もやもやミミック
「にぁああああああああああああ!!!」
私は過去に起きた出来事の夢をみて、目覚めた。
蓋を勢いよく開けて起き上がる。
勢いよく開いた拍子に、蓋がガコンと派手な音を立てて壁にぶつかった。その衝撃で、壁に立てかけてあった杖が倒れて、私の頭にポカーンと直撃した。
「ううううううううううっ…………!」
真っ白くて、大きな木製の杖。
グリップの部分はピンクとブルーの布が交互に巻かれている。更に革紐も巻きつけられており、その先にビーズや羽飾りがついて動かす度に揺れて可愛い。これは友達から譲り受けた杖で、ダンジョン内ではこれを使って移動していた。彼女が拘って作った杖なので可愛いだけではなくとてつもなく丈夫だ。
そんな丈夫な杖に怒られた。私は杖を手に取りそれに語りかける。
「やっぱり、ローザも怒ってる?」
もちろん杖は何も答えてくれない。「はぁ……。だよね」私はため息を吐いて杖を体の中にしまった。そして夢を反芻して自己嫌悪に陥る。
私は何てバカなんだろう? 冷静になれば分かる事じゃない。
半年前、ダンジョンである人物にお願いされた頼まれ事。私はそれに対して心の整理が出来なくて、実行できずにいたが……今、整理が完了した。
私は服を着て髪を整え、幼馴染ズの活動部屋に入る。
部屋には既にシトロネラが居て、剣の手入れをしていた。
「おはよ、早いね~」
「おはよう、叫び声が聞こえたけど大丈夫?」
――うっ!
私は活動部屋隣の倉庫となっていた部屋で寝泊まりしている。やっぱり、あの絶叫は聞こえていたらしい。
「驚かせてごめんね? 昔の夢を見て驚いて叫んじゃった。……ねぇねぇ、カクタスって冒険者知ってる?」
「いきなりなんだい? カクタス……。あぁ。半年前ミュウが居たダンジョンで生還した人だね。昔、ギルドの講習会でお世話になった事があるけど……。どうしたの?」
わあぉ……! 期待せずに聞いたのに、まさか知っているとは……。最近全てが都合良く進んで、自分でも怖い時が有る。
「その人に、会いたい」
私の希望に、シトロは少し考えてから困ったように答えた。
「……やめておいた方がいいんじゃないかな? その人、事件のショックで酷く塞ぎこんでいるんだ。今も家で療養していたはずだよ?」
「……知ってる。パーティーメンバーと、好きだった人亡くしたんでしょ? その『好きだった人』から伝言を預かっているから……渡したいんだ」
「……え?」
◇ ◇ ◇
後日、カクタスと会う約束を取り付ける事が出来た。私はシトロネラに連れられて彼の家に来た。彼の家の窓はカーテンで閉ざされていた。
「こんにちは! ギルド・ローレヌのシトロネラです」
扉を叩きそう叫ぶと、しばらくして扉が開きその隙間から男が顔を出した。
二十代半ばのカクタスは酷くやつれ、無精ひげが生えている。目にも生気が宿っていない。彼の負った心の傷は私の想像以上に深そうだった。
彼はシトロネラと私の姿を見て驚き息をのんだ。驚きながらも彼は家の中へと私達を招き入れた。
「どうぞ……。中へ……」
私達は彼の家の中に入りソファに勧められ座った。彼はカーテンを開けお茶を淹れて、もてなしてくれた。彼も座り、シトロと簡単な挨拶を交わすと、話しが始まる。
「今日はどういったご用件で……?」
「僕の隣にいるミュウから、あなたにお伝えしたい事が有って伺いました」
私はカクタスにぺこりとお辞儀する。
彼は亡霊でも見るかのように怯えた目で私を見つめている。まぁ、彼にとって私はダンジョンの亡霊に近い。
私はゆっくりと話し始めた。
「はじめまして……ではないですね。お久しぶりです、カクタスさん。今日は体調が優れないところ、無理を聞いてくださって、ありがとうございます」
「まさかとは思うが……。君は……」
カクタスの声は震えていた。次第に手も震えだす。彼は半年前のダンジョンで起きた悪夢を思い出している。
彼の様子を見て、私にも迷いが生まれた。
シトロの言う通り私はタイミングを間違ってしまったかな? 焦り過ぎたかな? でも、今日伝えないと、永遠に伝えられない気がした。
私は姿勢を正し、彼を見つめて静かに話し出す。
「はい。半年前のあの日、ダンジョンで会ったモンスターのミミックです。『ミュウ』って言います。あなたに二つ伝えたいことが有って来ました。一つはローザからの伝言です」
『ローザ』という言葉を聞いてカクタスの肩がびくりと跳ねた。
私が彼にモンスターである事を明かし、シトロは驚いていた。対照にカクタスはそれを聞いてどこか納得した顔をしている。
そう、私達は半年前に逢っていた。




