表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/79

6話 捨てないで


 

 次の日。

 シウの家にディオが訪れた。


 約束の時間きっちりに現れた彼は、昨日の制服姿とは違い、黒のタートルネックにデニム、それにシンプルなコートを羽織っていた。

 そして、手には複数の書類が入った分厚いファイルケースを携えている。


「えと、ようこそ……?」

「失礼する」


 ぎこちないやり取りの後、シウはディオをリビングに案内すると「テキトーに座っててください!」と言って、台所へと向かう。


 残されたディオは、静かに周囲を見回した。


 いつのものだろうか……色あせた家族写真が一枚飾られていた。

 その写真立てに入ったヒビを、セロハンテープが無理矢理押さえている。

 ちらりと見えてしまったゴミ箱には、コンビニの袋とカップ麺の容器、菓子パンの袋が詰まっていた。

 部屋の家具は掃除が行き届いていないようで、白く埃をかぶっていた。


「おまたせしました。麦茶しか、なかったけど……」


 背後から聞こえた声に、ディオが振り返る。


「この家は、他に誰もいないのか?」

「いません。ずっといないです」


 シウは小さく笑って答え、手にした麦茶をトレイに乗せて運んできた。


「一人で暮らしているのか?」

「はい。……あっ、お金は、兄がいつの間にか置いてってくれてるので、それでご飯とか買って、ます」


 シウが、コップをディオの前に置く。

 その手は、少し震えていた。


「(一体、どう言う事だ……?)」


 違和感を覚え、ディオの眉間に皺が寄る。

 ディオは麦茶にお礼を言いつつも、強く握った拳を膝の上に隠した。


 



 テーブルを挟んで向かい合わせに座ると、ディオはファイルケースから資料を取り出し、説明を始めた。


 ――シウは対策部と言う所に所属し、“エクスナー”という役職が与えられること。

 そして、“アテンダント”と呼ばれる戦闘員の中から専属のパートナーが付き、安全と利便性の為に、必ず社員寮に入らなければならないこと……。


 ディオは時折資料と睨み合いながらも、丁寧に説明をしていく。


「それで、正式に加入した後の話だが、まずは本部で研修を受け、その後に社員寮へ入寮となる。そこで、時期についてだが……」

「ソレ、もう今日から行けます」


「……え?」


 ディオが、一瞬だけ呆ける。

 シウは小首を傾げ、当然のように言った。


「今日は、その手続きに来たんじゃないんですか?」

「いや、今日は説明と意思確認のためだ。そもそも、まだ学生だろう?」

「……学校は、行ってないので、大丈夫です」


 バツが悪そうに俯くシウに、ディオが軽くため息を吐いた。


「まず、この事を親……いや、兄には知らせているのか?」

「知らないです。連絡の取りようがないですし」

「スマホが止められていると言っていたか。別に、昨日貸したものを使っても構わないが」

「……電話しても、きっとあたしだって分かったら切られます」

「どういう事だ? 家族だろう?」


 思わず出たディオの言葉に、シウは膝の上で手をきゅっと握った。


「……家族は、みんな、あたしのことが嫌いなんです」


 絞りだしたような声だった。


「もっと、頑張ればよかったんです。嫌われないように、迷惑かけないように。……でも、できなくって」


 唇を震わせ、シウは押し黙った。


 ディオは荒れた部屋の様子を思い出す。

 そして、そこに感じた違和感も。


 違和感じゃない、これは、


 異常だ。


「……なあ。こういう事を言うのは、失礼だとは分かっている。が、会ったばかりの俺から見ても、お前の置かれているこの状況はおかしい。一体、何があったんだ?」


 ディオは静かに言った。


 その声に、シウが小さく身をすくめた。

 だが、やがて小さく息を吐く。


「元々は、あたしたち家族は、四人で暮らしてたんです。でも、父が出て行って、母がおかしくなっちゃったら、兄も、帰ってこなくなって……」


 シウは声を震わせながら、ぽつぽつと話していく。


「兄は仕事してたから、他に部屋を借りたんだと思います。でも、あたしは、どこにも行けなくて、家に残って……でも、だんだん、母は壊れていって」


 そこで、彼女は言葉を詰まらせた。

 肩を抱くように、自分をぎゅっと抱きしめる仕草をした。


「ある日、学校から帰ったら、『全部お前のせいだ!』って……いきなり、包丁で……背中を、刺されて……」

「……!!」


 ディオの胸に、冷たいものが流れ込んだ。

 彼は無意識に、拳を強く握る。


「母は逮捕されて、あたしはずっと入院してました。高校は事情が事情だからって在籍させてくれてたけど、みんなに知られてるから、なんだか行きづらくて」


 膝の上の手が、指が白くなる程にきつく握られる。


「きっとあたしは、母が言うように、邪魔な人間なんです。学校に行ってもみんなに気を使わせちゃうし、家にいたら、あたしのせいで誰も帰ってこれない。でも、どこにもいけなくて、どこに行けば良いか分からなくて……」


「もしかして、あの時“白い羽根”を持っていたのは……」


 ディオがそっと問うと、シウは頷いた。


「本当は、どうしても叶えたい願いがあったんです。あたし、普通の人間になりたくて。……嘘ついて、ごめんなさい。」

「……普通の、人間……?」


 ディオは驚きを隠せない様子で、彼女の言葉を繰り返す。


「お前は、どう見ても普通の人間だろう? 一体、何を言って」

「違います。学校に行けて、家族を不快にさせなくて、嫌われなくて、いらないって思われない。……そんな、普通の。でも、あたしは違うんです。だから、普通になれたら、みんなおうちに帰ってくるって思って、でも……」


 シウは震える手で顔を覆った。


「――“白い羽根(あれ)”は、そんな願いを叶えてくれるものじゃなかった……!」


 悲痛な叫びとともに涙が零れ、スカートに小さなシミを作っていく。


「本当はいなくなりたかったんです!あたしが消えたら、両親も、兄も、幸せになれるって!

 でも、あたしもみんなといたくて、家族でいたくて……!」


 嗚咽交じりに、声を絞り出す。


「でもっ、どうすればいいかわからなくて、だから、どんな願いでもかなえてくれるって聞いて、羽根を……」


 ごめんなさい、ごめんなさい、と、泣きながら何度も謝るシウ。


 ――その肩に、そっと温もりが触れた。


「シウ」


 シウが顔を上げると、そこにはディオがいた。

 無表情なはずの彼の目が、どこか痛むように細められている。


「……辛かったな」


 優しく、しかし力強い声だった。

 ディオは彼女と同じ高さに跪き、まっすぐにその目を覗き込む。


「よく話してくれた。もう、大丈夫だ」


 シウの瞳が、涙でにじんだまま揺れる。


「家族は大切だ。だが……壊れた場所に留まる必要はない」


 ディオはそう言うと、静かに彼女に手を差し伸べた。


「ファースト社に来い。きっと、お前自身を必要としてくれる仲間が出来る筈だ」

「でも、でも、あたしなんか……」

「そんな事は無い」


 確信に満ちた低い声で言いながらも、ディオはシウから目を逸らさずに、ゆっくり首を振った。


「こんなにも他人を想い、心を痛められるような人間が嫌われる訳無いだろう。

 ……もう、大丈夫だ。これまで、よく頑張ったな」


 シウの目が、大きく見開かれる。

 涙が一粒、ぽつんと落ちた。


 ――そして次の瞬間、堰を切ったように、嗚咽が溢れた。

 

 彼女はディオにしがみつき、声をあげて泣き始めた。

 ディオは驚きながらも、すぐにそっと手を回し、震える背中を撫で続けた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ