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閑話4 ある男のはなし



 閑話 - ある(ヒト)のはなし -

 


 近頃、世間は騒がしい。

 やれ羽根がどうのだとか、呪いがなんだとか、願いが叶うだとか。

  

 ――だけど、そんなこと自分には関係無い。


「乾杯!」


 居酒屋特有の、少し暗い電灯の下。2つのグラスが打ち付けられ、小気味よい音が響く。

 お互いに黄金色の液体を飲み干した後、ため息に近い声を上げ、笑いあった。


「ひっさしぶりだなー!」

「ほんとだよ! どうなんだよ最近は!?」


 久しぶりに会う友人との話はぽんぽんと弾み、気が付けば空になったジョッキがいくつも並んでいた。

 

「しっかしお前さ、よくこの街に住んでられるよなぁ」


 ほんのりと頬が染まった友人が言った。

 

 彼も、元々はこの辺りに住んでいた人物だ。

 だが、就職を機にこの地元を離れ、今は遠くの地で働いている。


「なんで?」

「最近ここって、なんか変なこと起きてるらしいじゃん? 変な羽根が降るだとか、人が化け物になるとかさー……そーいうの、怖くないのか?」

「べっつにー」


 対して自分はずっとこの街に住んでいた身だ。

 しかし、幸か不幸か、彼が言ったモノは未だに現物を見た事がない。

 だから本音を言うと、そんな事が起きていると言う実感が沸かないのだ。


「むしろ、ファースト社がいるせいか治安は良くなったように感じるよ。警察がいっこ増えたようなもんだし」

「あー、なるほどなー。元警備会社だっけか……」

「そうそう。それよりさ、聞いたか? アイツついに結婚したって」

「え!? アイツってあれだろ!? あの――」


 



 友人と別れ、夜道を歩いていると、何かきらりと光るものがあった。


「なんだ……?」


 街灯に照らされて、不自然に光るそれを見た時、思わず息をのんだ。その感覚は、例えば、ツチノコとかお化けとか……そこにないはずのものを見てしまったようなものに似ていた。


 そこにあったのは――“白い羽根”だ。

 

 虹色の光を纏うそれは酷く美しく、気が付けばその手に取っていた。


「……提出しなきゃ」


 自身に言い聞かせるように呟くも、なんだか、手放してしまうのが酷く惜しい。



 それに、これは、

 願いを……叶えてくれるんだろう?


 

 ――その時、何者かに肩をたたかれ、びくりと体が跳ね上がった。

 振り向くと、そこには銀髪の女性が。


「こんばんは~、お兄さん」

 

 女性が微笑みながら話しかけてくる。黒い制服と、首元の銀色のバッジ……ファースト社だ。その後ろには、ライトを持った男性もいた。


「驚かせてすみませーん。手の中のソレ、持ってちゃいけないモノなんですよ。渡してもらってもいいですかね?」

「あっ……はい」

「どーもー。ご協力に感謝します」


 素直に手渡すと、彼女は懐から瓶を取り出して、その中に虹色の羽根を詰めた。


「あっ、あの!」

「はい?」

「それ、拾っただけなんですが、何か罪に問われるんですか……?」

「まさか。確かに、そのままずっと所持していたり、提出を渋ったりしたらそうなる場合がありますが……お兄さんはちゃんとくれたじゃないですか~」


 そう言うと彼女は笑う。


「あ、そうだ。ご協力の証としてファースト社のノベルティあげちゃいますね。ステッカーとキーホルダー、どっちがいいです?」

「え、あ、えと……ステッカーで」

「わかりました。では、どうぞー」


 煌めくホロフィルムの入った白いステッカーを渡される。

 彼らのエンブレムらしい、狼のロゴがプリントされたそれは……うっすらと、あの“白い羽根”に似ているような気がした。


「これからお帰りですか? 夜遅いので気をつけて下さいね」

「あっ、はい、あなたも……お気をつけて」

「うふふ、ありがとうございます」


 女性は口元に手を当てて笑う。


「ホント気をつけて下さいね~。夜道にも、」


 そこで彼女は上目遣いをしながら、自身を指す。

 ――正確には、自身の懐に入れた羽根を。


「キレイな、羽根にも」


 どきりとした。

 それは、その女性の仕草のせいか、それとも、自分の心の中を見透かされた様な気がしたせいか。


「では、呼び止めてすみませんでしたー。ご協力、ありがとうございました」


 女性は頭を下げると、手を振りながら去っていく。

 その後を、ライトを持った男性がついていった。


 しばらくの間、きらきらと光るステッカーを手にしたまま、呆然と立ち尽くしていた。





「先輩」

「なぁに?」

「あの人、大丈夫なんすかね?」

「さあね」


 そこで女性はくすりと笑う。

 

「後輩くん。ファースト社のノベルティあるでしょ。あれ、“白い羽根”と引き換えに配ってるヤツ」

「ああ、はい」

「あれさ、なんでキーホルダーとステッカーなのか知ってる?」

「いや、知らないっす」

 

「目につきやすいから。『自分は一度羽根にふれましたー』ってことが、少しでも分かるようにね。あとね、あれ貰うの、今までにだぁれも断ったことないんだって」


 後輩と呼ばれた彼は、ステッカーが放つ、“白い羽根”に似た煌めきを思い出していた。

 

「……その気がないヒトでも、二回羽根に触れると絶対使っちゃうって、やっぱりほんとなんすか?」

「さーねー。ほら、ペースあげないと見回れきれないよ~?」

「っす……」


 後輩の彼は背後をちらりと見た後、先を行く先輩の後を追っていった。

 そうして、ぼんやりと街灯に照らされた夜道を、二人はいつもと同じように見回りながら歩いていった。

 

  

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