62話 夏、穏やかな願い Part.2
ホテルを出た対策部A班の六人は、湖のほとりを歩いていく。
談笑する四人の少し後ろをシウが歩き、その隣には彼女のパートナーである黒髪に褐色肌の男――ディオが並んで歩いていた。
「みんなで遠出って初めてだね、ディオ」
「そうだな」
「あたしたち、今って夏休みなんだっけ?」
「ああ。毎年暑くなると、“呪化”の出現頻度が低下する。それに合わせて、休みを取ることになっているんだ」
「へぇ~」
「今年はまさか、旅行なんてものが用意されてるとは思わなかったがな」
六人は湖から離れ、やがて爽やかな風の吹く森の中へと進んでいく。
先頭を歩くセイヤに、シウが声をかけた。
「ねー、セイヤー! これからどこいくのー?」
「この先に、面白い美術館があるらしいんだよ」
「美術館? こんな森の中に?」
「うん。もうすぐだと思うんだけど……」
そう言いながらも歩を進めていくと……突如、木々の合間に白い建物が現れた。
「あ! あった!」
その建物は大小様々な窓のない白いキューブが集まったような姿をしており、それぞれのキューブが透明なガラス張りの廊下で繋がっていた。真っ白でありながらも、不思議と周囲の自然に溶け込んでおり、まるで森の一部となっているかのようだ。
「ここ?」
「うん、早速入ろっか!」
森の中に位置するにもかかわらず、美術館の入口付近は観光客で賑わっており、活気に溢れていた。
賑わうエントランスを抜け、六人は展示室へと踏み込んでいく。
――その瞬間、床が虹色に染まった。
「ふわっ!?」
セイヤが驚きの声を上げ、足元に視線を落とす。
恐る恐る虹の上を歩くと、その度に波紋のような反応が現れ、ころころと色を変えていった。
「すっご……なんだこれ!?」
「キャプションがついてるねぇ。この床自体が作品みたいさね」
虹の部屋を抜けた先は真っ白い部屋で、そこには天井に頭をこする程の巨大な老人人形がたたずんでおり、彼と記念撮影をする人達が居た。
どうやら、その美術館は比較的近代の作品が展示されているらしく、実際に触れたり出来るような体験型の作品が多くなっているようだった。
「確かに人気があるのも分かるさねぇ」
「そうだなー!」
部屋ごとに作品が展示されており、時には絵画の一部になったり、時にはゆっくりと作品に浸ったりと、代わる代わる現れる作品を各々が楽しんでいた。
しかし、館内を半分ほどまわった時。
「……ごめん、あたし、ちょっとトイレいってくる!」
「あ、うん」
シウがそう言って皆から離れていく。
そして、しばらくしても、彼女は皆の元へは戻らなかった。
◇
ディオは美術館の館内を、急ぎ足で歩いていた。
時折立ち止まってはきょろきょろと辺りを見回し、やがて何かを見つけると、ほっとしたような表情を見せる。
彼の視線の先には、中庭のベンチに座り、目の前をぼうっと眺めるシウの姿があった。
ディオは手元の白いスマートフォンを軽く操作した後、彼女の元へ近づいていく。
「ディオ……」
「ここに居たのか。探したぞ」
中庭の中央には華で出来たウサギのオブジェが佇んでおり、シウはこれを眺めていたようだった。
「ごめんね。なんか疲れちゃって、ここで休んでたの。すぐ戻るから」
「本当は何だ?」
ディオの問いに、シウは目を丸くする。
「…………なんでわかったの?」
「時折悩んでいるような顔をしていただろう。一体どうしたんだ?」
ディオが隣に腰掛けると、シウは自分の服の端を掴みながら俯いた。
「あのね、みんなとこうして旅行出来て、凄く楽しいんだけど、突然不安になっちゃって。あたしなんかがみんなといて、こんなに楽しんでも良いのかなって」
「何故そう思う?」
「……自分が、みんなに好かれるような人間じゃないから。あたしなんかが居て邪魔じゃないのかなって」
俯くシウを見て、ディオは、アサキに言われたことを思い出していた。
――親から深く傷つけられた子は、たとえ体の傷は治っても、心の傷は治らない。そして、残り続けるその傷は心を蝕み続け……結果、自分で自分の存在を否定し続けるようになってしまうのだと。
ディオは少し考え込んだ後、落ち着いた声色でゆっくりと話し始めた。
「シウ。お前は、誰にでも無条件で好かれる人間が普通の人間だと言っていたな。そして、自分はそうではないから普通ではない、とも」
「……うん」
「だがな、誰にも好かれる人間など、存在しない。もしそう見えていても、どこか他の面では蛇蝎のごとく嫌われている……人間はそういうものだ」
「えっ……そう、なの?」
「ああ。人は、ある一面しか見ていないことが多く、あっさりと勘違いしてしまうらしい。だから、他人と話し、自分では見えなかった面を教えあい、相互に理解を深めるものなのだと」
ディオは空を仰ぐような仕草を見せた後、ゆっくりと瞬きをすると、優しい光をたたえた青い瞳でシウを見た。
「俺は、お前が他人思いな事を知っている。だから、あいつらに楽しんで欲しくて、自分が一番価値の無いと思う自分自身を取り除こうとしたんだろう。だが、一度良く考えてみろ。そんな事をされて、喜ぶような奴らか?」
「…………ううん」
「そうだろう? それに俺から見れば、お前は十分好かれている人間だ。その証拠に……見ろ」
ディオが、展示室へ続く曲がり角を指した。
その瞬間……。
「――あっ、いたいた!」
曲がり角から顔を見せたのは――セイヤだ。
セイヤはシウと目が合った瞬間、まるで子犬のような屈託のない笑顔を見せた。
その後にナスカも続いて現れ、二人とも両手に飲み物の入ったカップを持っている。
「セイヤ……ナスカちゃん……」
「シウ、気分はどう? ディオがここで休憩してるって教えてくれてさ。ちょうど良いから、俺達もそろそろ休憩しようかなって」
「近くで飲み物も販売していたんですよ~」
「はい、シウさん」とナスカがカップを手渡してくる。
それは淡いピンク色のソーダで、中には花の形のゼリーがいくつも浮かび、カップには目の前に佇むフラワーラビットをかたどったカラフルなロゴが描かれている。
「わ、かわいい!」
「んふふ、喜んでくれて嬉しいです~! 私とおそろいですよ~」
ナスカは自分のカップを、シウの持つカップとこつんと合わせて微笑んだ。
「はいこれ、ディオの分! ブラックコーヒーで良かったんだっけ?」
「ありがとう。キリと、イクスは?」
「二人も飲み物買ってたよ。なんかやってて、もう少しかかるみたいだけど」
セイヤとナスカの二人もベンチに座り、他愛のない会話をする。
そこへ、イクスが現れる。
「おっ、シウちゃん! 見てくれよこれ!」
イクスが掲げたそれは、まるで淀んだ沼の底を攪拌してちょっとマシにしたような色をした液体だった。
「うわっ、えっ、ナニ、ソレ」
「オレ特製ドリンク!」
まるで飲み物とは思えないような色のドリンクを掲げ、ドヤ顔をするイクス。心無しか、皆のものと変わらないはずのウサギのロゴも、どこか淀んでいるように見える。
そこへ、妙に疲れた顔をしたキリが現れた。
「絵の具みたいに好きな色を混ぜて作れるジュースがあってねぇ、イクスが調子に乗って全色混ぜたさね……」
「ああ……通りで絵の具の筆を洗った後のバケツみたいな色してると思った……」
「これさ、すっげー色になっちまったけど味は普通なんだぜ!?」
「うっそだー!」
「いやいやシウちゃん! ホントだって! なーディオ、飲んでみろよ!」
「何故俺に振るんだ。断る」
「大丈夫だって! お前のコーヒーよか色は薄いしさ! ほらほら!」
「いらん。どういう理屈だそれは」
キリもベンチに座り、シウの持つピンクのドリンクを見た。
「それも可愛いねぇ。迷ったんだけど、うちは結局こっちにしたよ」
「キリちゃん、良かったら飲んでみる……?」
「いいのかい? じゃあうちのと交換しようか」
シウはキリにソーダを渡し、代わりに彼女の持つ黄色いソーダを受け取った。一口飲むと、シトラスの爽快な風味が広がる。
「ふわー、すごいすっきりする……!」
「だろう? 夏らしくていいさね。こっちも甘くて美味しいねぇ」
端ではイクスとディオが攻防を繰り広げ、ナスカはそれをにこにこと見守っている。
シウはセイヤとキリ、それぞれに向き直ると、少し俯きながら言った。
「……あの、ごめんね……勝手に、行動しちゃって……」
「ううん、大丈夫だよ。普段と違うことをしたから、少し疲れたんだろ?」
「そんなこともあるさね。シウはファースト社に来てから半年間、ずっと頑張っていたからねぇ」
「セイヤ……キリちゃん……」
セイヤはストローから飲み物を一口飲むと、シウに優しく微笑みかけた。
「少し休んだらまた回るけど、シウはどうする?」
「あたしも……一緒いっていい?」
「もっちろん。そういえば、こっからすぐ近くに面白いのあったんだ! シウが好きそうなやつだったよ」
「えっ、みてみたい!」
「じゃ、みんなで行こっか!」
「うん……!」
セイヤに頷くと、シウは手元のドリンクを飲んだ。
それからシウは、まるで吹っ切れたかのように全力で楽しみ、皆と共に笑顔を浮かべ続けた。
◇
帰り際。
皆に続き、元来た道を歩くシウ。そして、その隣にはディオがいた。
静かな森の中を歩きながら、ディオはシウに話しかける。
「シウ、覚えているか。ここではもう、寂しくなれないと言った事を」
「うん」
「あいつらは大丈夫だ。信用してやれ」
「……ありがと。ディオ」
シウは仲間たちの背中を見つめながら、自分の居場所を見つけた安心感を抱いたのだった。




