみ食いしていたことがバレてしまった。
……うっ!……人間って、難しいなぁ。




