47話 ignore Part.1
クイナは強がるのが上手かった。
だから、皆に気付かせてしまった時。
それは彼女にとって、もう限界を超えているに等しい事だった。
でも、皆は、少し元気がない彼女を見ても、気づかないフリが最良だとそう思い込んでいた。きっとすぐにまたあの笑みを見せて、カラカラと笑うだろうと。
だからその討伐依頼がきた時も、いつも通り普通に終わるものだと。本人も含めてそう思っていた。
たった一人、
彼女をずっと見てきた彼を除いては。
◇
その日は朝から雨が降っていた。
冷たい雨粒が、陰鬱な空から止めどなく落ちてくる。
人里外れた林の中を、四人の男女が歩いていく。それぞれが黒い制服の上にレインコートを纏い、その中には大きな武器を抱える人物もいた。
彼らは今、非常に危険度が高いとされる呪化の討伐に赴いていた。
「アルテぇ、平気かぁ?」
長めの茶髪の男性の問いに、斧を抱えた少女がこくりと頷く。
アルテと呼ばれた彼女は、雨で額に張り付いたワインレッド色の前髪を、手で横に撫でつけた。
「方向は合ってるハズだね。もうそろそろだと思うんだけど……」
「居たぞ、あそこだ!」
浅葱色の髪を1つに結んだ男性が指す方向性に、人型の何かが蠢いている。
ソレは大きさこそ人くらいだったが、全体が黒い蔓で構成され、体を無数のトゲが覆っていた。二足で立っており、腕が異様に大きく、本来指のある辺りには鋭い爪のようなものがある。
――異質で危険な呪化、“ケモノガタ”だ。
かろうじてそうであろうと認識できる顔らしきものには、不気味にくぼんだ目と、耳まで裂けた口がある。
さもこの状況が楽しいらしく、ニンマリとした笑みを浮かべているようだ。
「すげぇ姿になっちまったもんだなぁ。モチーフはハリネズミかぁ?」
茶髪の男性……シキは、レインコートのフードを取り、自身の後ろ髪を1つに結う。そして、腰につけられたホルダーから大振りのナイフを引き抜いた。
「さっさと終わらせちまおうぜえ。風邪引いちゃあかなわんしなあ」
「そうだね!」
シキの言葉に同調し、藤色の髪の体格の良い女性……クイナが前に出た。
勝ち気な赤い瞳で“ケモノガタ”を睨み付けながら、自身の得物であるハルバードを構える。その隣に、彼女のパートナーであるラムダがついた。
「皆、油断しないように。既に先行部が数人やられている」
ラムダの言葉に、三人は頷いた。
「シキとアルテは陽動と補助を、アタシとラムダは直接“赤い実”を狙いに行くよ!」
「ほいよ」
「今日も頼んだよ、シキ!」
「おーよ、任せとけぇ」
クイナの言葉に、シキは不敵な笑みを見せた。
◇
「行くぞぉアルテ!」
「はい! シキ様!」
シキがナイフを手に、“ケモノガタ”のハリネズミの目の前に飛び出していった。
そのハリネズミは耳障りな笑い声をあげ、彼を迎える。
シキは振り下ろされる爪を軽く避けつつハリネズミを凝視すると、アルテに合図し、右肩の方を指差した。
アルテは頷くと、背丈に似合わない斧を振り回し、右側を中心に長いトゲを刈り始める。
「クイナぁ! 見えてるかぁ!?」
「ああ! 右の腕の付け根だな!? いつでもいける!」
「おうよ!」
クイナが距離を詰めるのを確認した後、シキはアルテに呼び掛ける。
「アルテぇ! 頭、頼んだぞぉ!」
「はい!」
アルテが一度距離を置き、斧を構えなおす。
ぐっと力を入れて踏み込むと、斧を思い切り振り回すようにして横になぎ払った。全身の力を入れて振り抜かれた刃が唸りを上げ、ハリネズミの顔と左腕を粉砕する。
「クイナ!」
「あいよ!」
シキの合図に、クイナが武器を手に駆け出した。
しかし、
「あっ……!?」
クイナが泥に足を取られ、転倒する。
しかもそれは、敵の眼前で。
「クイナ!?」
黒いハリネズミはそれを見逃さなかった。
鼻のあたりまで再生された顔がクイナの方を向き、耳まで避けたその口が笑うように吊り上がったと思うと、がぱぁと開き、そこから無数の黒い棘が飛び出してくる。
「あ、ああ、」
「クイナぁぁあ!!!」
ラムダの叫び声が響く。
クイナは目を見開き、自身に向けて真っ直ぐに飛んでくる棘を凝視した。
棘がクイナに突き刺さる寸前、シキが、その間に割り込んだ。
「ぐっ……!」
彼は彼女を庇いながら横に駆け抜ける。……が、僅かに間に合わず、数本の棘がシキの右足に突き刺さった。
「シキ様!!」
「平ッ、気だ! 気ぃ引いとけえ!」
アルテが険しい表情で頷くと、雄叫びを上げながら斧を振り回し始める。
頭を修復したハリネズミはアルテの方に振り向くと、そちらへ迫り始めた。
シキはぐっと歯を噛み締めると、自身の足に突き刺さった棘を引き抜いた。
そして、ウエストポーチから止血帯を取り出し、きつめに縛りつける。
「……っ! くそ……っ」
「し、シキ」
「おめぇは、休んでろ。後はオレがやる」
「いや、シキ、そんな、怪我させてしまっ……」
「いーから!!」
シキの強い口調に、クイナがびくりと体を強ばらせる。
「っ、すまん……大丈夫だあ。こんなんどうって事ねぇ。だーら、ここはオレに任せてくれや」
「あ、ああ……」
シキはクイナをなだめるように軽く背を叩くと、足を引きずりながらも移動を始めた。
今日のクイナは、少し様子が変だった。
いつもの彼女なら、これくらいのミスでここまで動揺はしない筈だ。
そう言えば、彼女のパートナーのラムダも動きがおかしい。
先程からクイナとハリネズミを見比べては、おろおろとしているだけの様に見える。
「(喧嘩でもしたのかあ……?)」
シキはレインコートを脱ぎ捨てる。
「おい、アルテ、ラムダ! オレが“赤い実”をやる! カバーしろお!!」
二人に叫ぶと、シキは黒いハリネズミに向かって走り出した。
◇
アルテが再び頭部を破壊したのを見計らい、シキは右腕の付け根にナイフを突き立て、大きく切り開いた。
切り開いた傷口から見える内部は普通の呪化とは違い、無数の棘で覆われている。
「とんっでもねぇな……こりゃあ」
シキは口の端を引きつかせつつも、覚悟を決め、思い切って腕を差し込んだ。
いくつかの硬い棘がプロテクターを貫通し、彼の腕を傷つけるが、彼は歯を食いしばりながらも“赤い実”をしっかり握りしめ、なんとか腕を引き抜いた。
頭部を破壊されていたハリネズミは声も上げられず、雨に溶けるように崩れていく。
やがてその体は、地面の土と見分けがつかなくなった。
シキはそれを見届けた後、“赤い実”を掴んだまま、後ろに倒れるように地面に座り込んだ。
「っはー……さすがにいてぇわ……」
「シキ様!!」
「あー、だいじょうぶだいじょうぶ」
「大丈夫じゃないですよ!」
アルテにひらひらと手を振って応えると、なんとか懐から瓶を取り出し、“赤い実”を入れた。
「それより、クイナは……」
シキが辺りを見回すと、座り込んだままのクイナの元へ、ラムダが駆け付けて行くのが見える。
「シキ様、あちらは任せて、ひとまず手当てしましょう」
「ああ……」
アルテに支えられながら立ち上がると、シキは足を引きずりながらも歩き出した。




