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40話 すてたもの


 

 木の軋むような音と、黒板を引っかいたような音の混ざる不快な声が迫り来る。

 

「シウ!! 右だ! 右に避けて!」


 茶髪の青年が叫んだ。

 彼の声に従って、少女――シウが右に飛び退くと、寸前まで彼女が居た地面に黒い拳がめり込んだ。

 えぐれた地面を見たシウは息を飲むも、手の中にある白い柄のナイフを握り直し、キッと呪化を睨み付ける。


「シウ!」


 黒髪と青の瞳を持つ、褐色肌の男が叫ぶ。

 

「そろそろ無力化するぞ! 行けるか!?」

「うん!」


 褐色肌の男――ディオの腕につけられた白銀のガントレットが、かちり、と鳴る。

 彼は“ヒトガタ”の呪化の前へ駆け出すと、雄叫びを上げながらその腕を振り上げた。

 彼が右の拳を呪化の左肩に鋭く打ち付けると、木が折られるような乾いた音が響き、呪化の腕が地面に落ちる。

 続いて、間髪入れずに放たれた左の拳が、その頭部を砕いた。


「行け!!」


 彼の合図で、シウの白い柄のナイフが呪化の体に突き立てられる。

 刃がその体を斜めに引き裂いていき、飛び散る小さな火花で、ナイフの刀身が煌めいた。

 切り開いた腹部にシウは思い切り腕を突っ込むと、素早い動作であっという間に“赤い実(コア)”を引き抜いた。

  

 呪化が悲鳴を上げながら天を仰ぎ、その体がぼろぼろと崩れ始める。繊維の1つ1つが地面に散らばっていき、やがて完全に消え去っていった。


「二人とも、お疲れ様!」


 駆け寄ってくる茶髪の青年――セイヤに、シウは笑顔で応えた。


 

 


 A班の担当地区に“ケモノガタ”が出現し始めてから、2週間が経とうとしていた。

 

 あの後もケモノガタが現れたが、シキとアルテの二人が対処し事なきを得ている。

 しかし、彼らは意外にもヒトガタの呪化を苦手としており、それらが出た場合にはA班の面々で対処をしていた。


『オレらは攻撃力が有り過ぎんだ。ヒトガタだと吹き飛ばしちまって、下手すりゃあ“赤い実”ごと破壊しちまうんだよ』


 いつだったか、シキが煙草をふかしながらそんな事を言っていた。


 

「ねえ、セイヤ」

「んー?」

「もしも、“赤い実(これ)”が砕けたりしたらどうなるの?」


 シウが“赤い実”をいつもの瓶に収めながら言った。

 

「実は俺もちゃんと知らないんだよね。その破片からまた呪化が出てくるとか聞いた事があるんだけどさ」

「ええ! 復活しちゃうってコト?」

「大方、その通りだな」


 ルナガル(ファースト社専用スマートフォン)で連絡を取り終えたディオが言う。

 

「出て来る可能性は低い。が、どちらにしろ色々面倒な事になる」

「面倒なコト?」

「ああ。大きな破片は拾われて処理されはするが……目に見えないような小さな破片からも出る可能性がある。それ故、万が一砕けてしまった場合は、その地区の対策部が丸1日監視する事になるんだ。その現場に付きっ切りでな」

「現場ってコトは外だよね? 外でずっと見てなきゃならないってコト?」

「そうだな」

「それは確かに面倒だね~」


 やがて彼らの元へ、後始末を請け負う先行部が現れる。

 彼らと話すディオを見ながら、何かを思い出したかのように「あ!」とセイヤが声を上げた。

 

「そうだった! シウ。そろそろ、ディオと二人だけで討伐に出てみない?」

「えっ!? まだ、早くないかな?」

「いいや。最近は俺が補助しなくても、ほとんど二人だけで討伐出来てるよ!」

「そうなの!? なんか必死で、ぜんぜん分からなかった……」

「シウ、“赤い実”を」

「あ、ごめん!」


 ディオがシウから受け取った瓶を、先行部に手渡した。


「シウの動きも良くなってきてるし、俺としては大丈夫だと思うんだけど……どうかな?」


 セイヤに対し、シウは「う、ん……」と、どこか煮え切らない返事をした。

 

「正直言うと、まだ不安かも。でも……」


 シウは傷のついたプロテクターを見つめると、ぐっと手を握り込んだ。


「頑張ってみる!」

「うん。二人なら、きっと大丈夫だよ!」


 そう言って笑顔を見せるセイヤに対し、シウも笑みをこぼす。

 

「なんかね、最近すごく調子が良くて。体も軽く感じるんだ~」

「へぇ~! それは良い事だね」

「うん! 定期的に運動してるおかげかな?」


 セイヤに対し、ぴょんぴょんと跳ねて見せるシウ。

 そんな二人を、ディオはどこか複雑そうな表情で見ていた。


 



 数日前の事。

『シウの詳細な検査結果が出た』と、スワンに呼び出され、ディオはファースト社の本部に来ていた。

 

「まず、結果の方ですが、現状特に異常はありませんでした」


 スワンがバインダーに挟まれた書類を確認しながら言う。

 

「……そうか」

「ただし、あくまで『数値上は』の話です。貴方のその不思議体質も、数値上では観測出来ませんでしたよね」

「……」

「でも、話を聞く限り悪影響は無さそうですし、ひとまずは安心しても良いのではないでしょうか」


 スワンが書類をしまいながら言う。その口元にはいつもの笑みを湛えていた。

 

「すまないな」

「いいえ。まぁ、もしかしたら良い影響で現れるかも知れないですしね。貴方と同じ不老不死なんかになってたりして。あはは」


 そう言って笑うスワンを、ディオは冷ややかな眼で見下ろした。




 

「……まさかな……いや、有り得るのか? しかし……」

「どしたのディオ」

「いや何も無い」


「A班の皆様、ありがとうございました。後はこちらに任せて下さい」

「うん、お願いします」


 先行部が会釈をし、現場の確認作業へと戻っていく。


「よっし、じゃ俺達も戻ろっか!」

「おっけ~」

 

 セイヤとディオの二人が帰り道へと向かっていく。

 その二人に続き、シウが現場から去る時。後から現れた警察官が遺留品を拾い集めているのが目に入った。

 所々が破れてしまった皮の財布と、傷だらけのスマートフォン。まるでコンビニへ買い物に行くような、そんな日常的な物だけを持ち、この人は“白い羽根”を食べて人間としての命を無くしたのだ。


 そして、そのトドメを刺したのは――。

 

 シウはそれらを見ないように目を反らし、先を行く二人の後を追った。


 

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