7話 思慕
『ただいま、電話に出る事が出来ません。ピーと言う発信音の後に、お名前とメッセージをどうぞ』
「……おにーちゃん? あたし、シウ。今は電話を借りて連絡してます。あたし働く事になったから、お金もう大丈夫だよ。おうちもね、寮に入るから。学校は……辞めさせてください。ごめんなさい。今まで、ありがとうございました」
『メッセージを録音しました』
シウは画面をタップし、少しの間画面を見つめた後、白いスマートフォンをディオに渡した。
「これ、ありがとうございました」
「もう良いのか?」
「うん」
ディオは白いスマートフォンを受け取ると、それを懐にしまう。
「あの、ごめんなさい、服、汚して……」
「ああ、構わない。それより、本当に今日からで良いんだな?」
「はい。大丈夫です」
目を腫らした少女は、すっきりとしたような顔をしていた。
シウが持ち出した荷物は驚く程少なく、段ボールが3つと、キャリーバッグが1つ。それだけだった。
ディオが荷物を車に積む間、シウは家の中を一つ一つ確認していく。
差し込む夕日で赤く染まっていく室内を歩き、最後に忘れ物が無いのを確認した後、ディオに見守られながら玄関のカギをガチャンと閉めた。
シウはそのカギを、両手できゅっと握り締めた。
「行くぞ。まずは本部に向かって、簡単な検査とパートナーの選出を……」
「あっ、えーっと、あの!」
パートナーと言う言葉に反応し、シウが両手を握り締めたままで切り出した。
「そのっ、一緒に戦う、パートナーって、あたしが決められないんですか?」
「……? ある程度、要求は通るとは思うが」
「あたし、あなたがいいです」
シウの緋色の瞳が、真っ直ぐとディオを見据えた。
対して、指名された彼は唖然とした表情で口を開く。
「…………なん……?」
「あたしの、パートナーは、ディオさんがいいんです」
「……俺……か?」
信じられないと言ったような感じでディオが聞き返すと、シウは力いっぱい頷く。
ディオはしばし硬直するが、はっと気がつくと、否定するように軽く首を降った。
「いや、俺は」
「ダメなんですか? あなたも戦闘員なんでしょ?」
「そうではあるが……いや、そもそも俺は」
言葉を濁し続けるディオに対して、シウはむっとした表情をすると、もう一度繰り返した。
「あたしは! パートナーは! ディオさんがいいんです!」
「し、しかし」
「絶対あなたじゃなきゃイヤです! じゃなきゃ、やっぱり行かない!」
「なっ……!?」
断固として言い放つシウを見て、ディオは慌て始める。
「おい、待て。落ち着け」
「落ち着いてます!」
「いや、聞いてくれ。俺は、確かに戦闘員ではあるが、少し特殊な立場なんだ。あー、幹部に近いと言うか……それ故、パートナーになったとしても、お前を不自由させてしまうかも知れない」
「構いません!」
「いや、あー……後、恥ずかしい話だが、あまり人付き合いが得意では無いんだ。やはりちゃんとしたパートナーの方が」
「それはあたしもです! あたしも、人付き合い、にがてです!」
「…………」
「ほんとに、そういうのは関係無くて……あたしは、あなたが、ディオさんがっ、ディオさんと!! 一緒がいいんです!!」
力いっぱい言い放つシウに、ディオは目を閉じ、しばらく考え込んだ後……観念したようにため息を吐いた。
「……思ったより頑固な奴なんだな、お前は」
呆れたような、それでいてどことなく嬉しそうな。そんな声色でディオが言った。
「本当に、俺で良いんだな?」
「パートナー……なってくれるんですか?」
「ああ」
シウは目を丸くし、驚いた顔を見せたかと思うと、その顔は次第に笑顔へと変わった。
「ディオさん! ありがとう!! あ、ございます!」
「無理して敬語で話さなくて良い。これからは、パートナー同士だ。宜しく頼む」
「よろしく、おねがいします! あ、よろしく!」
今日一番の笑顔を見せて喜ぶシウに、ディオの口元も少しだけ緩んだ。
◇
「班って、どういう人と一緒になるんですか? その人たちと、暮らすんですよね」
「そうだな。お前が配属されるのは、きっとA班の筈だ。班員はお前と俺を入れても6人。人数は他と比べて少ないが、その分落ち着いて暮らせると思う」
「みんなと……仲良く出来る、かな?」
「保証する。あいつらは皆、良い奴だ」
「一部騒がしいヤツも居るがな」とディオが言う。
「これからは寂しくならない。いや、なれないと言った方が正しいか」
「うん……ありがとう」
シウが車に乗り込む瞬間、ふと後ろを振り向いた。今まで住んでいた家が、夕日に照らされ、長く暗い影を落としている。
良い思い出が無い訳でもない。
それでも……少し辛い事が多すぎた家。
「……ばいばい」
シウは小さく呟くと、助手席に乗り込んでドアを閉めた。
やがて、車はゆっくりと動き出し、彼女の家から遠ざかっていった。




