梨とコタツとバカップル
とあるアパートの一室、向かい合ってコタツに入った二人の男女が口論をしていた。
「なんで、あたしがお茶くみに行かなきゃならないのよっ!あんたが行けばいいでしょっ!」
「正月早々、いきなり俺の家に押し掛けて来るなり、コタツに入って『寒いから、温かいお茶が飲みたい』って言ったのはお前だろうがっ!しかも、俺にはお茶っぱがどこにあるのか分かんねえんだよっ!」
「ここはあんたんちなんだから、自分の家にあるものぐらいちゃんと確認しておきなさいよっ!」
「お前がこないだ雑にしまったせいで、分かんなくなったんだろうがっ!」
「あたしのしまった場所ぐらい分かりなさいよっ!」
「無茶言うなっ!そんなもの分かるわけないだろっ!」
「そこは愛の力でっ!!!」
「・・・無理だっ!!!」
―――その後も、ケンカなのかじゃれあいなのか分からない言い合いは続いたが、結局、男の方が台所へお茶を煎れに行くことになった。
「・・・理不尽だ」
「さすがっ♪愛してるわよっ♪私の愛しの彼氏様っ♪」
「・・・おかしいな・・・?ちっとも嬉しさがわいてこないぞ」
「あ、ついでにお茶請けもよろしく~♪」
「・・・」
男は、何を言っても無駄だと感じたのか、無言のまま女の方を一瞥すると、これ見よがしにため息をつきながら、台所へと姿を消した。
―――30分後、湯のみに入ったお茶二つと、キチンと皮がむかれた梨が一皿、コタツに運ばれてきた。
「何で梨なのよっ!コタツと言ったらミカンでしょうっ!」
男は口元を引きつらせつつ、こう答えた。
「―――文句があるんなら、自分で買ってこいっ!俺はミカンよりも梨の方が好きなんだよっ!!!」
「―――あら!この梨意外とおいしいわね♪」
「・・・結局、食うのかよ・・・」
男は文句をたれ流しつつも、自分は梨にはほとんど手を着けずお茶も一杯しか飲まずに、女が梨を食べるのを黙って見守っていた。
そして皿に入っていた梨が全て無くなり、急須も空になると、女は少しずつソワソワし始めた。
男はその事に気づくと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「・・・?・・・ッッッ!!!」
男の表情に女は一瞬いぶかしげな表情を浮かべたが、次の瞬間悔しそうな表情に変わると、男を睨みつけた。
「・・・あんたまさか・・・」
「あぁ、お前の想像通りだろうさ」
男は勝ち誇った笑みを浮かべて、女に話し始めた。
「―――お前も知っているとおり、梨は水分を多く含んでいる果物だ。しかも俺が一杯飲む間に、お前は何杯もお茶をおかわりした。つまり・・・
お前は今、トイレに行きたくて仕方がないはずだ」
女は唇をギュッと噛みしめて屈辱に耐えているが、その眼だけは、今もなお男に向かって闘志をたぎらせていた。
―――そんな女の様子を目にした男は、さらに得意気になって続ける。
「当然トイレにたつ場合は、ここにある二人分の湯のみと皿を流しで洗ってもらう。
―――あぁそうだ、ついでにポストから年賀状も取ってきて貰おうか。」
「!ッ・・・何ですって・・・」
女は愕然とした面持ちでつぶやいた。
「おいおい、このぐらいのペナルティは当然じゃないか―――コタツから出るというのは、そういう事だろう?」
「・・・えぇ、その通りね・・・」
次の瞬間、女はキッと男を睨みつけると
「―――でも、ムザムザやられるつもりはないわっ!!!」
そう言って、コタツを自分の方へ思い切り引っ張った。
『これであいつをコタツから出してしまえば私の勝ちっ』
女は逆転勝利を確信した。
―――しかし敵もさるもの、男の方もコタツを両手でしっかりと押さえて、コタツが動かないようにしていた。
「くっ・・・離しなさいよっ!」
「そうはいかないっ!俺だって負けるわけにはいかないんだっ!!!
―――ここは、我慢比べといこうじゃないか」
「!!!ッッッ望むところよっ!」
―――その後7分43秒に渡って続けられた死闘は、結局男の勝利で幕を閉じた。
我慢出来ずにトイレへと向かう女の後ろ姿を眺めながら、男は二週間ぶりの勝利の味に浸っていた。
そこへ―――
「そうそう・・・私のトイレ長くなりそうだから、洗い物はお願いねっ♪ついでに年賀状もよろしくっ♪」
「・・・なにいっ!」
―――現実は、時として非情である。
「まったく・・・正月早々、ムダな体力を使っちゃったわ」
「・・・ならば、正月早々やるせなくなった俺の気持ちは、どうしてくれる」
「そんなの、あんたが負けるから悪いんでしょ?」
「俺は負けた訳じゃないっ!」
「はいはい―――試合に勝って、勝負に負けたって事でしょう・・・みっともない」
「聞こえているぞっ!・・・しかし、今年一年もこんな調子だとすると、俺の身が持たん・・・」
「しょうがないわねぇ~。ほらほら、せっかく私が梨を剥いてきてあげたんだから、食べなさいよ。はい、あ~ん」
そう言われた男は素直に口を開け、女に食べさせてもらった梨をじっくり味わって食べ終えた。
「―――やはり、この梨は格別だな。」
「あたしが剥いた梨だものねっ♪」
「・・・今回はそういうことにしておいてやろう」
「なんか引っかかる言い方よね~、素直に認めなさ・・・そう言えば、新年なのに、下らない掛け合いで大切なコトをすっかり忘れてたわ」
「原因はほとんどお前だろうがっ!」
「いちいち細かい男よね、あんたも。今は叫ぶより先に、やることがあるでしょう?」
「・・・非常に不本意だが同意しよう、続きはこれが終わった後だ」
「じゃあいくわよ、せ~の」
「「あけましておめでとうございます。今年も一年、よろしくお願いします」」
「小説家になろう」の皆様、本年もよろしくお願いします。