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47話 ignore Part.1


 

 クイナは強がるのが上手かった。

 

 だから、皆に気付かせてしまった時。

 それは彼女にとって、もう限界を超えているに等しい事だった。

 

 でも、皆は、少し元気がない彼女を見ても、気づかないフリが最良だとそう思い込んでいた。きっとすぐにまたあの笑みを見せて、カラカラと笑うだろうと。


 だからその討伐依頼がきた時も、いつも通り普通に終わるものだと。本人も含めてそう思っていた。


 たった一人、

 彼女をずっと見てきた彼を除いては。


 

 

 

 その日は朝から雨が降っていた。

 冷たい雨粒が、陰鬱な空から止めどなく落ちてくる。


 人里外れた林の中を、四人の男女が歩いていく。それぞれが黒い制服の上にレインコートを纏い、その中には大きな武器を抱える人物もいた。

 彼らは今、非常に危険度が高いとされる呪化(ジュカ)の討伐に赴いていた。


「アルテぇ、平気かぁ?」


 長めの茶髪の男性の問いに、斧を抱えた少女がこくりと頷く。

 アルテと呼ばれた彼女は、雨で額に張り付いたワインレッド色の前髪を、手で横に撫でつけた。

 

「方向は合ってるハズだね。もうそろそろだと思うんだけど……」

「居たぞ、あそこだ!」


 浅葱色の髪を1つに結んだ男性が指す方向性に、人型の何かが蠢いている。


 ソレは大きさこそ人くらいだったが、全体が黒い蔓で構成され、体を無数のトゲが覆っていた。二足で立っており、腕が異様に大きく、本来指のある辺りには鋭い爪のようなものがある。

 

 ――異質で危険な呪化、“ケモノガタ”だ。


 かろうじてそうであろうと認識できる顔らしきものには、不気味にくぼんだ目と、耳まで裂けた口がある。

 さもこの状況が楽しいらしく、ニンマリとした笑みを浮かべているようだ。


「すげぇ姿になっちまったもんだなぁ。モチーフはハリネズミかぁ?」


 茶髪の男性……シキは、レインコートのフードを取り、自身の後ろ髪を1つに結う。そして、腰につけられたホルダーから大振りのナイフを引き抜いた。


「さっさと終わらせちまおうぜえ。風邪引いちゃあかなわんしなあ」

「そうだね!」


 シキの言葉に同調し、藤色の髪の体格の良い女性……クイナが前に出た。

 勝ち気な赤い瞳で“ケモノガタ”を睨み付けながら、自身の得物であるハルバードを構える。その隣に、彼女のパートナーであるラムダがついた。


「皆、油断しないように。既に先行部が数人やられている」


 ラムダの言葉に、三人は頷いた。


「シキとアルテは陽動と補助を、アタシとラムダは直接“赤い実(コア)”を狙いに行くよ!」

「ほいよ」

「今日も頼んだよ、シキ!」

「おーよ、任せとけぇ」


 クイナの言葉に、シキは不敵な笑みを見せた。

 

 


 

「行くぞぉアルテ!」

「はい! シキ様!」


 シキがナイフを手に、“ケモノガタ”のハリネズミの目の前に飛び出していった。

 そのハリネズミは耳障りな笑い声をあげ、彼を迎える。


 シキは振り下ろされる爪を軽く避けつつハリネズミを凝視すると、アルテに合図し、右肩の方を指差した。

 アルテは頷くと、背丈に似合わない斧を振り回し、右側を中心に長いトゲを刈り始める。


「クイナぁ! 見えてるかぁ!?」

「ああ! 右の腕の付け根だな!? いつでもいける!」

「おうよ!」


 クイナが距離を詰めるのを確認した後、シキはアルテに呼び掛ける。


「アルテぇ! 頭、頼んだぞぉ!」

「はい!」


 アルテが一度距離を置き、斧を構えなおす。

 ぐっと力を入れて踏み込むと、斧を思い切り振り回すようにして横になぎ払った。全身の力を入れて振り抜かれた刃が唸りを上げ、ハリネズミの顔と左腕を粉砕する。


「クイナ!」

「あいよ!」


 シキの合図に、クイナが武器を手に駆け出した。

 しかし、


「あっ……!?」


 クイナが泥に足を取られ、転倒する。

 しかもそれは、敵の眼前で。


「クイナ!?」


 黒いハリネズミはそれを見逃さなかった。

 鼻のあたりまで再生された顔がクイナの方を向き、耳まで避けたその口が笑うように吊り上がったと思うと、がぱぁと開き、そこから無数の黒い棘が飛び出してくる。


「あ、ああ、」 

「クイナぁぁあ!!!」


 ラムダの叫び声が響く。

 クイナは目を見開き、自身に向けて真っ直ぐに飛んでくる棘を凝視した。


 棘がクイナに突き刺さる寸前、シキが、その間に割り込んだ。


 「ぐっ……!」

 

 彼は彼女を庇いながら横に駆け抜ける。……が、僅かに間に合わず、数本の棘がシキの右足に突き刺さった。


「シキ様!!」

「平ッ、気だ! 気ぃ引いとけえ!」


 アルテが険しい表情で頷くと、雄叫びを上げながら斧を振り回し始める。

 頭を修復したハリネズミはアルテの方に振り向くと、そちらへ迫り始めた。


 シキはぐっと歯を噛み締めると、自身の足に突き刺さった棘を引き抜いた。

 そして、ウエストポーチから止血帯を取り出し、きつめに縛りつける。


「……っ! くそ……っ」

「し、シキ」

「おめぇは、休んでろ。後はオレがやる」

「いや、シキ、そんな、怪我させてしまっ……」

「いーから!!」


 シキの強い口調に、クイナがびくりと体を強ばらせる。


「っ、すまん……大丈夫だあ。こんなんどうって事ねぇ。だーら、ここはオレに任せてくれや」

「あ、ああ……」


 シキはクイナをなだめるように軽く背を叩くと、足を引きずりながらも移動を始めた。


 今日のクイナは、少し様子が変だった。

 いつもの彼女なら、これくらいのミスでここまで動揺はしない筈だ。

 

 そう言えば、彼女のパートナーのラムダも動きがおかしい。

 先程からクイナとハリネズミを見比べては、おろおろとしているだけの様に見える。


「(喧嘩でもしたのかあ……?)」


 シキはレインコートを脱ぎ捨てる。

 

「おい、アルテ、ラムダ! オレが“赤い実”をやる! カバーしろお!!」


 二人に叫ぶと、シキは黒いハリネズミに向かって走り出した。


 



 アルテが再び頭部を破壊したのを見計らい、シキは右腕の付け根にナイフを突き立て、大きく切り開いた。

 切り開いた傷口から見える内部は普通の呪化とは違い、無数の棘で覆われている。

 

「とんっでもねぇな……こりゃあ」


 シキは口の端を引きつかせつつも、覚悟を決め、思い切って腕を差し込んだ。

 いくつかの硬い棘がプロテクターを貫通し、彼の腕を傷つけるが、彼は歯を食いしばりながらも“赤い実”をしっかり握りしめ、なんとか腕を引き抜いた。


 頭部を破壊されていたハリネズミは声も上げられず、雨に溶けるように崩れていく。

 やがてその体は、地面の土と見分けがつかなくなった。


 シキはそれを見届けた後、“赤い実”を掴んだまま、後ろに倒れるように地面に座り込んだ。

 

「っはー……さすがにいてぇわ……」

「シキ様!!」

「あー、だいじょうぶだいじょうぶ」

「大丈夫じゃないですよ!」


 アルテにひらひらと手を振って応えると、なんとか懐から瓶を取り出し、“赤い実”を入れた。

 

「それより、クイナは……」


 シキが辺りを見回すと、座り込んだままのクイナの元へ、ラムダが駆け付けて行くのが見える。


「シキ様、あちらは任せて、ひとまず手当てしましょう」

「ああ……」


 アルテに支えられながら立ち上がると、シキは足を引きずりながらも歩き出した。


 

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