閑話4 ある男のはなし
閑話 - ある男のはなし -
近頃、世間は騒がしい。
やれ羽根がどうのだとか、呪いがなんだとか、願いが叶うだとか。
――だけど、そんなこと自分には関係無い。
「乾杯!」
居酒屋特有の、少し暗い電灯の下。2つのグラスが打ち付けられ、小気味よい音が響く。
お互いに黄金色の液体を飲み干した後、ため息に近い声を上げ、笑いあった。
「ひっさしぶりだなー!」
「ほんとだよ! どうなんだよ最近は!?」
久しぶりに会う友人との話はぽんぽんと弾み、気が付けば空になったジョッキがいくつも並んでいた。
「しっかしお前さ、よくこの街に住んでられるよなぁ」
ほんのりと頬が染まった友人が言った。
彼も、元々はこの辺りに住んでいた人物だ。
だが、就職を機にこの地元を離れ、今は遠くの地で働いている。
「なんで?」
「最近ここって、なんか変なこと起きてるらしいじゃん? 変な羽根が降るだとか、人が化け物になるとかさー……そーいうの、怖くないのか?」
「べっつにー」
対して自分はずっとこの街に住んでいた身だ。
しかし、幸か不幸か、彼が言ったモノは未だに現物を見た事がない。
だから本音を言うと、そんな事が起きていると言う実感が沸かないのだ。
「むしろ、ファースト社がいるせいか治安は良くなったように感じるよ。警察がいっこ増えたようなもんだし」
「あー、なるほどなー。元警備会社だっけか……」
「そうそう。それよりさ、聞いたか? アイツついに結婚したって」
「え!? アイツってあれだろ!? あの――」
◇
友人と別れ、夜道を歩いていると、何かきらりと光るものがあった。
「なんだ……?」
街灯に照らされて、不自然に光るそれを見た時、思わず息をのんだ。その感覚は、例えば、ツチノコとかお化けとか……そこにないはずのものを見てしまったようなものに似ていた。
そこにあったのは――“白い羽根”だ。
虹色の光を纏うそれは酷く美しく、気が付けばその手に取っていた。
「……提出しなきゃ」
自身に言い聞かせるように呟くも、なんだか、手放してしまうのが酷く惜しい。
それに、これは、
願いを……叶えてくれるんだろう?
――その時、何者かに肩をたたかれ、びくりと体が跳ね上がった。
振り向くと、そこには銀髪の女性が。
「こんばんは~、お兄さん」
女性が微笑みながら話しかけてくる。黒い制服と、首元の銀色のバッジ……ファースト社だ。その後ろには、ライトを持った男性もいた。
「驚かせてすみませーん。手の中のソレ、持ってちゃいけないモノなんですよ。渡してもらってもいいですかね?」
「あっ……はい」
「どーもー。ご協力に感謝します」
素直に手渡すと、彼女は懐から瓶を取り出して、その中に虹色の羽根を詰めた。
「あっ、あの!」
「はい?」
「それ、拾っただけなんですが、何か罪に問われるんですか……?」
「まさか。確かに、そのままずっと所持していたり、提出を渋ったりしたらそうなる場合がありますが……お兄さんはちゃんとくれたじゃないですか~」
そう言うと彼女は笑う。
「あ、そうだ。ご協力の証としてファースト社のノベルティあげちゃいますね。ステッカーとキーホルダー、どっちがいいです?」
「え、あ、えと……ステッカーで」
「わかりました。では、どうぞー」
煌めくホロフィルムの入った白いステッカーを渡される。
彼らのエンブレムらしい、狼のロゴがプリントされたそれは……うっすらと、あの“白い羽根”に似ているような気がした。
「これからお帰りですか? 夜遅いので気をつけて下さいね」
「あっ、はい、あなたも……お気をつけて」
「うふふ、ありがとうございます」
女性は口元に手を当てて笑う。
「ホント気をつけて下さいね~。夜道にも、」
そこで彼女は上目遣いをしながら、自身を指す。
――正確には、自身の懐に入れた羽根を。
「キレイな、羽根にも」
どきりとした。
それは、その女性の仕草のせいか、それとも、自分の心の中を見透かされた様な気がしたせいか。
「では、呼び止めてすみませんでしたー。ご協力、ありがとうございました」
女性は頭を下げると、手を振りながら去っていく。
その後を、ライトを持った男性がついていった。
しばらくの間、きらきらと光るステッカーを手にしたまま、呆然と立ち尽くしていた。
◇
「先輩」
「なぁに?」
「あの人、大丈夫なんすかね?」
「さあね」
そこで女性はくすりと笑う。
「後輩くん。ファースト社のノベルティあるでしょ。あれ、“白い羽根”と引き換えに配ってるヤツ」
「ああ、はい」
「あれさ、なんでキーホルダーとステッカーなのか知ってる?」
「いや、知らないっす」
「目につきやすいから。『自分は一度羽根にふれましたー』ってことが、少しでも分かるようにね。あとね、あれ貰うの、今までにだぁれも断ったことないんだって」
後輩と呼ばれた彼は、ステッカーが放つ、“白い羽根”に似た煌めきを思い出していた。
「……その気がないヒトでも、二回羽根に触れると絶対使っちゃうって、やっぱりほんとなんすか?」
「さーねー。ほら、ペースあげないと見回れきれないよ~?」
「っす……」
後輩の彼は背後をちらりと見た後、先を行く先輩の後を追っていった。
そうして、ぼんやりと街灯に照らされた夜道を、二人はいつもと同じように見回りながら歩いていった。




