46話 あまかまえ
「すまないね、シキ。また急に移動になっちゃってさ」
「んあ? あー、別に構わねぇよ」
書類に必要事項を記入しながら、茶髪の男性――シキは返事をする。彼に話しかけた藤色の髪の女性は、S班のリーダーであるクイナだった。
二人はファースト社本部の会議室におり、G班へ一時的に移籍される為の手続きの最中だった。
「G班、またやられちゃったらしくてね。あそこにはもう、一組しか残ってないらしくてさ」
「あそこ、新人が入ってなかったかぁ?」
「今回やられたのはその新人さ。酷い有様だったらしいよ」
「……そうかあ」
「補充出来るまでアタシ達が補助だとさ。まぁた忙しくなるね」
「仕方ねぇさあー」
「やれやれ」と言いながらクイナが立ち上がり、ぐっと背伸びをした。
「A班はどうだったんだい? みんな元気にしてた?」
「おうよ。あっちぁ住んでる人が少ねぇせいか、割と平和だったぜ」
「そっか」
少しの間、シキがボールペンで文字を書くかりかりとした音だけが響く。
「アタシも、そろそろゆっくり休みたいよ」
「休め休め。おめぇは働きすぎなんだよクイナぁ」
「そうしたいけどさー、アタシがいなくなったらリーダーの仕事はどうなるんだいってね」
「そんなもんどーにかなるだろお」
「ならないよ」とクイナは笑う。
「たまに思うんだよ」
彼女の顔に、ふっと影が落ちる。
「S班がこうなってしまったのは、アタシのせいかもしれない。アタシのせいで皆を忙しくて、危ない目に合わせてしまっているのかもって」
「んだあ、おめぇが初期メンバーでリーダーだからってか? んなこたぁねぇだろうよ」
そこで、記入を終えたシキがペンを置いて彼女を見た。
そしてぎょっとする。
いつも元気に有り余っていた筈の彼女が、酷く気落ち、思い詰めているような……そんな顔をしていたからだ。
「S班もね、元は普通の班だったんだ。それがいつの間にか、精鋭部隊なんて呼ばれるようになって、腕の立つ人達が集められるようになって……。もう、あの頃の平和なS班を知っているのはアタシとラムダだけなんだ。他の、元S班のメンバーは、みんな、もういないんだよ」
そこで、心配そうに見つめるシキの視線に気づき、クイナはハッとする。
「……す、すまないね! ガラにも無い事話してしまったよ!」
シキに、クイナは笑顔を見せながら言った。一見いつもの調子で、しかし、どこか空元気のような。
「書き終わったかい? じゃ、二人が戻ってくるまで準備進めるぞー!」
「あ、ああ」
クイナは、まるで何かを言われる事を避けるように、慌ただしそうに動き始める。
シキはそんな彼女を少しの間見つめていたが、やがて諦めたように自身の装備を点検を始めた。
◇
ファースト社本部の廊下を二人のアテンダントが歩いていく。
一人はワインレッド色のショートヘアーを持つの少女のようで、もう一人は浅葱色の髪を1つにまとめた細身の男性のようだった。
ふと、先を歩いていた浅葱色の髪のアテンダントが、歩みを止める。
「アルテ。二人の元へ戻る前に、少し聞いて欲しいんだ」
ワインレッドの髪のアテンダント――アルテが、首を傾げる。
「はい、ラムダさん。何でしょう?」
「……クイナが、そろそろ、駄目かも知れないんだ」
背をこちらに向けたままでラムダが言い、アルテは、はっと息を飲んだ。
「最近、彼女がおかしいんだ。だから、念のため伝えておくよ。私の思い過ごしなら……良いんだけどね」
こちらを振り向いたラムダは、どこか諦めたような、覚悟していたような、酷く寂しそうな……。
そんな色々な感情を隠した優しい笑みを、アルテに見せた。
「もしもそうなったら、きっと次のリーダーはシキになると思う。色々と頼むよ」
アルテは何も言わず、泣くのを我慢する子供のようにきゅっと唇を噛み締め、両の拳を握る。
ラムダはそんな彼女の返事を待たずに、前を向いてまた歩き始めた。
アルテは軽く目を擦った後に、彼の後ろへ黙って付いていった。
◇
この街の春は酷く短い。
やっと訪れた暖かく麗らかな春の気配もそこそこに、季節は既に雨の時期へと入ろうとしている。
きっと、陰鬱な天気が続くだろう。
それを象徴するかのような暗い暗い曇天が、皆の頭上で蠢き始めていた。




