55話 シェパード Part.2
キリとシウが落下した直後。
穴を覗き込んでいたイクスが、ほっとした様子で息を吐いた。
「二人とも怪我は無いみたいだぜ!」
「そうか……。予想以上に建物が脆くなっていたんだな。これ以上の探索は危険だ、一度ここから出よう」
「そうだな! ――おーい! 一旦外出るってさー! オレらもそっち行くから、二人はそこで待っててくれー!」
イクスが穴に向かって叫ぶと、「あいよー!!」と言うキリの声が返ってきた。
「他にも脆い部分があるかも知れん。慎重に行くぞ」
「おうよ!」
二人は階段へ向かうべく、廊下を引き返し始める。
先程の衝撃のせいか、新しく剥がれ落ちたコンクリートの破片が所々に散らばっていた。
「そういやさ! お前とシウちゃん、どうしちゃったんだよ!?」
「どう、とは?」
「明らかに雰囲気おかしいだろ!? 二人とも、妙によそよそしいっつーか。喧嘩でもしたのか!?」
『喧嘩』と言う単語に、ディオがぴくりと反応する。
「…………何も無い」
「いやいやいや! 絶対なんかあっただろ! 一体何があったんだ!?」
食い下がるイクスに対し、ディオは小さな溜め息を吐くと、観念したように話し出した。
「俺が、口を滑らせてしまったんだ」
「お前がか!? 珍しいな!」
「色々あって、少し苛立ってしまってな……その弾みで『お前は最初からワガママ過ぎる』と言ってしまったんだ。どうやら、それを自分が最初にパートナーとして指名した時のことを迷惑だと言われたように受け取られてしまったみたいで……」
「あー……」
きっとそれは、人見知りな彼女が勇気を振り絞って行ったことだろう。
彼女の勘違いではあるが、それを後から『迷惑だった』と言われた時、どれ程のショックを受けてしまったか。イクスにも容易に想像出来た。
「俺としては、そんなつもりは無かったんだ。だが、それ以来シウに避けられている」
「シウに? お互いにじゃないのか?」
「お互いに?」
ディオが意外そうな顔をしてイクスを見ると、彼は「ああ!」と頷いた。
「お前もシウちゃん避けてただろ? ほら、さっき! シウちゃんが部屋入る寸前! あれ、シウちゃんショック受けてたぞ?」
「……!? いや、そんなつもりは、ただ、俺を嫌っているなら、顔を合わせるのも嫌だろうと思い、俺なりに気を使って」
「いやいや、むしろ逆効果だぜ?」
「!?」
「だって、考えてみろよ! 『迷惑だった』なんて言われた後にあんな態度取られたらさ!」
「………………」
イクスの言葉に、ディオは眉をひそめたり目を閉じたり、一人で百面相を繰り広げる。
そうしてたっぷり悩んだ末、困った顔をしながら俯き、前髪をぐしゃりと掻き上げた。
「……正直に言う。分からないんだ。人とこうなってしまった時は、どうすれば良いのか」
「それならさー! って、おいディオ、前!」
イクスが指す方向を見ると、移動に使っていた階段に瓦礫が積み重なっていた。
どうやら、上部の階段が崩れ落ちてしまったらしい。
「これは……」
「マジかよー……さっきの衝撃のせいか!?」
「外階段もあったな。そっちを使おう」
二人は元来た道を引き返し始めた。
「さっきの話の続きだけどよ! 結局、ディオはシウちゃんからパートナーに指名された事は迷惑だったのか?」
「いいや」
「なら単純な話じゃないか! その事を、シウちゃんにそのまま伝えれば良いんだぜ?」
「そのまま?」
「そう! オレが質問した時、お前が思った事。それをそのまま伝えるんだよ!」
「……」
「こう時はさ、早めに腹割って本当の事をしっかりと話しておかないと、取り返しがつかなくなってからじゃ遅いぜ~? 特に女の子はな!」
それが誰を示しているのか。何となくディオは察する。
「もしかして、お前もこんな感じで喧嘩していたのか?」
「まあな~! オレらん時はもっと酷かったぜ……」
イクスが苦笑いをしながら、遠い目をする。
「でも、いっくら喧嘩しようが、オレはキリがパートナーで良かったぜ?」
そう言うと、イクスは歯を見せて笑った。
◇
やがて二人は、外に通じるドアを発見し、外階段から下の階へと向かっていた。
「確か、二人が落ちたのは二階辺りだったよなー? もう少しだ!」
「待て」
先を急ごうとするイクスを、ディオが制する。
イクスが振り向くと、彼は立ち止まり、険しい顔でビルの方をじっと見ていた。
「どうしたー?」
「音が近い」
「へ?」
ディオが『3F』と書かれた非常ドアを開き、再びビルの中へと入っていく。
「ここに来た時から不自然な音がしていたんだ。微かなものだったからあまり気にしていなかったが……それが大分大きく、いや、近くなっている」
彼の言う通り、地響きのような音が断続的に響いていた。
一度、大きな音がした後、その音は更に近づいてくる。
そして突如、二人の目の前で天井が崩れ落ちた。
「な、なんだ!?」
瓦礫と共に、大きな黒い塊がどさどさと落ちてくる。
その内の一つ、ひときわ大きな影が動き、ゆっくりと立ち上がった。
それは人間の形をしているものの、全身が黒い木の根のようなもので構成されていた。
二本足で立っているが、頭はまるでヤギのようで、後頭部に向かって大きな角が伸びており、手足には先端の尖った分厚い蹄がついている。
――異形の呪化……“ケモノガタ”だ。
「めぇぇエェェエぇえぇエぇ!!!!」
黒く歪な二足歩行のヤギは、ヤギと人の声が混ざったような不気味な咆哮をあげた。
「けっ、“ケモノガタ”ぁ!?」
「それだけじゃないぞ」
瓦礫の中から、更に2つの黒い影が起き上がるのが見える。
それらはどちらも人間の形をしていた。瞳の無い、窪みがあるだけの目でこちらを見ると、まるで黒板を引っ搔いた音のような不快な声を上げる。
「“ヒトガタ”もいる」
「おいおいおい……マジかよ」
「おそらく、例の『不良達』だな。全員で使ったのか……」
ディオが銀のガントレットに包まれたその拳を構えた。
彼の横で、イクスも柄の白い刀を抜いて構える。
三体の呪化と、二人のアテンダントが睨み合う。
――が、
「メえぇェェぇぇえ!!!」
「はえ?」
黒いヤギはヒトガタを見ると、絶叫しながら殴りかかった。二体のヒトガタも応戦し、三体の呪化が乱闘を始める。
「なんだあいつら。仲間同士ってワケじゃないのか!?」
二人には目もくれず、ヤギとヒトガタ達は激しく殴り合い、黒い木屑が辺りに散らばっていく。
彼らの体は傷ついても瞬時に再生し、その戦いの決着は見えないように思えたが、衝撃で辺りの壁から破片が次々と落ちていった。
どうやら、彼らよりも建物が崩壊する方が早そうだ。
「ここが崩れ始めたのは、こいつらが暴れ回ったせいだな。早めに止めないとまずいぞ」
「止めるったって、どうすりゃいいんだコレ!?」
黒いヤギは一体のヒトガタの足を掴むと、力任せに振り回し、床や壁に叩き付け始め、その衝撃で、壁や床にヒビが入っていく。
もう一体のヒトガタがヤギに殴り掛かり、黒いヤギを床に引きずり倒すと、そのヤギの頭部をなおも殴りつけた。
やがて、ヤギの下の床にヒビが入っていく。
「まずいぞ、また床が!」
イクスとディオが非常ドアの近くまで退避すると、程なくして床が崩れた。
黒いヤギだけが落ちていき、二体のヒトガタはその階に留まった。
「ィ……いいぃ……イイイイーー!!!」
彼らはイクスとディオの二人を見ると、明らかに怒り狂った叫び声をあげる。
「くそ、二人の所まで引きつけていくしかないのか!? でも、ケモノガタも……!!」
「イクス」
「なんだ!?」
「今から見る事、誰にも口外するなよ」
「へ?」
ディオが銀色のガントレットを外し、腕を捲り上げていた。
そして、ヒトガタに向かって一直線に駆けていく。
「えっ、お、おい!」
ディオは思い切りヒトガタを殴打した。
ヒトガタの繊維が彼の皮膚を激しく傷つけるが、次の瞬間、血の代わりに白い炎が溢れ出し、ヒトガタが激しく燃え始める。
そこに、もう一体のヒトガタが殴りかかるが、ディオはその振り下ろされた腕を掴むと、荒々しく胴体から引きちぎり、お返しにと言わんばかりに自分の腕をその胴体へと突き刺した。
二体のヒトガタは白い炎に包まれ、悲鳴を上げながら燃やし続けられる。
やがて、何も残さずに燃え尽きた。
「急ぐぞ」
ガントレットを再び着けると、ディオは非常口を開け、階段を駆け下りていく。
イクスはしばし唖然としていたが、
「お、おぅ」
なんとか声を絞り出すと、ディオの後に付いていった。




