72話 カタチとココロ Part.4
最初に呪化が発生した町、ハシバミ町。
本部からの指示により、その町を探索するセイヤの背後に、ムカデのような呪化が迫っていた――。
人の背丈ほどもある、歪なムカデ。
黒い根が絡み合って形づくられた上体をぎこちなく持ち上げ、セイヤめがけ、跳びかかる。
「――っ、セイヤさん!!!!」
ナスカの叫び声とほぼ同時に、乾いた破裂音が響いた。
次の瞬間、黒いムカデの頭が弾け飛んでいた。
「えっ!?」
驚き、尻餅をついたセイヤに、ムカデの黒い木屑がぱらぱらと降りかかった。
ムカデの身体は、木屑をまき散らしながら仰け反り、地面に叩き付けられる。
撃ち抜かれた頭部の穴では、あの白い炎がくすぶっていた。
その風穴を開けたのは――ナスカが持つ、白銀色の拳銃だ。
「セイヤさん! 大丈夫ですか!?」
「う、うん」
「良かったです~!」
尻餅をついたセイヤを、ナスカが手を引いて起こす。
黒いムカデは動く様子が無く、その頭も修復される様子が無かった。
仰向けで倒れたまま動かない虫を見て、ナスカは「あらあら」と声を漏らした。
「もしかして、ムカデさんの“赤い実”を撃ち抜いちゃいましたかね~?」
「それは、だいじょぶそうだけど……ナスカちゃん、それって、拳銃……?」
「はい~、これが私の武器です~」
シウが戸惑っている様子を見て、ナスカが白銀色の拳銃を掲げてみせた。
それは、ファースト社のロゴの入った普通の拳銃のようだった。
しかし、撃った直後だと言うのに火薬の臭いはせず、銃口から硝煙の1つも上がっていない。
「で、でも、確か呪化には銃ってあんまりなんじゃ?」
「これは特別品なのですよ~。まだ試作品らしいのですが……」
「見てください~」と、ナスカがシウに拳銃をひっくり返して見せた。
グリップの部分には、弾倉の代わりに何かカートリッジのようなものがはめ込んであり、中では液体が動いていた。
「金属製の弾では無く、呪化のみに効く液体を瞬間的に硬化させて発射するそうです~」
「へえー!」
「もしも実用化されたら、私みたいに満足に動けない方も戦えるようになるらしいですよ~」
「あたしも使えるかな?」
和気あいあいと話をする二人をよそに、ディオが顔をしかめると、こっそりとリカルドへ話しかける。
「……おい、リカルド。あの弾丸代わりの液体とやらは、まさか俺の……。それに今更だが、ここに入る時の壁を壊したのもそうだよな? まさか、一時期やたらと呼ばれて血を採られていたのは、これらの為か?」
「知りません僕は何も知りません。知りませんけど、恐らくそうでしょうね」
「アサキめ、アイツ……天使を封じていた件と言い、この銃の件と言い、なぜ俺には何も……!」
「……ちょっ! ディオさん牙出てますよ、牙!」
うなり声を上げるディオに、リカルドが声を潜めつつも慌てて警告すると、彼ははっとして口元を隠した。
「感情を高ぶらせたら擬態が解けちゃうんでしょう!? 気持ちは分かりますが、この場では抑えてください」
「すまん……」
怒りを落ち着かせる為だろうか……ディオは大きく息を吸うと、思い切りため息を吐いた。
そして、口元から手を外すと、見えていた牙はすっかり無くなっていた。
「それよりも、今対処すべきはあの虫です。呪化の一種のようですが、どうも様子がおかしい気が……」
リカルドはそう言うと、セイヤの元へと歩み寄っていく。
彼はシールドを構えつつも、自分の剣鉈で地面に横たわったムカデを不思議そうに突いていた。
「セイヤさん。このムカデの“赤い実”の位置は分かりますか?」
「あっ、リカルドさん。それが……コイツ、“赤い実”が無いんです」
「無い?」
「はい。俺もさっきから探しては居るんですけど、全然見当たらなくて。ナスカが砕いちゃったのかなって思ったけど、赤い欠片すらもないし、体もずっとここに残りっぱなしだしなぁ……」
セイヤの言う通り、ムカデの体は霧散せず、撃ち抜かれた頭の修復が始まる様子も無い。
普通の虫の死体のように、ただ、そこに転がっていた。
「あと、これムカデじゃないような気がするんです」
「ムカデではない、とは?」
「足が沢山あるのは似てるんですが、まるでダンゴムシを引き延ばしたみたいな……なんか、全体的に丸っこくないですか? ムカデってもっとこう平べったいような気がしません?」
「言われてみれば、確かに……」
その時、シウの悲鳴がその場を劈いた。
「!?」
三人が声の方向へ振り向くと、そこには、大量の虫に迫られている二人の姿があった。




