74話 ヒューマニティ Part.2
「なるほどなるほど、それで激おこだったんだね~」
少し小顔になったアサキが、フレームの歪んだ眼鏡を指で押し上げながら言った。
よく見ると、頬の端にうっすらと指の痕が残っている。
向かいのソファでは、少し落ち着いたらしいディオが、コーヒーを片手に座っていた。
「確かに、お前とは『俺の力を自由に使用しても良い』という契約を結んではいる。
だが、天使の件と言い、ナスカの銃の件と言い……流石に、俺に対する説明や報告が無さ過ぎる」
「ごめんごめーん。主に血の件だよね? 確かに最近ちょっと採りすぎかなーとは思ってたんだよね~」
なおも軽いノリのアサキに、ディオがギリ、と奥歯を嚙み締めた。
「……それよりも、天使の件だ。お前達イナモリ家が、この街に天使を封じていただ? そんな話、一度も聞いていないぞ」
「そりゃあそうだよ。言ってないしね~」
「…………」
低く唸るような声と共に、ディオの視線が鋭く突き刺さる。
アサキは肩をすくめると、軽く息を吐いた。
「今、全部話してあげるから。それで良いだろう?」
「……」
ディオが黙って頷くのを見ると、アサキは他の二人に目を向けた。
「スワンくん、リカルドくん。悪いけど、席を外してくれるかい。それと、しばらく人払いも頼みたい」
「はい」
「承知しました」
二人が社長室を出たのを確認すると、アサキは眼鏡を指で押し上げ直して、ゆっくりと口を開いた。
「――さて、と。じゃあまず、何処まで聞いてるのか教えてくれないかい?」
「イナモリ家は天使を封じ、その封印を代々守ってきた。
だが、近年、封印が何者かに壊されて天使が逃げ出し、その時の騒動で封印を守っていた一族は全滅。
生き残ったのはお前だけで……お前は一族のやらかした尻拭いをしている、と」
「うん、そうだね。ぶっちゃけ、それで全部なんだけど~……じゃあ、そもそも何故僕達イナモリ家が天使を封じていたかを話そうか」
アサキは社長室の一角にある書斎へ歩み寄り、棚の奥から何かを取り出すと、ディオの目の前の、机の上に広げた。
それは、墨で記された古文書だった。
文字の多くがかすれ、ところどころは判別しづらくなっている。
「この街が『ヤノト市』と呼ばれる、ずっとずっと前の話だ。あの天使が突然この地域に現れて、人間を繰り返し攫っては殺し始めたらしい」
ページをめくると、挿し絵が現れる。
若い女性を抱え上げる六枚羽の天使。
足元には、人型の影がいくつも描かれていた。
――黒い木の根のように干からびた、死体めいた影が。
「人間を攫っていた?」
「そうそう。特に、若者って言うのかな。丁度シウちゃんくらいの歳の子がよく被害にあっていたみたいでね。
攫われた人達は誰一人助からなくて、遺体は皆、呪化したような姿で見つかったんだって」
アサキが指す黒い影を見て、ディオはコーヒーカップを持つ指に、思わず力を込めた。
「もちろん、人間達は対抗したよ? でもね、不思議なことに、そいつの姿を見るとみんな狂ってしまって、なーんにも上手くいかなかったんだってさ」
「狂う?」
「うん。恐らくだけど、一般のエクスナーが“ケモノガタ”を見た時の反応に近いんじゃないかな」
「……“恐怖”、か……」
「そこで、白羽の矢が立ったのが……僕ら、イナモリ家の一族だ」
アサキは古びたページを慎重にめくった。
次の挿し絵には、陰陽師のような装束を着た者達が、鎖で天使を拘束する姿が描かれていた。
「イナモリ家の祖先は、不思議な力があったらしくて、おまけに天使を見ても狂わなかった。まさに適任だったわけだ。
そうして、偉大なるご先祖様によって天使は封じられ、それから僕らイナモリ家は代々天使を監視し続けた。君達が見つけた、あの蔵でね」
かさりと、乾いた音を立てつつ、ページがめくられる。
次のページには、装束を着た者たちが、蔵の扉に不思議な文様を描く姿が描かれていた。
その蔵は、ハシバミ町にあったあの蔵、そのものだった。
「以上! コレが、僕たちイナモリ家の歴史さ。まあ、近年の僕らには、こんな力なんて残ってないんだけどね~」
アサキが装束を着た絵をとんとん、とつつく。
そして、本に見入るディオを見ると、アサキは薄く笑った。
「ねぇディオくん。僕も聞きたいことがあるんだけどさ。
君がいつも着けている、それ」
アサキが、ディオがもみあげにつけていた赤い髪飾りを指さした。
彼の顔の左側で揺れる、赤い光を。
「それ、“赤い実”だってね? しかも、とてもとても古いものだと」
「……」
「どうしてずっと連れているんだい? それに、きっとまだエクスナーなんていなかったハズだ。なのに、
その“赤い実”はどうやって手に入れた? 君の過去の事、僕はなんにも知らなんだ」
アサキは机に肘をつき、大きく身を乗り出すと、なおも黙りこくるディオの顔を覗き込んだ。
「ねえ、ディオくん。
僕らは、お互いに話していない事が多すぎる。そうは思わないかい?」
「…………そうだな」
ディオはしばらく沈黙した後、口を開いた。




